第7話「助力」

 夕食をすませたあと、俺は〈幕末龍神伝〉をベッドにほうり投げ、崩れるようにその場に座りこんだ。スマホを取りだし、検索をはじめる。

 CEO神郷。

 〈ドラゴンサーチャー〉の重要人物で、「神郷グループ」という大企業を率いる若き経営者。それ以上の情報は出ていない。あとは遊んでたしかめろ、ということだろう。

「くそ、まぬけか俺は」

 俺たちがゲームの世界へ行くことができたように、ゲームの世界の住人も地球へ来ることができる。当然ありうることに、なぜ思い至らなかったのか。

 クリカラも神郷も聖典というものを探している。神郷は俺と西条が聖典を持っていると思っていたようだが、思いちがいだったと言い、聖典は「他にある」と結論づけた。

「何なんだ、聖典って」つぶやきながら、また考えてもわからないことを考えている、と俺は自分の性格に唾を吐きたくなった。

 今、すべきことは考えることじゃない。事情を知る人間に訊くことだ。

 ベッドの上のゲームに目を向ける。もう一度クリカラと会って話しをしてみるか。いや、それは危険だ。クリカラは俺たちと敵対しているうえ、CEO神郷とつながっている。下手に探りを入れようとすれば、神郷に情報がすべて筒抜けになってしまう。

 それに、クリカラは「聖典が自分たちを滅ぼすもの」であること以外、知らないようであった。訊いてこたえられるような知識は持っていないだろう。

 もっと、包括的にこの事態について説明することができて、かつ、俺たちの味方だと言いきれる存在。そんな人物がいれば……。

 俺は目を見開いた。いるじゃないか、ひとりだけ。会えるかどうかはともかく。

 母さんに西条の家へ行ってくると言って、俺は家を飛びだした。通り道で仕事帰りの父さんと出くわしたが、「すぐ帰るからっ」と声をかけて突っ走った。

 息を切らせて玄関の前に立つ俺を見て、西条は目をまるくした。「どうしたの、こんな時間に」

「〈ファイナルブレイド7〉、貸してくれないか」

「え、どうして?」

「どうしてもだ。頼む」

「何があったの、長山。何か、普通じゃないよ」

 普通じゃないことはとっくに起こっている。俺の身にも、西条の身にも。

「すべての事情を知っている人に話が聞けるかもしれないんだ」俺は言った。「だから、頼む。ゲームを貸してくれ」

 西条の目がすっと細くなった。「その人に、ひとりで会うつもり?」

「ああ、俺が全部話を聞いてきてやる」

「わかった。じゃあ、私も行く」

 は? と声をあげると、西条は「あがって」と背を向けた。「うちのゲーム機を使えばいい」

「待てよ! お前まで来る必要はない! 戻ってこられるかどうかもわからないし、危険だ」

「そんな危ないことをしようとしてる幼なじみをほうっておくほど、私は臆病じゃない!」西条は背中を震わせた。「さっき、守ろうとしてくれたよね、クリカラから」

「いや、あれはとっさに」何を言いだすんだいきなり。

「私はそんなに弱くない」西条は険しい表情で振り返った。「この異常事態は、私と長山の問題だった。でも、今はあちこちに広がりつつある。それなら、最初に遭遇した私たちが対処する責任がある」

「責任なんてないだろ! 俺たちはただ巻きこまれただけだ!」

 たとえるなら、自動車事故のようなものだ。歩道を歩いていても車が突っこんでくることはある。日本中、いや、世界中で同じようなことは起こっている。だが、最初に事故にあったからといって、その後のすべての事故に対処する責任などどこにあるというのか。

「私にはね、この異常事態を利用しようとした責任がある」西条は言った。「RTAで有利だから、て。でも、それが間違いだった。利用する方法を考える前に、異常事態を解決する方法を考えるべきだった」

