移動を楽にするのは

「なんだったんだろうね、あの子……」

「分からん。とりあえず変わった奴だってことくらいしか」


 謎の美少女(自称)プレイヤーの姿が見えなくなってから、俺とコトはポツリと声を漏らす。


(いや、マジでなんだったんだ……)


 これまで装備で顔を覆い隠しているプレイヤーはちらほらと見てきたけど、大体は狩人系統とか盗賊系統のジョブのプレイヤーだった。


 だけど、あのプレイヤーがそれ系のジョブかというと、そんな風には見えないんだよな。

 あれはどっちかっていうと裏方で戦うよりも、表立って戦いたい側の人間だろう。


「というか……あの声、どっかで……?」

「——ま、今考えても答え出なさそうだし、アタシらもそろそろ行こっか」

「……それもそうだな」


 下見が終わった以上、もうここにいる理由もないしな。


 ファストトラベルでグラシアに戻り、今度こそ街の北門へと向かうことにする。


 北門に向かおうとする度、ラルカの登場やら特別ライブの緊急告知やらで予定がどんどんずれていってたから、また何か起こるかもと身構えてはいたが、ここは三度目の正直。

 特にこれといったイベントが起こる事なく、街の外に出ることができた。


「さてと、ここから暫く歩きか……」


 グラシアからエリーファまでの移動に一時間近くかかったように、次の街に辿り着くには同じくらいの時間を要する事だろう。


 昼時になって腹が減ってきてるのもあるせいか、ちょっとだけ気怠い。


 まあ、グラシア周辺の敵であればコトが速攻で蹴散らしてくれるだろうから、戦闘面に関しては何も心配はない。

 単純にずっと歩くのが面倒くさいってだけだ。


「ほらほら、ケイ。元気出して歩いて行くよー!」

「はいはい」


 俺とは対照的にコトは活力いっぱいに歩を進める。


「つーか、よくそんなに移動にやる気出せるよな」

「え、だって大自然の中を歩くのって気持ちいいじゃん! それにリアルと違って肌が日焼けしちゃうこともないし、どれだけ歩いても足痛くならないから、歩かなきゃ損だよ」

「……そうですか」


 なんかインドアだかアウトドアだか分かんない発想だな。

 ……けどまあ、コトが言わんとすることは分かる。


 一歩街を出れば、長年の人々の往来によって作られたであろう土の道がずっと続き、周りを見渡せば草原が視界いっぱいに広がっている。

 リアルじゃまずお目にかかることのできない光景だ。


 それに真上に昇る太陽の日差しは暖かく、吹き付ける微風は心地がいい。

 加えて、公園とかに行った時に感じる草とか土の匂いも感じられて、視界にUIが映っていなければ、現実かと勘違いしてもおかしくないくらいには自然の再現度が尋常じゃなく高い。


(——でも、めんどいもんはめんどいんだけど)


「せめて徒歩以外の移動手段があればなあ」

「徒歩以外で、っていうと例えばどんなの?」

「んー……例えば、チャリとか馬車とかそんなのだよ」

「あー、確かにそういうのもあってもいいかもね。サイクリングとか楽しそう」


 別にそういうつもりで言ったんじゃないんだけど。


 それはそうと、ファストトラベル以外にも移動を楽にする手段はあると思う。

 一度だけでいいとはいえ、毎度毎度街から街まで一時間歩くとか結構面倒だしな。

 何かしらの手段はあるはずだ。


 歩きがてら、乗り物的な要素がないか調べようとした時だった。


「——すまーん!! そこの二人、どうにか避けてくれえええっ!!!」


 後ろから叫び声がしたかと思えば、黒くて巨大な獣に乗った赤髪のプレイヤーがこちらに向かって突っ込んできた。


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 咄嗟にコトの腕を引っ張りながら道横の草原に横っ飛びして、どうにか黒い獣との衝突を回避する。

 すぐさま起き上がって、獣の方に視線をやれば、


「悪い!! 二人とも怪我とかないか!!?」


 さっき叫び声を上げたプレイヤーが黒い獣から降りて、俺たちに向かって駆け寄ってきていた。


「まあ、何とかな。コトも大丈夫か?」

「う、うん。アタシも平気」

「はあ〜……なら良かった〜。危うく交通事故でPKしちまうかと思ったぜ」


 へなへなと前屈みになりながら赤髪のプレイヤーは胸を撫で下ろした。


「あなたは……?」

「俺はファング。見ての通り、ライダーのジョブをやってる者だ」


(ライダーって、確か……)


 この前の大型アップデートで音楽士と一緒に新規実装されたジョブの一つ……だったか。

 あんまり他のジョブの事は詳しく知らないが、確かモンスターに乗ることができる固有能力があるって説明文を公式サイトだか攻略サイトだかで見た覚えがある。


「自己紹介どうも。俺はケイで、こっちはコトです。二人で音楽士やってます」

「なるほど、ケイにコト。……ん、もしかしてKKキングスキーの二人か!?」

「——っ!? 何で、それを……!?」

「ウチのクランメンバーがアンタらのことを偉く推しててな。まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。轢きかけたお詫びと言っちゃ何だが、やりたいことがあれば何でも手伝うぜ!」


 言って、赤髪のプレイヤー……ファングは、白い歯を剥いた。

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