駆け抜ける平原

「おおーっ!! 凄い、速い、気持ちいいー!!」


 黒い獣が平原を疾駆する。

 全身に強風を浴びながら、コトが楽しそうに叫ぶ。


 現在、俺たちはファングが連れていた黒い獣の背に乗せてもらっていた。


「だろ!? でも、まだまだこいつの本気はこんなもんじゃないぜ! だよな、クロカゲ!」


 ファングが黒い獣……クロカゲに声を掛ければ、それに呼応するようにクロカゲの走行速度が上がる。

 ジェットコースター並みの速さで大地を駆け抜けるものだから、あっという間にグラシアが見えなくなっていた。


「けど、良かったのか!? お詫びが次の街まで運ぶってだけでさ!」

「構わない、移動時間が短縮できるだけで十分だ!」


 ファングの問いかけに大声で答える。

 そうじゃないと風音で声が掻き消されてしまう。


 敬語が外れているのは、クロカゲに乗せてもらう際にファングから「タメ口でいいぜ」って言われたからだ。

 最初は素直に受け取っていいものか迷ったが、本人が全然構わないってオーラを出していたので、敬語を取っ払うことにした。


 そのおかげかコトの人見知りモードも早々に解けていた。


(それにしても……)


「なあ、ちょっといいか!?」

「……ん、どうしたー!」

「ライダーだからって、いきなりこんな強そうなモンスターに乗れるものなのか!?」


 さっきから気になっていた。

 なんでまだ実装から一週間も経ってないようなジョブで強そう……というか、明らかに強いであろうモンスターに騎乗することができるのかが。


「それは、あれだよ! 俺が元々魔物使い上がりだからだよ! クロカゲは俺がオリヴァを始めてすぐにテイムした相棒モンスターなんだぜ!」

「……こいつを仲間にしたのか!?」

「最初はただのミニウルフだよ! 何回か進化を繰り返してこの姿になったんだ!」

「ああ、そういうことか……!」


 一瞬、この状態で仲間にしたのかと思った。


 まあ、ちょっと冷静に考えれば流石にそれはないか。

 もしこの姿で仲間にしていたら、無双しまくってヌルゲーどころじゃないだろうしな。


 なんて考えていると、前方にモンスターの群れが草原の中から行く手を阻むようにして飛び出してきた。


 ……が、直後には一匹漏れなくクロカゲによってぶっ飛ばされる。

 クロカゲの巨体によるタックル(という名のただの走行)を喰らったモンスター達はボーリングのピンみたく綺麗に飛んでいき、そのままポリゴンへと散っていった。


(……えげつないな)


 もし、さっき衝突を避けるのに失敗したら——。

 考えただけで冷や汗が流れる。


(確実にワンパン……だろうな)


 向こうも上手く躱そうとしてくれたからどうにか事故にならずに済んだが、もしPK狙いだったらまず間違いなく俺らはデスポーンするハメになっていただろう。


 思わず、乾いた笑いが喉からこぼれ落ちた。




 クロカゲに乗せてもらったことで次の街——プレーリスに辿り着くまでに十分もかからなかった。


 街の手前で降ろしてもらってから、コトがファングの方に振り返る。


「ありがとう、ファング! 助かったよ!」

「何、大した事はしてねえよ。というか、本当にこれだけで良かったのか?」

「ああ、さっきも言ったけど充分だ。ありがとな」


 一時間の徒歩移動が無くなっただけでも、俺としては大助かりだ。

 街に着いたら、昼食の為に一度ログアウトするつもりだったからな。


「そうか。……そういや、二人はこれからどうすんだ? 何か予定とか決めてたりするのか?」

「いや、特には。ここに来たのも単純にファストトラベルの行き先増やす為だし。そうだな……とりあえず、一旦ログアウトして飯食って……それから何する?」

「んー……何しよっかー。まずはガロちゃんの店がやってるか確認するとして、それから……あっ、そうだ。防具買いに行こうよ、防具! なんだかんだでずっと後回しにし続けてたわけだし」

「あー、そういやそうだったな」


 昨日もエリーファに着いた時は買わなきゃなーって思っていたけど、路上ライブ演り終えたらそれで満足してそのままログアウトしたせいで結局、初期防具のままだ。

 このままズルズル買い替えないでいると、また白碧の青龍蝦戦の時みたくいざって時に防具買っとけば良かった、なんて後悔することになり兼ねない。


「じゃあ、戻ってきたら真っ先に武具屋に行こうぜ。そうしないとまた初期防具のままでダンジョン潜ってしまいそうだし」

「だね。そうしよっか!」


 コトが頷くと、


「——だったら、良い店紹介するぜ!」


 言って、ファングがクロカゲから飛び降りた。


「良い店?」

「おうさ。俺の知り合いが王都で防具屋を営んでいてな。腕は確かだぜ」

「え、良いんですか!?」

「ああ、勿論だ。それにタクシーだけじゃ俺の気が済まないって思ってたところだったしな!」

「だってさ、ケイ! どうする?」


 ……素直に信じて良いものか。

 多分、善意で申し出てくれてるのだろうが……まあ、俺らを轢きそうになった時のリアクションを見るに信じても大丈夫そうか。


 仮にトラブったなら、その場で通報すればいいし。


「……なら、お言葉に甘えて」

「よし、任せとけ! 値段も安くできないか交渉させてもらうぜ!」

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