「西条」

「長山に守ってもらってばかりじゃ、責任は果たせない」

 断固たる物言いで、まったくゆるがない。こうなった西条をとめる術を、俺は持っていない。

「……どうなっても知らないからな」俺は西条を素通りして、家にあがった。

「上等」西条はにやりと笑った。「RTAには攻めのチャートが必要なときもあるのよ」

 西条の部屋へ行き、〈ファイナルブレイド7〉を取りだす。ゲーム機にセットし、スイッチを入れる。

「で、どうするの?」西条が訊いてきた。

 俺は画面に向かって言った。「アレン司祭、聞こえてますか。勇者として召喚された、長山と西条です。もし聞こえているなら、返事をしてください。できれば、そちらにもう一度召喚してください」

 俺はアレン司祭に一縷の望みをたくした。アレン司祭がすべてを知っているとは思わないが、少なくとも敵ではない。情報を得る相手としてはうってつけだ。こちらは元勇者なのだ。協力してくれる可能性は高い。

 反応はなく、画面は〈ファイナルブレイド7〉のタイトルロゴを映したままとまっていた。

「CEO神郷という人物をご存じですか。クリカラの龍のことも」俺はあきらめずに話し続けた。「彼らは聖典というものを探しているようです。もし、何か思い当たることがあるなら、俺たちに教えていただけないでしょうか」

 画面に変化はない。駄目か、と思ったそのとき、

「目を閉じてください」という声がスピーカーから聞こえてきた。

 俺と西条が目を閉じた瞬間、瞼の上からでもわかる強い光が、俺たちをつつみこんだ。


 目を開けると、はじめて召喚された場所──大聖堂に俺たちは立っていた。

「〈ファイナルブレイド7〉の世界だ」俺は天井を仰ぎながらつぶやいた。

「お久しぶりです、西条様、長山様」

 白い神官服を着た、アレン司祭が立っていた。にこやかな表情で微笑んでいる。

「驚きました。まさか勇者様自ら私を呼びだすとは」

「あ、あの」西条が言った。「長山の声、聞こえてましたか?」

 ええ、とアレン司祭はうなずいた。「急を要する事態に直面しているということは、ひしひしと伝わってきました。それに、気になる言葉も聞こえました」

「CEO神郷とクリカラの龍」俺は言った。

「こちらへ」

 俺たちはアレン司祭に案内され、広い応接室に入った。質素ではあるが、高級なものであることが一目でわかる調度品ばかりが並んでいる。

 高そうなカップに、アレン司祭は紅茶を注いでくれた。いい香りが鼻腔に広がり、緊張をほぐしてくれる。

「結構、あっさり召喚できたんですね」西条が言った。

「お二人が魔王を倒してくれたおかげで、この世界には十分な魔力が行きわたるようになりました。力ある術者なら、別次元をわたることもそう難しくはありません」

「あー、そういえばそんな設定でしたね」西条が思いだしたように言った。

 〈ファイナルブレイド7〉の世界は「魔力」と呼ばれる力で満たされている。魔力によって、魔法をはじめとした超常現象は引き起こされる。

 だが、これまでは魔王が魔力の大部分を占有していたため、人間は厳しい状況に置かれていた。特に「異世界からの勇者召喚」という大魔法は、そうそう使えるものではなかった。

「訊きたいこと、というのはCEO神郷やクリカラのことですか?」アレン司祭はにこやかにたずねた。

「色々と」俺は言った。「アレン司祭がどこまでご存じかはわかりませんが」

「できるだけ、力になりましょう」

「その前に、ひとつだけ情報を共有したいんですが」俺は言った。「この世界は、ゲームです。〈ファイナルブレイド7〉というゲームの世界なんです」

「ちょっと長山!?」西条があわてた。「そんなこと言っても、アレン司祭が戸惑うだけ」

「存じておりますよ」アレン司祭の表情は変わらない。「ゲーム、という呼び名は初耳ですが、この世界は創造主が戯れに作った世界である、と私たちは認識しています」アレン司祭は両手を広げた。指を一本一本動かし、「この世には創造主によって作られた戯れの世界がいくつもあります。私たちのように世界を渡り歩く力を持つ世界もあれば、ない世界もあります。もちろん、創造主を呼ぶ力がある世界もあれば、ない世界も」

