第17話「フィクション」
機動隊と自衛隊が俺たち全員をつかまえ、事情聴取を開始したのは、それから一時間もあとのことだった。
つかまったのは俺と西条、三上さん、李さん、そして神郷。アレン司祭とウォーリアたちは自衛隊が到着する前に自分たちの世界へと帰っていった。
俺はありのままを話すしかなかった。この世はすべて戯れの世界である、ゲームの世界にも血の通った人間がいる、地球人に憎しみをいだいている者だっている、いつ神郷のような者が現れるかわからない、などだ。
子供の戯言だとは思われなかった。倒れ伏した人型兵器、俺たちが持っていたサイバーフュージョンデバイス、銃の効かないウォーリアという存在。すべてが規格外で、信じるなという方が難しいものばかりだった。
犯罪者ではないため、しっかりと寝食のある取り調べを一週間受けたあと、俺たちは解放された。李さんは部下をもとの世界へ戻すことを条件に、警察に身を寄せることになった。今回の一件にかんするオブザーバーという立場だが、主である三上さんのことが心配だというのがこっちに残った最大の理由だろう。部下の帰還には俺が銀の鍵を使ったが、これについて、俺は政府に存在を隠した。政府には「李さんが操る妖術的な何か」とだけ伝えた。
家に帰ったあとは、親に泣かれるわ怒られるわで大変だった。西条も三上さんも似たようなものらしく、しばらく外出を制限されてしまった。
神郷はというと、拘束され、警察が預かっている。自死の可能性があるため、二十四時間見張りがついているらしい。宇宙人にも等しい神郷を、日本の法律でどう裁けばいいのか、警察の上層部や司法、政治家も苦慮しているようだ。
行方不明になった人々は、アレン司祭が救いだしてくれた。想像したとおり、神郷の言葉を受けて、様々なゲームが、聖典……チャートを持つRTA走者を狙って自分の世界へ閉じこめていたようだ。
この事実は、俺の発言を強固にした。もはや、警察も政府関係者も、戯れの世界の存在を疑うことはなかった。
日本で起きた大事件は、世界中で報道された。
この事件にかんして、ゲーム規制派の声は大きく、ゲームが今回の事件を起こした、規制すべきだ、いやすべてのゲームを廃棄すべきだという話にまで発展していた。ゲーム会社は苦しい立場に立たされ、発売予定だったゲームはすべて発売日未定となり、店の棚からはゲームが消えた。ゲームアプリも完全にとまっている。
『こうなることはわかってたんだけどさ』西条がスマホで俺に連絡してきた。『どうなるんだろ、これ』
「実は今、警察の人と話してる」俺は言った。「ゲームだけの問題じゃないと思ってるんだ、俺は」
『他にも何かあるの?』
ああ、と俺はこたえた。「俺たちが創造主だと呼ばれる限り、この問題に終わりはないと思ってる」
『言っている意味がよくわかんないんだけど』
「全部ゲームのせいにはしない、てことさ」俺は言った。「ゲームをこの世から消滅させれば解決するってわけじゃない。俺たちはうまくつきあっていかないといけないんじゃないかと思う」
『何と?』
「フィクションと、だよ」
広く清潔な廊下を、俺と西条、アレン司祭、李さんは歩いていた。俺たちの両脇には、護衛の男たちが張りついている。
護衛は俺たちを守ろうとしているわけではない。彼らが注視しているのは、アレン司祭と李さんだ。二人は地球人から見れば宇宙人にも等しい存在だ。
怪しげな魔法を操る司祭と、何万もの軍隊を指揮する妖術将軍。警戒するなという方がおかしいが、李さん自身は警戒などどこ吹く風、自分たちの世界にはない建物をめずらしそうに眺めている。不意に足をとめては窓ガラスに張りつき、「あれは何だ」と叫び、護衛を困らせていた。それをたしなめるのは、アレン司祭の仕事だった。
俺たちがいるのは、国際連合本部だ。アメリカのニューヨーク市・マンハッタン東部に存在する施設。
