第12話「巨大都市ノア」

「あっぢぃ……」俺はビルの壁にできるだけ身体を近づけ、直射日光をさけるようにした。

「ゲームのために、みんなどうしてこんなにがんばれるんだよ」

 俺は前後をむさい男たちにはさまれながら、うめいた。もうちょっとはなれて並んでくれないかなあ。

 八月一日、〈ドラゴンサーチャー〉発売日。

 俺は〈ドラゴンサーチャー〉を手に入れるため、ゲーム販売店の前に並んでいた。前、といっても、店からはおそらく三百メートルははなれているだろう。俺の後ろにも列は続いており、はてが見えない。長蛇の列、とはよく言ったものだが、本当に蛇のように人間がうごめいている。

 まあ整理券はもらったし、我慢して並んでいれば買えるだろう。汗で湿った整理券をポケットにしまい、俺はただただ暑さに耐えることだけを考えた。

「整理券なんてあっという間になくなるから、並ぶなら早朝にした方がいいよ」

 西条は、俺が当日に買うことになったと知ったとき、そう言った。

「早朝なんかに並んだら、周囲の店に迷惑がかかるだろ」

「そういうこと考えない人もいるの。特に〈ドラゴンサーチャー〉は期待度高いから、転売屋も人を雇って並ばせる可能性が高い」西条は人差し指を立てた。「だから、できるだけ早く並んで。まわりの迷惑にかんしては、今回だけ目をつぶって。何しろ、地球の命運がかかってるんだから」

「あ、ああ、わかった。ところで、そっちはいつ届く手はずになってるんだ?」

「発売日の夕方。三上さんも同じ」西条はいらだたしげに言った。「ただでさえ時間的におくれをとってるのに、これ以上待ってられない。長山が一番早く手に入れられるんだから、がんばってよね」

「が、がんばって」

 三上さんにまで強く言われ、俺はうなずくしかなかった。

 始発に乗ってやってきたのだから、早く起きた方だと思う。だが、店の前にはすでに長い列ができていた。

 最後尾に並び、俺は前に立っている人にたずねた。若い男の人だった。

「すみません、みなさん何時から並んでるんですか?」

「早い人だと、昨日の夜からじゃないかな。徹夜組」

 西条ー! 早朝じゃ間に合わなかったじゃないかー!

 心中で悪態をつきながら、俺はやってきた店員さんから整理券を受けとったのだった。

 並びはじめてからおよそ五時間。ようやく、店が開いた。日は高くのぼり、俺の首筋をじりじりと焼いている。

「開店しまーす。〈ドラゴンサーチャー〉をお求めの方は、こちらへどうぞ」店員が誘導してくれた。

 やっと、やっとこの苦行から解放される。水筒はとっくにからっぽ。汗をかいているせいか尿意は感じなかったが、腹が減って仕方がなかった。

 列が少しずつ動きだす。さっきから店員が列の後ろの方へ行ったり前に戻ったりをくり返しているが、気にする余裕もなかった。とにかく、ゲームを手に入れて帰りたい。その前に牛丼屋で特盛牛丼を頼んで、冷たい水といっしょにかきこみたい。西条は許してくれないだろうが。

 店員がまたやってきた。少し年かさの男性で、何かおそろしいことでも口にするかのように、ゆっくりと話しはじめた。

「あの、大変申しわけありませんが、整理番号四百六十七番以降のお客様には、〈ドラゴンサーチャー〉をお売りすることができなくなりました」

 今、とんでもない幻聴が耳に入ってきたような気がした。

 おそるおそるポケットに手を突っこみ、整理番号を確認する。四百六十八番。

「ちょっと待てよ! 整理券配ってたじゃねえか!」客のひとりが声をあららげた。

「申しわけありません! 在庫の数を誤って把握しておりまして……」

「ふざけんな!」

 あたり一帯に怒号があふれかえった。俺も怒りたかったが、まわりがあまりに殺気立っているので、逆に冷静になってしまった。

 俺はさっと列からはなれた。日本人は大人しいと言われるが、この状況から暴動に発展しないとも限らない。

 西条と三上さんのもとにゲームが届くのは夕方。数時間の差だが、その数時間で地球人が滅びるかもしれない。しかし、品物がないのだからどうにもならない。今はゲームを手に入れることよりも、暴動に巻きこまれないことを優先しよう。

