青空の鉄道員
コーン!
私の職場に鳴り響くチャイムの音。
職場と言っても私一人だけの空間、後ろには数多くの人の命を載せている。
ブザー音を聞いて、数字ばかりの板を指差して取っ手のついている棒を手前に持ってくる。
灰色の空を眺めながら中野を出発するとすぐにトンネルへ入って落合駅に到着する。
初々しくぎこちないスーツ姿の男性が目に入った。
運転台にある運行情報の表示ですべてのドアが確実に開いたことを確認すると同時に表示されている日付を見た。
4月1日
新社会人たちが新たな会社にはばたく日である。
何となく、昔の自分を見ているように感じる。
ふと、昔を思い出しつつ初めて指導運転士を横に乗せてハンドルを握った時に教えてもらい、自分でも腕を磨いて、若いのに口頭伝術で教えた線路の形状を一つ一つ思い出しながら高田馬場、早稲田、神楽坂、飯田橋、九段下と進める。
「
おそらく偉いのであろう人物から言われた配属駅。
終電を過ぎても駅に居座り続けるどこで引っ掛けてきたかわからない酔っ払いや残業帰りに逃して、タクシーを探す会社員。
始発で降りてくる昨日の夜に終電間際で帰った会社員。通勤ラッシュの波が過ぎた後に来た社会科見学の小学生団体など、昨日のように思い出せるほどに色々な人とかかわった駅員時代を思い出していた。
大手町、日本橋、茅場町を過ぎて門前仲町に到着することには駅員時代の思い出しはひと段落していた。
「次は木場。木場。Next station is Kiba--」自動音声が車内に鳴り響く。
木場を出て、次は
忘れもしない、初めて車掌として車内放送を行ったときに緊張をして
「次は、トウヒマチ」と、放送をして朝の通勤ラッシュもあり、車内に笑いを生み出してしまった日のことを。
当時は自動放送もなかったため、仕方ないと思いつつ、運転士になった今でも東陽町に差し掛かるときには他の駅よりも丁寧に停車をしようと心掛けている。
何となくではあるが……。
次の南砂町では、車掌としてドアを閉めた後に乗れなかったお客から理不尽に詰め寄られたことも思い出しつつ、列車を走らせる。
南砂町を過ぎれば、地上に出た。
さっきの中野の曇り空は嘘のようにポカポカ陽気の昼下がりの快晴。
西葛西では親子連れを乗せたら子供が運転席を見てきた。まるで幼少期の自分の様である。
葛西、浦安、南行徳と住宅街にある高架橋の上を走っては止まってを繰り返していく。
人々の目的地へ運び、家まで運んでいる今日この頃。
数回は事故もあったが、そのたびに手を合わせた駅近くの寺社仏閣を思い出しつつ行徳、妙典を過ぎると風が出てきたのか桜吹雪の中、江戸川の鉄橋に差し掛かる。
まるで、西船橋へのラストを演出するかの様相である。
気づいたら完成していたフル規格の国道と元からあるいつ見ても渋滞をしている国道を越え、原木中山に止まる。
問題なくドアを閉め出発合図をもらったら最後の加速をする。
新人の頃に比べればかなり静かになった車両の加速音に異常がないか敏感になりながら加速をつづけ、終点の西船橋駅に入る。
この列車は折り返し、次々発の始発であり、いつもならホームには人がいないはずだが、数名がいる。
いつも通り停車をして、点検をして乗務員室を出ると見覚えのある顔が花束をもって立っていた。
「お疲れさまでした!」
歴代の教え子たちだった。そういえば今日が最後の乗務日。
明日は数年ぶりに二日酔いでも何しても怒られない日。
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