第3話「ああ、無慈悲」

 夕食をさっさと胃におさめると、俺はすぐに自分の部屋に向かった。ゲーム機を引っ張りだし、軽くほこりを払う。西条ほどのハードゲーマーではない俺は、たまにしかゲームをしない。そのため、最新機なのにいつもほこりをかぶっている。

「バイト代でせっかく買ったんだから、もっと使いなさいよ」

と、母さんに小言を言われたことがあるが、世界広しといえど「ゲームをやれ」などという親を持つ子供は、俺だけのような気がする。

 〈トーキョーネオ〉をゲーム機にセットし、さてやるか、とスイッチに指を伸ばしたところで、手がとまった。

 部屋を見まわす。階下で母さんが動く音が聞こえるだけだ。だというのに、誰か……いや、何かに見られているような気がした。

 ゲーム機に視線を戻す。ひょっとすると、こいつが俺を見ているのだろうか。いつでもお前を待っている、こっちの世界に来い、早くスイッチを押せ、と。

 いやいや、と俺はかぶりを振った。俺ひとりしかいないのに、ゲームに呼ばれるなんてありえない。これまでの異常現象は、すべて西条がいるときに起こった。俺は巻きこまれただけ。関係などないはずだ。

 思いきってスイッチを押した。低い機械音が響き、画面にメーカーのロゴが現れたあと、「もうひとつの世界、もうひとつの明日……」という〈トーキョーネオ〉の決まり文句が表示された。

 タイトルロゴが表示されるに至って、俺はほっとした。

 何も起こらなかったということは、西条に問題があるのか、それとも他に要因があるのか……。西条とちがい、俺はものごとを突きつめて考えてしまうタイプだ。考えてもこたえが出ないことを、ああでもない、こうでもない、と考えているうちに、時間が経ってしまった。俺はゲーム機の電源を切り、風呂に入ったあと、再びゲーム機を起動した。

 〈トーキョーネオ〉は近未来を舞台にしたアクションRPGなので、拳銃やライフル、熱線銃などが出てくるが、それ以外に「サイバーフュージョンデバイス」という特殊なアイテムが登場する。これは「鎧の形をした武器」と呼べるもので、様々な火器を内蔵し肉体をサポートするパワードスーツの一種だ。ネットワークと常時つながっており、ありとあらゆる方面から情報を収集し、戦闘の最適化を行ってくれる。

 〈トーキョーネオ〉はサイバーフュージョンデバイスを駆使して進めるゲームだ。無骨な西洋風鎧のものもあれば、スーツ型、十二単のような薄い装甲を幾重にも重ねた、華美なものまである。自分好みにカスタマイズすることも可能だ。

 面白いシステムだなーと思っていたら、スマートフォンが鳴った。西条からだ。

『RTAやるから、また手伝って』

 いつものことであった。

「わかった。何やるんだ?」

「〈トーキョーネオ〉っていうアクションRPG」

 俺はぎょっとして〈トーキョーネオ〉の画面に目を向けた。

『どうしたの?』

「今、やってるとこなんだよ、〈トーキョーネオ〉」なぜか小声でこたえてしまう。

『ああ、そっか。じゃあ無理ね』西条は心底残念そうに言った。『まだクリアーしてないでしょ? 人の楽しみとっちゃ駄目だよね』

「いや、いいよ。お前の隣で見てるのも悪くない」正直なところ、このゲームをクリアーできる自信がなかった。サイバーフュージョンデバイスのルールが複雑すぎるのだ。

『でも……』

「いいからいいから。で、チャートはもう組んであるのか?」

『うん、さっきできた。目標は四時間かな。普通に遊んだら、二十時間ぐらいかかったから』

「待った。お前、プレイしたのか?」

『試しに遊ばないとチャートは組めないでしょう?』

「何も起こらなかったか?」

『何も』西条は言った。『ていうか、〈ファイナルブレイド7〉のときも〈エルダーリング〉のときも、何回も試走したけど、何も起こらなかったよ』

「なあ、もうやめにしないか」俺は本音を語った。「ただでさえワケのわからんことに巻きこまれてるんだ。そのうえ、〈トーキョーネオ〉の舞台は未来だ。拳銃もライフルもあるし、サイバーフュージョンデバイスっていう強力な武器も出てくる。棒で叩かれて痛い、ていうレベルをはるかにこえるぐらい、危険かもしれないんだぞ」

『でも、セーブ機能はちゃんとついてるし、死んだらそれっきりってわけじゃないし、大丈夫じゃない?』

「だけどさあ」

『長山』西条は言った。『一度走る、と言ったゲームを走らないなんて、RTA走者が廃るっていうものよ。長山がつきあってくれないなら、それでもいい。私ひとりで走るから』

「待った待った」俺はあわてた。「お前ひとりにやらせられるか。役に立たなくても、俺もつきあう。絶対にひとりではやらせないからな」

 スマホの向こうから、笑い声が聞こえた。

「長山は、本当に優しいね」


 西条のサイバーフュージョンデバイスが火を噴いた。身体を覆う十二単に似た機械の鎧につけられた、無数の火器。機関砲の空薬莢が飛び、粒子砲の光が目を焼きそうになる。左から右へ薙ぎ払われ、敵の人型無人兵器部隊は壊滅した。