 俺は店に背を向けて歩きだした。俺より後ろに並んでいた人たちは、怒りのあまり罵詈雑言を吐き散らしている。中には、暑さと絶望でぐったりしている人もいた。

 俺も帰ろう。その前に、冷たい水と特盛牛丼だ。

 店を探してあたりを見まわしていると、道路の向こうに見知った顔を見つけた。

「中村?」

 俺が声をかけると、中村はスマホから顔をあげ、「おーっす」と返事をした。小走りで近づいてきて、「何やってんだ?」

「いや、ゲームを買おうと思ってきたんだけど、売り切れみたいで」

「ひょっとして〈ドラゴンサーチャー〉?」中村は小さなビニール袋を俺に見せた。「当日販売で買うのはちょっと無謀なんじゃないか? 俺は店頭予約で買ったけど」

 俺は目を見開いた。今この瞬間、跪いて神様……いや、中村様に祈りたくなった。

「中村、いや中村様」俺は中村の両肩にぽんと手を置き、「それ、売ってくれ」

「え? 嫌だよ」

「友達だろ」

「友達でもだ」中村は頑として譲らない。「今日買えなくても、何日かすれば買えるって。夏休みは長いんだから、ちょっとぐらい……」

「五万」

 中村は口を閉じた。

「十万」

 中村の目が泳ぐ。

「お前を西条にきちんと紹介してやる」

 中村は俺に袋をさしだした。ありがたく受けとり、ひとまずゲームソフト代だけ支払った。

「残りの金はあとで必ず払うから!」西条が。「ありがとな!」

「……お前そんなにゲーム好きだったっけ?」

 当然の疑問にはこたえず、俺は走りだした。


 でかした! と西条は俺の背中を思いきり叩いた。汗で濡れているシャツがべったりとはりつき、気持ちが悪い。

「数時間のロスはRTAだったら再走案件だからね。午前中に手に入ったのは大きい! さっそくやろう!」

「そうか……役に立ててよかった」そのソフト、十万円するんだぜ、とは言わないでおく。「俺、ちょっとおばさんに水もらってくる」

「うん、お疲れ様」

 俺は階下で、西条のお母さんに水をいただけませんか、と言った。

「水だなんて、水臭い。よく冷えた麦茶があるから、そこに座って」お母さんは笑顔で俺を手招きした。

 俺がテーブルにつくと、氷がたっぷり入った冷たい麦茶を出してくれた。俺はコップ一杯を一気に飲みほした。

 もう少しいただけませんか、と言う前に、お母さんは麦茶を注いでくれた。終始笑顔なのが、何かこわい。

「あの、俺の顔、何かついてますか?」

「最近、またうちに来てくれるようになったわね。昔はよく、リビングで巴と遊んでたのに」

 そうだったかな、と俺はリビングを見わたした。そういえばここで、西条といっしょに絵を描いたり、嫌々ながらおままごとにつきあったりしたことがあった。液晶テレビでゲームに興じたことも。

「中学生になってからは全然来てくれなくなったからねえ。おばさん、ちょっとさびしかったのよ」

「……そういう時期なもんで」俺は苦笑した。

 幼いころはともかく、大人になるにつれ、男は男、女は女でかたまるようになる。異性といっしょにいるとからかわれるというのが、中学生という時期だ。俺にも男友達がいるので、西条がいないことをさして苦には感じなかった。

