第8話 覚悟

 アリエージュ王国とアインサ公国との国境は、セヴェンヌ大森林とピレニス山脈とで隔てられている。

 

 「先頭の馬車にあと二人、空きがあります!!」

 「食糧の積み込み、終わりました!!」


 公国の軍隊が動き出すよりも早く、オーギュスタさんのギルドは行動を起こしていた。


 「お前と一緒に行けたら心強いのにな」


 アレクさん率いるパーティ『赫奕』のランクはB級であり、彼らを含むS級、A級、B級のパーティは国境のピレニス山脈へと向かうことになったのだった。

 ギルドが冒険者に対して用意する特別依頼という形で、今後起こりうる異変からアインサ公国を守るためにオーギュスタさんが考え抜いた上での判断だった。


 「D級の僕じゃ行ったところで、足を引っ張るだけです」

 「レッドキャップはA級相当の獲物だぞ?」

 「あれはたまたま運が良かったんです」


 お世辞にも人には見せられない魔法属性。 

 加えて僕は、個人での戦闘スタイルしか知らない。

 そんな人間が集団戦闘の場にいては足並みを乱すだけな気がする。


 「馬車、出発します!!」


 御者の声にアレクさんは、顔を引き締める僕の頭の上に手を乗せた。


 「んじゃ、行ってくるわ」


 未知の敵を前にしてのその一言。

 そのたった数文字を口にするのに、どれだけの覚悟がいるのだろうか、けれどもアレクさんは気負ったような素振りは見せない。

 だから僕の返す言葉は、その覚悟を邪魔しないものだ。


 「気をつけて行ってらっしゃい」


 その言葉に満足したのかアレクさんは、荷馬車へと飛び乗った。

 『赫奕』の面々が僕に手を振るので、僕は彼らの馬車が見えなくなるまでそこで見送った。


 「行っちゃったね」


 気づけばギルドの前にいたのは、僕と僕の昇級を教えてくれた受付嬢だけ。


 「私さ、こういうときに何も出来ない自分が嫌なんだ」


 大きな目には涙を溜めて、受付嬢は馬車の走り去った方角を見つめて言った。


 「リュカくんは多分、相当強いんでしょう?」

 「僕が……ですか?」

 「私はリュカ君がD級の冒険者だからって止めはしない。だってリュカ君はきっと強いから」

 

 そう言うと受付嬢は僕の方へと向き直る。


 「それにリュカ君は行きたいんでしょ?」

 

 多分、これから襲い来る敵はアレクさんたちでは太刀打ち出来ない存在だ。

 だから……何が出来るかは分からないけど、セヴェンヌ大森林の封印を守るべきアリエージュ王国の王族だった者として僕はその責任を果たすべきなんだ。


 「行きたい、と言うと違うかもしれません。強いて言うなら多分、責任感だと思います」

 「どういうこと……?」

 「……今は言えません」

 

 僕は追放された身。

 今はただのリュカなんだから。


 「そう……ごめんね」

 「いいんです。それよりも顔に出てました?」

 

 僕の質問に受付嬢はコクっと頷いた。


 「そうですか。なら言葉にします。僕は彼らの後を追います」


 受付嬢がなんでこんなふうに声を掛けてきたのか、何となく察しはついている。

 これで受付嬢は変な責任感など負わなくて済むはずだ。


 「ならッ……、それなら皆を生きて連れて帰って来て!!」

 「可能な限りやってみます」


 たとえ闇属性のことがバレて嫌われてもいい。

 救える命を前にして自身の保身を優先するほど、僕に流れる王族の血は腐っちゃいない。


 「それと私からの特別依頼」


 そう言うと受付嬢はそっと優しく僕を抱き締めた。

 鼻腔をくすぐる甘い香りに包まれた僕の耳元で受付嬢は言った。


 「リュカ君も必ず生きて帰って来て」

 「えぇ、努力します」


 名残惜しさを感じつつ僕は、ギルドをった。

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呪われた魔眼だからと追放されたので、自由に生きてみようと思います ふぃるめる @aterie3

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