「戯れの世界」西条は呆然とつぶやいた。

「おそらく」アレン司祭は言った。「長山様たちの世界……地球も、創造主が作った戯れの世界のひとつなのでしょう」

「俺たちの世界も?」

 考えたことがなかった。自分たちの生きる世界が、創造主……神と呼ぶべきか……が作った戯れの世界だなんて。まるで宗教じゃないか。

「古事記なんか読むと、そうよね」西条は俺を見た。「戯れで作ったかどうかはともかく、創造主がいたのはたしか」

 アレン司祭をふくむこの世界の住人にとって、地球で〈ファイナルブレイド7〉を作ったデザイナーは、創造主だということか。

「ですが、たとえ戯れの世界であったとしても、私たちは厳然として存在しています」アレン司祭は窓に目を向けた。「お二人が魔王を倒してくださったあとも、世界は続いています。もし、魔王を倒すまでが創造主の考えたことならば、もう私たちはそのくびきから解放され、自由になったと言えるでしょう」

「……そのご理解のうえで、俺の話を聞いてください」

 俺はもとの世界へ戻ったあとのことを、あますことなく話した。クリカラの龍とCEO神郷が聖典を求めていること、神郷が他人の身体を借りて俺の前に現れたこと……この点について西条は驚いていた……、聖典が何を指すのかまったくわからないこと、自分たちにはアレン司祭の助言が必要であること。

「あいつらは地球人を憎んでいるように感じました」俺は神郷と会ったときの印象を話した。「地球人を滅ぼしてでも、聖典を探すつもりです。そしておそらく、クリカラの龍のように、破壊するのではないかと」

「私もそのように感じました」アレン司祭がうなずいた。「神郷という人物は、地球人をひどく憎んでいるようでした」

「アレン司祭はどうして神郷やクリカラのことを知っているんですか?」

「お告げがあったのです」アレン司祭は言った。「若い男の声でした。彼は神郷と名乗り、『我々を滅ぼそうとする存在がいる。団結し、立ちあがるときだ』と言いました。おそらく、長山様たちが滅ぼした魔王に向けて発した言葉なのでしょうが」

「神郷はこの世界の魔王が……つまり敵役がもう存在しないことを知らない」

 アレン司祭はうなずいた。「CEO神郷は、世界をわたる力か技術をすでに持っているのだと思います。今は地球の人間の身体を借りなければ地球に干渉することはできませんが、今後どうなるかはわかりません」

「キーは聖典、ですよね」西条が言った。「聖典を提供すれば、神郷もクリカラも大人しくなるんじゃありませんか?」

「それはどうでしょう」アレン司祭はため息をついた。「敵役として倒され続けた者が、相手の武器を奪ってそれで終わりにするでしょうか」

 まずしないだろうな、と俺は思った。

 ゲームの敵役は、プレイヤーに倒されるために存在する。何百、何千、何万回も痛い目にあわされ、殺されているのだ。積み重なった憎しみは相当なものだろう。同じだけのことをしてやりたいと思うのが自然だ。