「巴はね、さびしがってたんだよ」お母さんが言った。「ゲームの話ができるのは長山君だけなのに、あんまり相手してくれないって」

「意外と子供っぽいんですね」ゲームの話ができなくてさびしがるなんて、成長が早い女の子の言うこととは思えない。

「子供っぽいといえば、子供っぽいかもしれない」お母さんは言った。「でもね、それだけじゃないと思うの」

「どういうことですか?」

「巴のこと、どう思う?」

 どう思う、と言われても。

「友達、ですが」

「親の欲目かもしれないけど、いい子だと思うのよね」お母さんは言った。「長山君もいい男になったし、ちょうどいいんじゃないかな」

「変なこと言わないでくださいよ。西条は本当に友達でしかないんですから」

「あら残念」お母さんは空になったコップを受けとりながら、わかりやすいぐらいがっかりした。

 これ以上話をしていると変な方向に進みそうだったので、俺はさっさと西条の部屋へ戻ることにした。

「西条、入るぞ」俺はドアを開けた。

 空中に浮かんでいたものが、床に落ちるのを、俺はたしかに見た。

 整理整頓が行き届いた、西条の部屋。ベッドの上にはバスケットボール。壁には推しだと言っていたアイドルのポスター。そして左の壁際には、大きな液晶TVと、ゲーム機。

 ゲームパッドが落ちて、クッションの上に転がっている。クッションのそばには、白紙のメモ帳が置いてあった。

 俺はゲームパッドに駆け寄り、拾いあげた。

 ──数時間のロスはRTAだったら再走案件だからね。

 やられた。西条が〈ドラゴンサーチャー〉の世界に取りこまれた。神郷側に利益がないので、そんな技術を確立しているとは思わなかった。

 なぜだ、と思う前にこたえが浮かんできた。

 神郷は俺たちを……俺と西条を警戒している。〈ファイナルブレイド7〉〈エルダーリング〉〈トーキョーネオ〉〈三国乱世〉をクリアーし、〈幕末龍神伝〉のラスボスを追いつめた俺たちを。だから自分たちの世界へ閉じこめたのだ。聖典……チャートの有無に関係なく。

 俺は〈ドラゴンサーチャー〉のタイトルロゴを映す画面を思いきり揺さぶった。

「俺がここにいるぞ!」力の限り叫んだ。「神郷! 西条だけが脅威だと思うな! 俺に何の力もないと思ったか! だとしたら、お前の判断は間違ってる! CEO失格だ!」

 画面が強い光をはなったと思った瞬間、俺は騒音の中に投げだされ、かたい床に叩きつけられた。

 仰向けに倒れた天井は、金属でできていた。床も金属らしく、冷たい感触が手の平に伝わってくる。

 身体を起こすと、電車の中だということがわかった。乗客が、突然現れた俺を見て、なにごとかと遠巻きにしている。

「長山!」

 突然、だきつかれた。一足先に神郷に取りこまれていた西条だ。あまりに強い力でだきしめられたので、いたた、とうめいた。

「無事だったんだな。よかった……」あたりを見まわし、「電車の中、みたいだが」

 電車といっても、俺たちがよく乗る電車とはまるで異なる。立体映像でできた広告があちこちに浮かび、「車内ではお静かに」「不審なものを見かけたらすぐに車掌AIにご連絡を」とアナウンスをくり返す、猫のマスコット人形がふわふわと飛んでいる。