「今回の事件について、世界に向けて訴えたいことがある」俺は警察でそう言った。
俺の発言はすぐに総理大臣の耳に届いた。なにしろ、俺と西条は日本を救った「英雄」なのだ。その英雄が言うことを無下になどできるはずもなかった。
英雄などと言われると面映ゆいが、メディアは一貫して、俺と西条を英雄あつかいした。日本を救った二人の高校生。これほどメディアが食いつくものもないのだろう。毎日カメラに追いまわされ、街に出ればスマホの嵐。警察が出てくる事態に発展したこともあった。なので、アメリカに行くことができたのは、幸いと言えば幸いと言えた。
俺たちばかり英雄視されて、三上さんには申しわけないと思うが、引っ込み思案な彼女にとってはよかったのかもしれない。
そう思わない者もいたが。
「何であたしの主がいないんだよ。不公平だ」文句を絶やさないのは、李さんだ。たしかに彼女にとっては面白くないのだろう。
「李さんは三上さんがどういう人か知ってるでしょ? 彼女のことも考えてあげてよ」西条がなだめた。
「でもさあ」李さんは言った。「主があの……人型兵器だっけ? あれが倒れたとき、神郷をつかまえろってあたしに命じなかったら、今でも戦いは続いてたぜ」
神郷をとらえたのは、李さんの機転ではない。三上さんが命じたのだ。そのことをあとで知り、ウォーリアとの戦いを部下に任せてまで李さんを送りこんだ三上さんの慧眼に、俺は舌を巻いた。
「……で、どうされるおつもりですか?」アレン司祭が俺にたずねた。
「ひとまず、事実を洗いざらいぶちまけるつもりです」俺は言った。「勝負はそこからです。西条、わかってるな?」
「ええ」西条はかたい表情でうなずいた。「ゲームがこの世界から消えるかどうかの瀬戸際だもんね」
国連にはいくつかの機関が存在するが、俺たちは「安全保障理事会」で話しをすることになった。人の命がかかわっているのだから、当然と言えば当然だ。
俺は通訳から説明を受けた。一般的な高校生である俺が、安全保障理事会の公用語を話せるはずがない。日本語を逐次翻訳していくことで話はまとまった。
会議場に入ると、空気がぴんと張りつめているのがわかった。西条も思わず足をとめた。平気な顔をしているのは、アレン司祭と李さんだけだ。
参加者は一様に、厳しい表情を俺たちに向けている。日本という、世界でも類を見ない安全な国で起こった惨劇を彼らがどうとらえているのか、一目でわかった。同時に、自分の国で起こらなくてよかった、とも。
俺たちは臨時に用意された座席に座った。軽く咳払いをし、口を開く。
「単刀直入に話します。今回、日本で起こった事件を一言で説明するなら、ゲームの反乱です」
俺は警察で話したこととほぼ同じことを話した。戯れの世界については、全員が了承していた。確固たる証拠があるのだから、疑う余地はない。俺たちが〈トーキョーネオ〉から持ちだしたデバイスも、調べられているところだろう。
「今回の事件は、俺……僕たち地球人が作ったゲームの反乱によって起こりました。結果はみなさんご存じのとおりです。では、ゲームを規制すれば、もっと言うならゲームを完全に廃棄すれば今回のようなことは二度と起こらないのかといえば、それはちがうと思います」
無言。みんな、俺の話を聞いている。
「神郷が行ったことは、フィクションからの、地球人への挑戦です。今後、映画や小説、漫画、アニメ、ドラマ、はては絵本でも同じことが起こるのではないかと、僕は危惧しています」
会議場がざわつく。
ある国の男が言った。「君は、絵本が我々に反旗を翻すおそれがあるというのかね? かわいらしい熊さんが人を引き裂くと?」
「今回の事件がなぜ起こったのか、原因がまだわかりません。ゲームはフィクションです。ならば、同じフィクションである絵本でも同じことが起こってもおかしくはありません」