 ふと、俺は重要なことを思いだした。

「〈ドラゴンサーチャー〉はまだ発売されていない。なのに何で、もうそんな恨みをいだいてるんだ?」

「発売はされてなくても、テストプレイは何度もされてるはず」西条が言った。「テストプレイでも、殺され続けたら憎しみだってつのると思う」

「ゲーム世界の憎しみ」アレン司祭がぽつりと言った。「これは戦争です。創造主たる地球人と、虐げられたゲーム世界の敵たちとの」

「……冗談じゃない」俺は両手で顔を覆った。「自分たちが作ったものに殺されるなんて。しかも兵器でも何でもない、ただのゲームに」

「人間よ」西条が言った。「長山、相手がゲームだという認識は捨てた方がいいかもしれない。別世界の、同じ血の通った人間が攻めてくるって考えた方がいい」

 そのとおりだ。現に、俺の目の前にいるアレン司祭は、どう見ても血の通った人間だ。

 西条はアレン司祭を見た。「この世界に、魔王はもう存在しないんですよね?」

「ええ、お二人が討伐してくださったので」

「ゲームパッドを持って倒した敵は、リセットすれば何度でも蘇るけど、私たちみたいに召喚されたプレイヤーが倒せば、蘇ることはない」西条の目つきが鋭い。「つまりはそういうことね」

「お前、まさか」

「こっちからCEO神郷を倒しに行く」西条は宣言するように言った。「そうすれば、神郷が先導するゲーム世界同士のつながりも瓦解する。そう思わない?」

「正気か!? 相手は同じ人間だって言ったばかりだぞ!」

「正気じゃないかもしれない。ううん、正気じゃない世界に足を踏みこんじゃったんだと思う」西条は部屋を見まわし、「この世界にはじめてやってきたときから」

「具体的にどうされるおつもりですか?」アレン司祭がたずねた。

「まず、〈ドラゴンサーチャー〉を発売日に手に入れる」西条は言った。「何度もプレイしてチャートを練られるだけ練ったあと、〈ドラゴンサーチャー〉の世界に入って神郷を倒す。やることはRTAと同じよ。地球側に出てこられたら勝ち目はないけれど、こっちからゲーム世界に攻めこめば勝ち目はあると思う」

 地球側に出てこられたら、「現実の戦争」となる。だが、こちら側から行けば、俺たちにとっては「ゲームの戦争」ですむ。西条はそう考えているようだ。

「お前の言うことはもっともだが、問題がある」俺は言った。「どうやって〈ドラゴンサーチャー〉の世界へ行くんだ? アレン司祭とちがって、向こうがこっちを呼ぶことは絶対にないぞ」

「その点にかんしてはご安心ください」アレン司祭は言った。「〈ドラゴンサーチャー〉が長山様たちの世界に現れたあとなら、私たちの力で送りだすことができるでしょう」

「助かります」西条は頭をさげた。「アレン司祭、聖典については何か思い当たることはありませんか?」

「西条様のおっしゃる聖典については、残念ながら」アレン司祭はかぶりを振った。

「ひとまず、〈ドラゴンサーチャー〉を手に入れよう」俺は西条に言った。

 そうね、と西条は言い、アレン司祭に再び頭をさげた。「色々教えてくださってありがとうございます」

「いえいえ、勇者様の頼みとあれば、どんなことでも致しますよ」アレン司祭は笑みを浮かべた。「私の方でも、情報を集めてみます。聖典について知っている者がいるやもしれません」

「よろしくお願いします」

「……ああ、そういえば」アレン司祭は言った。「私たちが勇者召喚の儀式を行ったとき、確実に魔王を倒せる者を呼びだせるようにしました。結果、長山様と西条様が召喚に応じてくださったわけですが、何か思いあたる節はありませんか?」

「俺たちが確実に魔王を倒せる理由、ですか」俺は首を傾げた。普通に考えて、ただの高校生が魔王など倒せるはずがない。警察官や自衛隊員を呼びだした方が確実な気がする。

「その点も考えてみます」西条が言った。

 俺たちが部屋から出ようとしたとき、

「お待ちください。お帰りは、あちらから」アレン司祭は入り口とは別のドアを指さした。「先ほど、術者たちに命じて、あちらとお二人の世界をつなげておきました。魔王が倒されたおかげで、世界中に魔力が満ち溢れてしまいましてね。使いどころにちょっと困っていたのですよ」

 俺と西条は顔を見合わせた。魔力、て言葉、便利だな。

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