「〈ドラゴンサーチャー〉の光景だ」雑誌やPVで見た映像を思いだし、俺はつぶやいた。「だけど」

「そうなの。ここ、スタート地点じゃないの」西条は言った。「主人公が生まれた村からゲームははじまるはずなのに、こんなの聞いてない」

「あの、すみません」俺は西条を引きはなし、乗客にたずねた。「ここはどこですか。どこに向かってるんですか?」

 乗客はひそひそと話しをしている。「車掌AIがもうすぐ来るんじゃないか」「連絡もした方がいいかもな」「いきなり現れたぞ」「無賃乗車か」などと言っている。

「この電車は、ノア行きじゃよ」おじいさんが教えてくれた。「あんたら、そんなことも知らずに乗ったのかい?」

「ノア……?」

 聞きなれない言葉だが、西条は理解したようだ。

「ヤバい。この電車、神郷グループのお膝元に向かってる」

「え!?」

「ノアは神郷グループが支配する、超巨大都市よ。雑誌やネットで見た」

 まずい。神郷は本気で、自分の目の届くところに俺たちを閉じこめるつもりだ。

「おりよう」俺は電車の窓を開けた。

 外は夜だった。闇の中、何もない大地が広がっている。強い風が、電車の速度を嫌というほど感じさせた。

「駄目」西条が俺の服を引っ張った。「飛びおりても死なないかもしれないけど、こんな夜に外をうろつく怪物と遭遇したら、絶対にやられる。私たち、丸腰なんだから」

「だけど」

「それに、もし死んでも〈ドラゴンサーチャー〉の中で生き返るだけ。閉じこめられていることにかわりはない」

 西条の言うとおりだ。俺は窓を閉め、お騒がせしました、とそそくさと隣の車両へ移動した。

 隣の車両はすいていたが、俺たちは連結部分の近くに立って話しをした。

「使えそうなのは、アレン司祭からもらったこれぐらいなんだが」

 俺は銀の鍵を取りだした。他の戯れの世界にいても、〈ファイナルブレイド7〉へ戻れる道具だ。

 西条はかぶりを振った。

「鍵穴なんてどこにもなかった。たぶん、カード認証が主流なんだと思う」

「だよなあ。くそっ」俺は悪態をついた。

 ここは現代よりも科学が発展し、魔法も存在する、いわばSFファンタジーのような世界。鍵穴なんてアナクロなものを使うところなど限られている。

「ええい、もう勝手にしろ。ノアだろうがなんだろうが行ってやろうじゃねえか」

「神郷グループが実質上支配する街、か」西条はつぶやいた。「地下に守護竜がとらえられているそうね」

 PVや雑誌の情報によると、超巨大都市ノアは高い外壁に囲まれ、内部もいくつもの区画で区切られている。常にウォーリアが巡回し、内部のもめごとから外部に生息する怪物の排除まで、何でも行っている。

 ノアのエネルギーはすべて、守護竜によってまかなわれている。

 守護竜はこの星の守り神と言われているが、ノアの地下にとらえられている。守護竜は膨大な魔力を内包しており、それをエネルギー源としてノアは動いている。いわば、守護竜は発電装置なのだ。

 魔力を吸われ続けた守護竜の寿命は短い。そのため、常にウォーリアが世界中を旅し、新たな守護竜の捕獲作戦を実行している。このウォーリアたちを「ドラゴンサーチャー」と呼ぶ。

 〈ドラゴンサーチャー〉の主人公はウォーリアに憧れて故郷を飛びだし、下っ端のウォーリアになった。守護竜の捜索部隊に抜擢されるが、ノアが守護竜の犠牲のうえに成り立っていることを知り愕然とする……というのが、このゲームのあらすじだ。

「とんでもないことを……」と言いかけて、俺はやめた。地球人だって似たようなことをしている。ファンタジーだからオブラートにつつんでいるが、守護竜はおそらく、現実世界の何かのメタファーなのだろう。

「神郷はどうして、私たちを自分のもとへ呼びださなかったのかな。こんな電車の中なんかに呼びださずに」

「そこまでコントロールはできないんだろう。ま、コントロールの必要もないさ。あいつは俺たちをこの世界に閉じこめておければそれでいいんだから」俺は言った。「でもそうなると……」

