第18話(最終話)「幸せ」

 月日は経ち、俺たちは二年生になった。


「ねえ、見て」西条が教室でスマホを見せた。「〈ドラゴンサーチャー〉を作った人たちが集まって、新作を作ったんだって」

「へー。審査は通ったのか?」

「通ったみたい。久しぶりにやりごたえのあるゲームが出てきそう」そこで西条の声は沈んだ。「出てきそうだけど……ね」

「手ばなしには喜べない、か」俺は教室の窓から外を見た。


 校舎から見える街。その一部分に、建設中のビルがいくつも見えた。まわりの高いビルに追いつこうと、一生懸命、高く高くなろうとしているように見える。人型兵器の粒子砲で破壊された一画だ。

 ゲーム世界の人間が街を破壊し、大勢の死者を出したことを考えると、新しいゲームが出ることをすなおに喜べない気持ちはわかる。街の復興は道半ば。それは西条にもわかっていた。


「悲劇は悲劇だけど、お前がそこまで暗い顔する必要ないって」

「そうかな」

「お前はゲームを楽しめばいい。そこに何の罪もないと俺は思うよ。審査を通ったんだから、気にすることはない」


 国際連合が作った審査機関。これには、アレン司祭とCEO神郷もかかわっていた。戯れの世界を行き来できる両者は、完成したゲームの中へスパイを送りこみ、現地調査をさせた。

 ゲームに限らず、小説や映画などにも、アレン司祭と神郷はスパイを送りこんでいた。ただし、内容に干渉しない程度に、だ。下手に戯れの世界のことや地球人の存在を知らせれば、いらぬ怒りを買うおそれがある。

 審査機関はスパイの報告を受けつつ、自分たちで基準を作り、フィクションが地球人に牙をむくことがないよう審査している。基準の構築はまだまだだが、「表現の自由」を損なわないよう、かなり配慮しているとのことだ。


「ゲームを楽しむんならさ」西条はにやりと笑った。「長山、あんたRTAやってみない?」

「は? 俺が? 何で」

「神郷と戦ったときのこと、忘れてないよ」西条は言った。「あんな短時間に対ラスボスチャート作れるなんて、できないって」

「あれは命がかかってたから、たまたま思い浮かんだだけだよ。あんな思いは、もうごめんだ」


 今考えても身震いする。あれが生死の境目だったのだから。

 思えば、その後の行動も、俺としてはどうかしていた。神郷のつらさを引き受けたり、国連にまで出張って話しをしたり……この一年の俺の行動は、どう考えてもおかしいものばかりだった。

 神経質で心配性で悲観的。それが俺という人間だったはずなのに。


「……幸せにしたかったし、なりたかったんだよなあ」

「何が?」西条が訊いた。

「神郷と俺たちのことだよ。神郷のつらさはよくわかったから、幸せになってほしいと思った。俺たちは俺たちで、幸せになりたかった。ゲームをしているときは幸せだったし、フィクションに触れているときもそうだったからな」


 だからがんばれたのだろうか。誰かのため、自分のためになると信じられたから。

 思えば、この地球だって、誰かの……人は神と呼ぶだろうが……戯れの世界なのだ。技術が進歩し、地球に創造主を呼びだす日が来るかもしれない。


「なあ、西条」俺は言った。「地球ってさ、ゲームだと思う? それとも映画? 小説? 漫画?」

「何言ってんのよ」

 西条は胸を張っていった。

「そんなの、わかるわけないじゃん」

「そりゃそうだけどさ、言い方ってもんが」

「何でもいいじゃない、そんなこと」西条は俺の前の席に座った。「創造主にとってはフィクションでも、私たちにとっては現実の世界。それでいいじゃない」

「……それもそうか」

 俺は苦笑した。悩むだけ、考えるだけ馬鹿馬鹿しかったな。


「あ、そうそう、おーい中村、ちょっと来いよ」


 突然名前を呼ばれ、中村の背筋がびくっと伸びた。二年になっても同じクラスとは、運がいいのか悪いのか。


「一年のときに紹介しようと思ってたんだけどさ、ごたごたしてできなかった。俺の友達の中村修一」

「な、中村です」中村は真っ赤な顔をしてへこへこと頭をさげたながら近づいてきた。

「うん、知ってる」西条は言った。「紹介されるのははじめてだけど」

「紹介するって約束したからな」

「長山っ」

 中村が声をあららげようとしたところに、西条がスマホをさしだした。「中村君、ゲームは好き?」

「あ、は、はい、まあ」

「じゃあ連絡先交換しよ」


 中村の顔が目に見えて明るくなった。わかりやすい奴。

 西条はゲームオタクであることを隠さなくなった。隠していたつもりはないらしいが、安全保障理事会での件もあり、大勢に知れわたってしまったので、もう大っぴらに言うことにしたそうだ。

 あわただしい足音を響かせ、三上さんが教室に入ってきた。俺たちのもとへやってきて、


「ねえねえ! 〈ドラゴンサーチャー〉のデザイナーが新しいゲームを……」

「おそいって」

 俺たちの声がハモった。

「おそいのは、RTA走者としては致命的ね」

 西条が笑った。つられて、俺も笑った。


(了)

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世界の平和はRTAで守る! 柳明広 @Yanagi_Akihiro

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