第5話

 翌朝、僕は仕事場へ行く前に、七年前に眼鏡を買ってから、不定期にメンテナンスをしてもらっている、個人経営の眼鏡店『博士堂眼鏡店』へ立ち寄ることにした。

 恐らく、僕が同性愛者であることを悟っていると思われる、店主の秋山さんに、昨日の話を聞いてもらい、意見を聞きたかったからである。

 しかし、店の前に着いてみると、午前七時という早い開店時間を二時間半近く過ぎているにもかかわらず、シャッターは閉まったままだった。

 体調を崩して寝込んでいるのなら、起こしてしまうのも悪い気がしたのだけど、声を聞いて安心したかった僕は、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。

「秋山さんの、お知り合い?」

 その声に振り返ると、秋山さんより少し上の年代かと思われる男性が、自転車のサドルにまたがっていた。

「えっ、あぁ……、あの、たまに来て、眼鏡の調整をしてもらってるんですけど……」

「久し振りにいらっしゃったの?」

「あぁ、そうですね。前回は、去年の十二月に来て、今年になってからは初めてです」

「じゃあ、ご存じないんだね」

 男性の微妙な声色の変化が、僕を不安な気持ちにさせた。

「秋山さん、お亡くなりになったんですよ」

「えっ……?」

 男性から知らされた現実は、僕の想像を遥かに超える、ひどく辛いものだった。

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