俺は李さんをちらりと見た。李さんは手をあげ、発言権を求めた。
「あたしの世界は、地球では三国志という本でまとめられているらしいな」李さんは言った。「本とゲーム、そこに本質的なちがいはないと思っている。どっちも同じ三国志で、歴史にある程度則っている。誰かが書いた三国志から、騎馬の軍団が突然現れてもおかしくないと、あたしは思うよ」
戯れの世界から来た李さんの発言は、参加者のあいだに大きな波紋を呼んだ。会議場はざわめき、一時休憩を望む声まで出てきた。
しかし、そこに西条が割りこんだ。
「私はゲームが好きです。ですが、あの惨状を見た今、ゲームを廃棄することもやむをえないと思っています」西条は声に力をこめた。「ですが、長山君や李さんが言うように、ことはそれではおさまりません。これは、フィクション全体の問題だと思います。私たちはありとあらゆるフィクションを捨てるか否か、それが問われています」
「そして」アレン司祭が微笑んだ。「その中には、聖書もふくまれます。聖書に書かれていることがすべて事実だと、言いきれますか? ひとかけらのフィクションもふくまれていないと」
会議場がしん、と静まり返った。
アレン司祭に聖書に言及してもらったのは、賭けだった。俺は熱心なキリスト教徒じゃないし、キリスト教徒が本当に聖書を信じているかどうかも知らない。だが、わずかな疑念でも生じる隙があるなら、突破口になると思った。
「僕たちは、フィクションなしには生きていけません。絵本を読み、映画を観て、ゲームを楽しむ。程度の差こそあれ、フィクションは僕たちの生活の一部です」俺は言った。「ゲームだけを排斥しても無駄です。李さんが言ったように、ある日突然、小説から騎馬隊が現れるおそれだってあるのですから」
「だから、手を結びませんか」アレン司祭が右手をさしだした。「少なくとも、私たち……〈ファイナルブレイド7〉の世界は、みなさんと敵対していません。互いに協力しあうことができるでしょう」
「協力とは……何をするんだ?」別の国の男が言った。
「戯れの世界の監視です。これには、神郷グループにも手を貸していただきます」どよめきをアレン司祭は片手で制した。「神郷グループには技術力があります。ありとあらゆる戯れの世界を見張るためには、その技術は欠かせません。その神郷グループを、私たちが監視します」
「あれだけの被害を出した組織を信じるのか?」
「〈ドラゴンサーチャー〉は全品廃棄、販売差し止めにしていただきます。それで、神郷は納得するはずです。地球への侵攻はやめることでしょう」アレン司祭は笑顔のままだ。
「神郷グループにすべての戯れの世界を監視してもらい、神郷グループをアレン司祭率いる神官団が監視します」俺は言った。「何らかの作品が、今回のような事態を起こすそぶりを見せた場合、製品は全品廃棄。それでいかがですか」
「何か起こった場合、聖書まで廃棄するというのかね」また別の国の男が怒りをあらわにして言った。
「聖書に限りません、仏典、コーラン、すべてです」俺は努めて冷静に返答した。「他に何かよい方法があるなら、それでもかまいません。でも、先にも述べたように、これはすべてのフィクションを捨てるか否かの問題だということを忘れないでください」
日本へ戻ってきた俺たちは、メディアから質問攻めにあったが、無視して政府が用意した車に乗った。
はあ、と俺と西条が同時にため息をつくと、アレン司祭がくすくすと笑った。
「年齢に似合わず、豪胆な方なのですね、長山様は。さすがは勇者様」
「よしてください。俺はただの高校生です」西条を親指で指し、「おかしいのはこいつだけ」
「何よこいつって。私だってね、普通の神経の持ち主なんだからね」西条は怒ってみせたが、声に覇気がない。体力お化けもさすがに疲れたようだ。