 言いかけたところで、俺の背中の上に何かが落ちてきた。床に思いきりはさまれ、息ができなくなる。

「み、三上さん!?」西条が声をあげた。

「あれ、西条さん? どうしてここに」三上さんが首を傾げた。「たしか私、〈ドラゴンサーチャー〉のチャートを作ろうと思って……」

「頼む、どいてくれ」蛙のような声をあげながら言うと、三上さんは「ご、ごめん!」と言って俺の背中からおりた。

「やっぱり、かあ」俺は咳きこみながら言った。「三上さんも取りこまれるよな、やっぱり」

 〈戦国乱世〉で俺たちといっしょにいるところは見られている。神郷が警戒するのは当然だ。

 俺と西条が今の状況を説明すると、三上さんは泣きそうな顔になった。

「私たち、もう戻れないの?」

「いや」俺は銀の鍵を見せ「こいつがある限り、脱出はできる。ただ、脱出しても問題の解決にはならない」

「神郷はどうやって戯れの世界を行き来しているのか、それを突きとめないと」西条が言った。「次は地球にきっと現れる。そうなったら、取り返しのつかないことになる」

「みんな、殺される……」三上さんは震えていた。

「そんなことさせるか」俺は吐き捨てるように言った。「ここで、神郷を倒す。それができないなら、地球へ出る手段を破壊する」

「機械的な手段なのか、魔法的な手段なのかはわからないけどね」西条は顎に手を当てた。「魔法的なものの場合、アレン司祭の力を借りないといけないかも」

 俺たちはひとまず、今後の方針を決めた。神郷を倒す、もしくは地球へ転移する装置を破壊する。

「そうと決まったら、まっさきにすることがあるわね」西条が言った。

「何をするんだ?」俺は車内を見わたした。「今、俺たちにできるのは、ノアにつくのを待つぐらいだろう」

 ふふふ、と西条は笑い、人差し指を振った。三上さんも気づいたのか、くすくすと笑った。

「敵と戦うには武器がいるでしょ? 探しにいきましょう」

「探すって、こんな電車の中でか?」

 俺の疑問などどこへやら、西条と三上さんは歩きはじめた。車両から車両へわたり歩き、電車の荷物棚やドアのあたりを見てまわっている。

 トイレのある車両に到着すると、「ここね。ここにちがいない」と西条は断言した。三上さんも「ありそうね」とうなずく。

 西条はトイレの戸を開けると、便器の蓋を足場に、天井を押しあげた。

「ああ、やっぱりあった」そう言って、何か長いものを引っ張りだした。

 西条が引っ張りだしたものは、剣であった。鞘から抜いてよく見ると、向こう側がかすかに透けている両刃の剣で、全体的に青く光っている。

「隠しアイテム」西条はにやりと笑った。「RPGにはよくあるものよ」

「お前、よくこんなのがあるってわかったな」

「長山君、ゲームじゃ常識だよ」三上さんが言った。「ノアに向かう電車だということは、ここはゲーム後半だということ。なら、プレイヤーのために強い武器をどこかに隠してても不思議じゃない」

「やりこみ要素や隠し要素を探すのはゲームの常道。ま、これぐらい見つけて当然ね」ふふん、と西条は笑った。

 胸を張って自慢げなのはいいが、ただのゲーマーじゃないか。

「じゃあ、ひとまずこの剣は……」西条の視線が刺さる。「俺が持つの?」

「男の子でしょ、それぐらい持ちなさいよ」

「いや、俺今まで支援系の役割しかやったことがないんだが」〈ファイナルブレイド7〉でも〈トーキョーネオ〉でもそうだった。

「見せ場だと思って持っておきなさいよ」

「ごめんなさい、危険なこと押しつけてしまって」三上さんが何度も頭をさげた。「私には重すぎるみたいで……」

 いや、三上さんに持たせようとは思ってない。体力お化けの西条が持てばいいだけの話で……。そんなことを言ったら、蹴飛ばされそうだが。

 だが、剣を握るのも悪くはなかった。

 ここが俺たちの暮らす地球ではない、戯れの世界だからだろうか、剣はひどく俺の手になじんだ。おかしなたとえだが、長年使っている箸と同じぐらい、なじんでいる。

 俺が剣を鞘におさめると同時に、車内アナウンスが鳴り響いた。

『間もなくノアに到着します。お忘れものがないようお気をつけください』

「いよいよか」剣を握る手に力がこもる。

「向こうが私たちの居場所を把握してるかどうかはわからないけど」西条は言った。「ノアの人ごみにまぎれないとね」

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