 西条のデバイスが白い煙を噴く。排熱しているのだ。軽いステップでさがり、「長山、あとよろしく!」と言った。

 俺は西条の前に出た。壊滅した大部隊の向こうから、巨大な機械の巨人が現れる。〈トーキョーネオ〉のラスボス。チャートどおりだ。

 俺のデバイスは、簡素なものだ。防御に特化した薄いスーツ型で、西条のデバイスよりも軽量。速さならトップクラスだ。

 巨人の肩から巨大な筒が伸びる。粒子砲だ。ラスボスの攻撃が直撃すれば、低レベルでゲーム終盤までやってきた俺たちは、一瞬で塵となるだろう。

 何の対策もしていなければ、だが。

 巨人が粒子砲をはなつ直前、俺は両腕を前に突きだした。手の平から八角形の膜のようなものが広がり、盾となる。

 粒子砲が膜にぶつかり、目の前が真っ白になる。強い圧力に、俺は必死で耐えた。デバイスがみしみしと嫌な音を立てるが、八角形の膜……バリアはびくともしなかった。

 低レベル、かつ弱いデバイスで〈トーキョーネオ〉を攻略する方法。それは完全な役割分担だった。

 西条が敵を攻撃し、俺が守る。互いの役割をきちんと果たすことができるのなら、このゲームはさほど難しくはない。そして俺たちのデバイスは、弱いながらも、最適化されていた。

「敵の攻撃を防ぐだけなら、高価なデバイスは必要ない。ゲーム序盤で買える装備で、だいたい防げるのよ」

 これがバグなのかデザイナーの救済策なのかはわからないが、バリアは役に立ってくれた。巨人の攻撃が終わったところで、バリアは消滅した。

 入れかわりに、西条が前に出る。

「これで終わりッ!」

 排熱処理を終えた西条のデバイスが再び火を噴いた。巨人の身体が穴だらけになり、人間のような断末魔をあげながら膝を折って爆発した。

「しゃあっ! 四時間切り成功!」西条は拳を振りあげた。

 俺は宙に浮かぶタイマーを見やった。「03:57:12」。普通に遊べば二十時間をこえるゲームをたった四時間で攻略とは、やはり西条は凄い。その能力をもっと他のことにいかせそうな気もするが、それは口にしないでおく。

 今回も、俺たちはゲームの世界へ導かれた。マザーと呼ばれる人工知能に。

 タイマーがとまってしばらくすると、俺たちの意識は現実世界へと戻っていた。三度目にもなるとなれたもので、驚きもしなかった。現実世界でも四時間が経ち、パソコンは俺たちのプレイをしっかり記録していた。

 不意に、ふふふ、と西条はふくみ笑いをもらした。

「私、わかっちゃった」

「何が?」

「これは神様の仕業よ。神様が、私にRTAの頂点を目指せと言っているのよ」

 こいつ、とうとうゲームに神の存在を持ちだしやがった。

「ゲームパッドでやるよりはるかに遊びやすくて、登場人物の台詞もこっちの好きなところで切ることができる。他のRTA走者ができないことを私たちはできる。まさに、RTAをやれって言ってるようなものじゃない」

「とうとうおかしくなったか?」

「失礼ね。チートを疑われることもなさそうだから、この力、今後も存分に使わせてもらいましょう。死ぬ心配がないことも確認できたし」

 〈トーキョーネオ〉のRTAで、俺たちは一度、全滅を経験している。しかしそれはタイムを縮めるための「計画的な全滅」だった。はじめはこのチャートに抵抗があったが、全滅後、最後にセーブした地点に戻されるだけで俺たちは無傷だった。

 うふふふ、と気持ちの悪い笑い声をもらしながら、西条はパソコンの前に座り、録画をとめた。しばらくパソコンの操作をしていると、「あっ」という声をあげた。

「どうした?」立ちあがってパソコンの画面をのぞきこむと、

「ぶりむさんが」と西条は言った。「ぶりむさんが、〈トーキョーネオ〉のRTA動画をあげるんだって」

「へえ、偶然だな」

「偶然で片づけられないよ」西条は困りはてているようだ。「見てよ、これ」

 俺は画面を見つめた。ぶりむというRTA走者が、次の動画の予告を投稿している。


「サイバーアクションな世界を駆け抜ける! 〈トーキョーネオ〉RTA 4時間15分52秒 近日公開!」


「ど、どうしよう」

「何が?」

「ぶりむさんが投稿する前に、無慈悲しちゃった」

「何だよ無慈悲って」

「RTAの記録を大幅に更新しちゃうことだよ!」西条の声は悲鳴に近かった。

「RTAはマラソンみたいなもんだろ。そういうことはよくあることじゃないのか?」

「でも、向こうが投稿する前にこっちが無慈悲しちゃうなんて、いくらなんでもひどすぎる!」

「だから記録なんてそういうもんだろ」

「ぶりむさんに嫌われちゃうよ!」

 どうやら、記録を大幅更新したり、向こうが投稿する前に記録更新したりすることより、ぶりむというRTA走者に嫌われることを危惧しているようだ。

「堂々と投稿すればいいじゃないか。勝負なんだから」俺は西条の肩を軽く叩いた。「それで嫌われたら……まあ、あきらめろ」

「でも」

「それに、ぶりむって人の記録を塗りかえたのははじめてじゃないんだろ?」

「それは、そうだけど」

「じゃあ投稿しろ。俺だってがんばったんだから、どれぐらい再生数が稼げるか、見てみたい」俺は西条の背中を叩いた。「しっかりしろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る