「主をあんな場所へ連れていかなくて本当によかったよ」李さんは座席にふんぞり返りながら、国連で言ったこととは反対のことを言った。「神経が参っちまう」
まったくだ。三上さんがうらやましい。
「しっかし、ほんとに納得するのかね、神郷の奴」李さんが言った。「あたしにはそうは思えないね。隙あらばまた地球を滅茶苦茶にする気なんじゃないかな」
「安全保障理事会がどんな判断をくだすか、だな」俺は言った。
どれだけの時間がかかるかわからないが、俺たちには待つことしかできない。
安全保障理事会は、二か月で結論を出した。想像以上に早かった。
安全保障理事会は、世界中のフィクションを審査する機関を設け、世界中に設置すると発表した。合格できない作品を世に出すことは禁止する、と。検閲だと反対する声ももちろんあったが、日本の惨状を見たあとでは、小さなものであった。
〈ドラゴンサーチャー〉は回収され、全品廃棄された。西条も泣く泣くゲームをさしだした。俺が十万円を請求したら、死ぬほど殴られた。遊びたかったゲームを失ったうえ、金までとるのか、と。結局、中村には俺が支払うはめになった。
〈ドラゴンサーチャー〉を作ったメーカーは〈ドラゴンサーチャー〉で得る予定だった利益を失い、別のゲーム会社に吸収されてしまった。
世界は、窮屈になった。世に出されるありとあらゆるフィクションは制限され、当たり障りのないものばかりがあふれた。俺たちはフィクションへの興味を少しずつだが失っていった。
だが、世界は広くなったともいえる。ふたつの戯れの世界──〈ファイナルブレイド7〉と〈ドラゴンサーチャー〉。地球とは異なる世界があり、交流を続けているという事実は、ひとつの希望のように思えた。
神郷は手錠をつけたまま、警察署を出た。もともと細身だったが、さらにやせたように見えた。
脇をかためていた警察官が、神郷の手錠をはずした。神郷は顔をあげた。
「あなたはもう、自由です」アレン司祭は言った。「戯れの世界へ帰りましょう。CEOとしての仕事がたまっているのではないですか?」
「いいのか、私を自由にして」神郷は俺をまっすぐ見すえた。「何をするか、わからんぞ」
「その件にかんしては、すでにお話ししたはずです」アレン司祭は言った。「地球と、私たちの世界と、あなたの世界。協力して平穏を保とうという契約です。あなたにとっても、悪い話ではないでしょう?」
「監視されていい気持ちになる奴なんているものか」
「神郷」俺は言った。「胸は、まだ痛むか?」
神郷ははっとなったように俺を見つめた。
俺は深く頭をさげた。「今まですまなかった」
「なぜ、お前が謝る?」
「フィクションの世界の人間が何を考えているか、一度も考えたことがなかったからだ」俺は頭をさげたまま言った。「ゲームだから、本物じゃないからと、無茶苦茶なことをしてきた。そのせいでお前たちが苦しんでいるなんて、思わなかった」
「私も」西条は頭をさげた。「動画配信者としていい気になってた。本当にごめんなさい」
「……はは」神郷は短く笑った。「そろって頭をさげるか? あれだけのことをした男に」
「それにかんしては、お前を憎んでる。でも、俺がやってきたこととは別だ」俺は頭をあげた。「もう、胸が痛くなることはないだろう。〈ドラゴンサーチャー〉は存在しない。お前やお前の世界にひどいことをする奴は、二度と現れない」
神郷は俺を見つめていたが、何も言わなかった。
「行きましょうか。さすがのあなたも疲れたでしょう」
アレン司祭が神郷の肩を持つと、短く呪文を唱えた。足もとに魔法陣が広がり、二人の影が薄くなっていく。
転移の魔法が完全に消え、神郷も地球から消滅した。
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