第4話「同性の話せる相手」

 編集後、西条のRTA動画は投稿された。分割投稿され、どの動画も十万再生を軽くこえている。やはり西条は、RTAの上手さ以上に、編集が上手だ。知らないゲームでも、見ていて面白いと思わせる作りになっている。

 一方、ぶりむの動画だが、投稿されなかった。「無慈悲されたので投稿やめます」という告知だけが残った。

『ど、どうしようどうしよう長山ぁ』

「待て待て、ちょっと落ちつけ」電話口で俺は西条を必死で落ちつかせようとした。

 西条はひどく悩んでいるようだ。神の仕業と言ったが、あれはただのチートなのではないか、他人の動画をつぶした自分にRTAをする資格などないのではないか、と。

 いつも陽気で、悩みとは無縁な西条のこんな姿は見たことがない。他人を不幸にしてしまったことを悔いている彼女の心根の優しさを感じたが、いつまでも悩んでいるのは身体に悪い。

 俺は、一計を案じた。


「西条、メシ食べようぜ」

 弁当をぶらぶらさせながら、机に突っ伏している西条に声をかけたが、反応がない。ここ数日、西条は昼食をとっていないようだった。

「さーいーじょーおー」

「ほっといて」西条は深いため息をついた。

「どうしたのかしら、西条さん」

 クラスの女子がひそひそと話しをしている。陽気で活発だった西条がいきなり暗くなってしまったのだから、驚かない者はいないだろう。部活にも身が入っていないらしく、レギュラーなのに大丈夫だろうかという声が俺まで聞こえてくるほどだった。

「参ったなあ」俺は聞こえよがしに言った。「西条と同じ、ぶりむさんの影響を受けてRTAをはじめたって人を紹介したかったんだけどなあ」

 西条が勢いよく顔をあげた。「マジ?」

「マジ、本当」

 もちろんただの口実だ。向こうはぶりむのことなど知りもしないし、RTA走者でもない。ただ、今の西条には「同性の話せる相手」が必要ではないかと思っただけだ。

「ひとりでうつうつとしているぐらいなら、共通の話題を持っている人と話しでもしたらどうだ? 気持ちがラクになるかもしれないし」

「ううん……そうかな……そうかも……でも」西条は煮えきらない態度のままだ。

「会うだけ会ってみてくれよ、俺の顔を立てると思って」

 俺が頼みこむと、西条はようやく重い腰をあげた。「わかった」

「あ、向こうはRTAやってることもぶりむとやりとりしてることも隠してるから、その話はNGな」俺は釘を刺した。嘘がバレたら元も子もなくなる。

 西条は弁当を持ってきていないそうなので、購買部に寄ってから、中庭に向かった。

 いつものベンチには先客がいた。前髪で隠れぎみの目がこちらを向く。三上翔子だ。

「知ってるかもしれないけど」前置きをして、俺は三上さんを紹介した。

 三上さんは立ちあがり、西条に深く頭をさげた。「こういうのも変ですけど、はじめまして」

 西条は少し面食らった様子で、「こちらこそ、はじめまして」と頭をさげた。

 同時に頭をあげ、お互いの顔を見て、二人は急に笑いだした。

「お、おかしいですよね。クラスメイトなのに」

「そうね。でも、ずっとお話しなんてしたことなかったから、これでいいんじゃない?」

 いい雰囲気になってきたので、俺はあいだに割って入った。

「西条、三上さんにはだいたいのことは話してある」

「長山君から西条さんがゲーム好きって聞いたときはびっくりしました。だって、そんなイメージなかったから」

「私も、隠してるつもりはなかったんだけどね」西条は苦笑した。

 俺たちは三人並んでベンチに座り、昼食をとった。俺が右端で西条が中央、左端が三上さんだ。俺はあくまでおまけなので、二人の話を適当に聞いておくことにした。

 二人はゲームの話題で盛りあがっていた。昔遊んだゲームの続編が出た、あのゲームはクソゲーだった、こういうゲームがある、今度貸しましょうか、このジャンルのゲームが好きだ、子供のころ最初に遊んだゲームは……などなど。

