第11話「あるゲームの話」

 俺はベッドの上にゲーム雑誌を広げた。いずれも表紙は〈ドラゴンサーチャー〉で、期待度の高さがうかがえる。〈ドラゴンサーチャー〉の解説やデザイナーインタビューが何十ページにもわたって載っていたが、RTAの役に立つとは思えなかった。

『今回は……というか今回も制作時間がかつかつで、大変でした。特にラスボスの調整時は時間がなくて……何とかやりとげましたけれど(笑)』

『できるだけのことをやりました。今、私にできることをすべてつめこんだつもりです』

『〈ドラゴンサーチャー〉はみなさんが楽しめるゲームに仕上がっていると思います。ぜひ、隠し要素もふくめてお楽しみください』

 お楽しみください、と言うぐらいなら、転売されないようにしたり、転売されないぐらいたくさん作ったりしてくれないもんかね。

 俺はすでに憂うつな気分になっていた。整理券を受けとり、長蛇の列に並ぶ自分。暑さで水をがぶ飲みしながら、トイレにも行けない自分。

「……体力お化けに任せた方がよかったか」

 つぶやいたが、さすがにそれはひどいように思えた。俺はネット通販ができないが、西条はできる。役割分担的に、俺が並ぶしかない。スマホは持っているものの、俺は基本的にアナログでアナクロなところがある人間なのだ。

 スマホが着信を告げたので、俺は通話に出た。三上さんからだった。

『ごめん、夜おそくに。大丈夫だった?』

「大丈夫。どうしたの?」

『〈ドラゴンサーチャー〉の予約できたかなっと思って』

「いや、無理だった。転売野郎が予約しまくってるみたいだ。当日、並ぶつもり」

 そう、と三上さんは言った。何か言いたげであった。

「どうしたの? 何かあったの?」

『うん、まあ、お父さんとお母さんに心配かけちゃって、しばらく外出はひかえるようにって言われちゃった。警察からもまた聴取があるかもしれないし』三上さんは苦笑したが、それが本題ではないような気がした。

「訊きたいこと、あるんじゃないの?」

『長山君て、変なとこで鋭いね』三上さんは真面目な声音で『ゲームの世界に取りこまれた件なんだけど、はじめて取りこまれたとき、長山君たちはどうだったの?』

「どうも何も、いっしょにいたのが西条だからな」俺は〈ファイナルブレイド7〉に呼ばれたときのことを思い返した。「二時間で魔王を倒します、て言って、ひたすらマラソンをさせられたよ。ファンタジーな風景を見るひまもなし、メッセージもスキップ、ただただタイムを追求するだけだったね。しかも魔王はバグがあって、低レベルでも余裕で倒せた」

『こわく、なかった?』

「それはなかったなあ。ただ、面食らったのはたしかかな。西条がすぐに適応したから、それについていっただけって感じ」

 そう、とため息のような声が聞こえた。

『CEO神郷はまだ、私たちの世界には来られないのよね?』

「前にも言ったけど、地球人の身体を借りてやってくるのがせいぜいみたいだね。今のことろは」

『じゃあ逆に、どんなゲームでも、私たちを呼びだすことはできるのかな』

「いや、それは無理らしい」

 俺はアレン司祭の話と、自分が体験したことについて説明した。

 〈ファイナルブレイド7〉や〈エルダーリング〉には魔力という超常的な力が存在し、それを魔法という技術で操ることで、地球人を呼びだしていた。〈トーキョーネオ〉のときは、マザーという人工知能が転移装置を使って俺たちを呼びだした。〈三国乱世〉には巫術というものがあった。

 つまり、超常現象を起こせたり、発達した科学技術を持っていたりする戯れの世界でない限り、他の世界の人間を呼びだすことは不可能ということだ。恋愛シミュレーションのような現代物で比較的現実的なゲームでは、呼びだすことはできないだろう。

『じゃあ、行方不明になってる人って』

「俺たちを呼びだせる戯れの世界が、神郷の言葉に応じたんだろうな。でも、呼びだしても意味がないことがわかってやめた、てところかな。じゃないと、行方不明者はもっと増えてると思う」

『……冷静だね、長山君』ぽつりと、つぶやくように三上さんは言った。『私にはできない』

「どうしたの?」

『うん……実は、ちょっとこわくなっちゃって』苦笑いする三上さんの顔が浮かぶようだった。『ゲームをするのが』

「それは……」

『五十時間もゲームの中に閉じこめられて、ずっと泣いてたもん。バオちゃんがいなかったら、とっくに変になってたと思う』

 三上さんの言うことはわかる。いきなり見たこともない世界へほうりだされたら、パニックを起こし、おかしくなるのが普通だ。

『自分が〈三国乱世〉の世界にいるってわかったとき、もっとこわくなった』

「どうして?」

『だってあのゲーム……バオちゃんには悪いけど……バグだらけなんだもの。バグに巻きこまれて、もしフリーズしたらどうしようって考えてた』

 バグに巻きこまれてフリーズ。そこまでは考えたことがなかった。さすがはゲーマー。

『昔、ひどいゲームがあってね』三上さんは急に早口で話しだした。『ラスボスの行動がローテーションになってたの。あとでわかったことなんだけど、それもバグで、特定の行動を同じ順番にくり返すだけになっちゃったみたいなの』

「攻撃、防御、魔法、攻撃、防御、魔法、みたいな感じで?」

『そうそう、くり返すの』

「ひっどいゲームだな。バグをなおす時間もなかったんだな」

『ゲームを作るのもラクじゃないよね』三上さんは笑った。

「話戻すけど、〈ドラゴンサーチャー〉のチャート、どうする?」西条に任せるのだけはさけたかったが、こわい、という三上さんの気持ちを無視するわけにもいかなかった。

 返事は、意外なものだった。

『ううん、やるよ』三上さんは言った。『ごめん、ちょっと弱音を吐きたくなったの』

「本当に、大丈夫?」

 うん、と三上さんはこたえた。『長山君に話したら、ラクになった。ありがとうね』

「俺でよければいくらでも聞くよ。つらくなったら、言ってくれ」

『長山君』

「ん?」

『私、地球を救いたい。バオちゃんの世界を平和にしたみたいに』

「俺もだ。がんばろう」

『うん』

 通話は切れた。

 西条も三上さんもがんばってるんだ。俺も、がんばらないとな。暑いとか言ってられない。

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