第7話 異変

 「おい、北の空を見ろよ……」

 「何が起ころうってんだ!?」


 翌朝、ギルド併設の宿からギルドホールへ続く階段を降りると、冒険者たちは揃って北の空を見つめていた。

 遠い北の空には黒々とした雲から雲よりも黒い瘴気じみたもやが垂れ下がっている。

 暗雲がたちこめるという言葉がこれ程にも似合う光景はないのでは?と思わせられた。

 僕はを抱きつつも、それは最悪の場合で起こりうる確率は低い、と自分の中で否定する。

 

 「あの靄、何なんですか?」


 ギルドマスターのオーギュスタさんを見つけて声をかけると、


 「現地に行かないことにはなんとも言えないが、方角的にはセヴェンヌ大森林だろうな」

 「セヴェンヌ大森林ですか?」


 僕にとってはよく見知った場所。

 そして修練の場所だった。

 だが冒険者たちは『帰らずの森』と呼び、立ち入ることを避ける傾向にあった。


 「知っているのか?」

 「以前、アリエージュにいたことがあったので」


 いたと言うよりかは統治していた側なのだが……。

 それはともかくとして嘘は言っていない。


 「そうか……少年はあの光をどう思う?」


 そう問いかけてきたオーギュスタさんに対して僕はしっかりとした答えは何一つ返せない。

 なぜならあの森に封印されている存在を知っているのはアリエージュの王族のみであり、僕が可能性を口にしてしまえば僕の秘密が露見しかねない。

 ギルドマスターとして皆を導く立場であるオーギュスタさんが真剣に答えを求めて来ているのに、答えを返せないのは至極申し訳ないが―――――


 「分からないので、なんとも言えませんね」

 「そうか……」


 オーギュスタさんはあからさまにガッカリと肩を落とすが、それでも何かを考えているのか真剣な眼差しのまま北の空から目を離すことは無かった。


 ◆❖◇◇❖◆

 

 「封印が解かれたか……ッ!!」


 リュカと同じ空を見つめて苦々しげに呟いたのは当代のアリエージュ国王、ローテルだった。


 「きっとアイツがやったのよ!!あの呪われた弟が!!」


 そう口喧しく騒ぎ立てたマイアをリィナは悲しげな瞳で見つめた。


 「何よ!?」


 その視線に気付いたマイアがギロッと、リィナを睨みつけると、立場の弱いリィナは何も言い返すことは出来なかった。


 「あんたまだアイツのことを気にしてるわけ?」

 「だって……」


 リィナが何かを言い淀んだところでマイアは容赦なく追撃をする。


 「アイツは呪われた魔眼持ちなのよ?そんな奴に同情するなんてバッカじゃない?」

 「呪われてなんか…………」


 そう言いかけたリィナはしかし、それ以上言葉を続けられなかった。

 王都ラベージュの北、セヴェンヌ大森林で起きている異変の正体を王家の身分であるが故に知る彼女は、「呪われた」という言葉を否定出来なかったのだ。


 「この光景を見たら、呪われていないなんて言えないわよね?」

 

 暗雲の垂れ込めた空から森の奥へと流れ落ちる漆黒くろい瘴気は、まるで負のエネルギーを集めているようだとリィナは思った。

 そしてマイアの言葉を否定出来ない自分がいることに気付いたリィナは、優しくしてくれた兄のために何も出来ない自分を深く責めるのだった――――。

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