 西条の表情がだんだん明るくなっていくのが、俺には嬉しかった。問題が解決したわけではないが、気分を変えることができたのなら、二人を会わせたのは大成功だ。

 家電量販店でちょっと話しただけの三上さんには感謝しないといけない。西条がゲーム好きであると話し、今ちょっと落ちこんでいるので助けがほしいと告げると、

「同じゲーマーとして見過ごせない」

と、西条と話すことを快く了承してくれたのだ。三上さんにとって、人と話すのは苦痛だったかもしれない。しかしそれを脇に置いて、西条を助けるために動いてくれた。何と礼を言えばいいか。

 二人の話題は、やがて西条の問題に行きついた。

「ある人を傷つけちゃったかもしれないの」ぽつりと西条は言った。「その人は私の先輩みたいな人で、その人のおかげで、ゲームの新しい魅力に気づけたっていうか」

「大切な人なのね」

「会ったことはないし、コメントとかメールのやりとりもしたことがないけど」西条は語気を強めた。「でも、三上さんの言うとおり、大切な人」

「いいね、何かそういうの」三上さんは夢見るような表情で言った。「会ったことがないのに、つながってるって。私淑してるみたい」

「ししゅく?」

「会ったことがない人を先生として、修練すること、ていう意味」

「会ったことがない人を……」西条はひとりうなずいている。「うん、そうだね。ぶりむさんを、私は私淑してるのかもしれない」

 俺はぎょっとして箸を落とした。ぶりむの話はNGだって言ったのに!

 三上さんは怪訝な顔をしているにちがいない。西条ごしにおそるおそる三上さんを見ると、変な顔はしていなかった。ひょっとすると、ゲーマーのひとりとして、ぶりむという動画投稿者を知っているのだろうか。

 それならそれでいいのだが、先ほどとは打って変わって強張った三上さんの表情が気になった。

「ぶりむ……さん?」

「え、知ってるの?」西条が言った。

「うん、知ってる。RTA走者でしょ、有名な」

「そうなの!」ぱちん、と西条は手を叩いた。「ぶりむさんの動画を見て、RTAっていうものを知ったの。だから私も走ってる。ぶりむさんみたいに」

「そうなんだ」三上さんはぎこちない笑みを浮かべた。「それで? ひょっとして、傷つけちゃった人って」

「うん……そのぶりむさんて人」

 西条は自分がやってしまったことを話した。自分のせいでぶりむが動画投稿を断念したことも、「Tのゲームチャンネル」のことも。

「動画チャンネル持ってるんだ」三上さんは言った。「凄いね」

「いや全然凄くないよ」西条は笑いながらかぶりを振った。

 西条、悪いが登録者数百万人のチャンネルは十分凄いぞ。

「私、思うんだけど」三上さんは言った。「そのぶりむって人、別に気にしてないと思うよ」

「そ、そうかな」

「RTAで負けたなら、RTAで返す」前髪の奥の目が鋭くなる。「それが勝負ってものよ」

 三上さんは立ちあがった。小柄な身体で俺たちを見おろす。挑戦的なまなざしだった。

「三上さん」俺は言った。「まさか」

「私が、ぶりむ」三上さんは宣言するように言った。「あなたの、ライバル」そう言いはなち、踵を返した。声をかける間もなく、校舎の中へと消えていった。


 俺はスマホで三上さんのチャンネルを調べてみた。

 「ぶりむ in RTA」というチャンネルがすぐに見つかった。登録者数は約八十万人と西条とそう変わらない。投稿動画数は西条よりはるかに多いが、個々の再生数は西条の七割ぐらいである。それでも十分凄いが。

「ごめん、西条」俺はすなおに謝った。「三上さんがぶりむだったなんて知らなかったんだ。ただ、ゲーム好きな同性と話しができれば、お前も元気になると思って……」

「いいよ、わかってる。長山が気にすることじゃない」そう言いながらも、西条の背中はまるくなっていた。

 もうすぐ昼の休憩が終わるというのに、西条はベンチから動こうとしない。

 悪化させちまった……俺は天を仰いだ。日は燦燦と輝き、中庭を照らしているのに、俺たちのまわりだけ薄暗くなっているような気がした。

 誰だよネットは広いって言ったのは。滅茶苦茶せまいじゃねえか。世間はせまいってレベルじゃないぞ。俺は心の中で悪態をついた。

 どうすることもできなかった。三上さんとは険悪になるし、西条はよけい落ちこむし、八方ふさがりだ。

「あの、さ」西条がぽつりと言った。「こんなにこたえるとは思わなかった」

「な、何が?」

「三上さんの、ライバル宣言」西条は顔をあげ、ひびが入ったような笑みを浮かべた。「あれって完全に敵意だよね。人から敵意を向けられるのがこんなにこたえるなんて思わなかった」

 俺は何も言えなかった。

 その日、西条は午後の授業を欠席した。


 学校から帰ったあと、俺はひとりで考えこんでいた。

 三上さんがぶりむだったこと、西条が落ちこんでいること、ゲームの世界へ呼びだされるという異常事態のこと……考えることは山ほどある。

 しかしどれも、俺の手にあまることばかりだった。特に西条と三上さんの問題に、俺が首を突っこめる余地があるとは思えなかった。

「ああ、くそ、何にもできねえのか俺は」

 机に向かって頭をかかえていると、ベッドにほうりだしたスマホがピコン、ピコン、と何度も音を立てた。そのうち、電話がかかってきた。仕方なくスマホを拾い、画面に映った名前を見てカッとなった。

「うるせえぞ馬鹿野郎!」俺は中村に向かって、八つ当たり以外の何物でもない怒りをぶつけた。

『な、何だよいきなり。ひどいじゃないか』中村がスマホの向こうで泣きそうな声を出している。

 俺は深呼吸をひとつしたあと、「悪い」と謝った。「今、ちょっと取りこみ中でな。気が立ってた。ごめん」

『いいよ別に。こっちこそごめん、そっちの事情も知らなくて』謝る必要などないのに、中村は謝った。

「……で、何か用か?」

『長山は〈ドラゴンサーチャー〉ってゲーム、知ってる?』

「知ってるよ。有名メーカーの大作RPGだろ。もうすぐ発売だったかな。めずらしいな、お前の口からゲームの名前が出てくるなんて」

『じゃあ、駅前のSAGA LANDっていうゲーセン知ってる?』

「学校の近くのか? 知ってる」

 最近改装してきれいになったばかりのゲームセンターだ。オタク的ゲーマー向けではなく、もっと一般向けのゲームが数多く置いてある店だ。高架下にあり、建物は二階建てだ。

『そこで、〈ドラゴンサーチャー〉のPRイベントがあるらしいんだ。声優の小野宗助が来るらしい』

「お前の口から声優の名前が出てくるとはな。で?」

『実は……ファンなんだ。僕の好きな小説がアニメになったとき、主人公を演じたんだ』

「よかったな、会えるじゃないか」

『それはそうなんだけど、小野さんは絶大な女性人気を誇る声優さんで、僕ひとりで行くのはちょっと……』

 女性の集団にまぎれこむのは抵抗があるらしい。

「だからって俺と行っても仕方がないだろ」

『長山じゃなくて、西条さんにお願いしてほしいんだ。女の子連れなら、おかしくないでしょ?』

「そりゃそうだけど、西条がうんて言うわけ」言いかけて、俺は背筋を伸ばした。「ちょっと待て。それは〈ドラゴンサーチャー〉のPRイベントなんだよな?」

『そうだけど』

「ゲーセンでやるんだな?」

『うん。SAGA LANDは〈ドラゴンサーチャー〉のメーカーが運営にかかわっているらしくて』

「わかった、かけあってみる。ちょっと待ってろ」

 俺は通話を切ると、すぐに西条に電話をかけた。

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