新しい機材たち

「あ、あの、付き添っていただき、あ……ありがとう、ございました……」


 ベースの購入を済ませると、カナデは目を泳がせながら生気の抜けた声を震わせながらも、コトにペコリと頭を下げる。


「どういたしまして! 何か分からないことがあったらいつでも連絡してね!」

「は、はい……そ、そうします」


 俺が気づかないところでいつの間にかフレンド登録を済ませていたらしい。

 まあ大方、コトがゴリ押したんだろうってのは容易に想像がつく。


 見ていた感じ、自分からコミュニケーションをしていけるタイプではないし、寧ろ極度の人見知りっぽかったからな。


 ……あれを人見知りという表現で片付けていいのかはちょっと疑問だけど。


 ちなみにカナデが購入したのは、バタークリームカラーのボディに白のピックガードが付いたジャズタイプのベースだった。

 値段は予算いっぱいの一万ガル……相当安いと思ったが、どうやら相場の武器より遥かに高いらしく値段を聞いた瞬間、めちゃくちゃ愕然としていた。


 一応、多めに所持金を用意こそしていたが、まさか全て使う羽目になるとは思わなかったんだろうな。


 さっき武器カタログを眺めていて気づいたけど、リアル寄りの楽器と武器運用前提の楽器の値段にはかなりの乖離があった。

 攻撃力とかの数値は圧倒的に武器メインの楽器の方が良いのに、価格はリアル寄りの楽器の数分の一とかザラだった。


 カナデがベース選びしている間に触ってみた感じ、音色は安物楽器のそれだったから、音のクオリティが製作コストに大きな影響を及ぼしているみたいだ。


 にしても……変なところに力注いでんな、運営。

 絶対ここに力を入れるより先にやることあっただろ。

 攻撃範囲の不具合の確認とか。


「ふふ、また遊びに来てちょうだいね」

「ひゃ、ひゃい……」


 餓狼丸に笑顔を向けられると、カナデは肉食獣を前にしたひ弱な小動物みたいなオーラを全開にして、プルプルと震えた足取りで店から出て行った。


「カナデちゃん、可愛くて面白い子だったわね」

「完全に店長に対して怯えてましたけどね」

「そうね……やっぱり、大人相手だと緊張するのかしら?」

「いや、普通に店長のヴィジュアルだと思いますよ」


 何も知らないで見たら、ヤのつく道の人だと勘違いされてもおかしくねえぞ。


「そうかしら? こんなにカワイイ格好にしているのに」

「カワイイ……」


 えーと……これがカワイイ?


「店長、もしかしてボケて言ってます?」

「ん、なんのことかしら?」


 え、ガチで言ってるの。

 ……マジで?


「おコトちゃんもこの格好カワイイと思わない?」

「んー、そうですね……味のあるカワイイだと思いますよ!」


 それ褒めてんのか……まあ、褒めてんだろうな。

 コト、そんなにお世辞得意なタイプでもないし。


「ありがとう! そう言ってくれて嬉しいわ!」


 つーか、俺がズレてんのか……?

 あれ……カワイイってなんだっけ。


 俺の中でカワイイの定義が崩れそうになった。




 それから暫くして、俺とコトは新たな武器を手にしていた。


 俺は、赤い塗装に黒の装飾が施された太鼓撥。

 コトは、無骨なイナズマ型のボディをした紫電のような色合いの変形ギターだ。


「戦闘向けの楽器になると、もう別物みたくなるね」


 新たなギターを手に取りながらコトが呟く。


 ピックアップやボリュームを調整するツマミはなく、何ならヘッドにペグが付いてすらいない。

 つまり、一つの音色しか出ない仕様となっている。


 まあ、あったとしても戦略的に何か有利になるわけでもないから、無くても問題はないだろう。


「それに最初からエフェクターがかかってるみたいな音もしてるし」


 言いながら、コトは新しいギターでリフを走らせる。


 高音が抜け、歪んだ重低音が強く前に出たメタルロックでよく使われるようなサウンド。

 デフォでディストーションがガッツリ掛けられていて、加えて弦全体の音が下げられている。


「コト、それドロップ幾つにチューニングされてる?」

「んーとね、ドロップCかな」


 なるほど、通りでヘヴィなわけだ。

 武器毎に違ったチューニングがされてるのは面白いけど、それってスキルの演奏に影響しねえのかな。


 レギュラーチューニングとは弦を押さえる場所が変わる訳だし。

 コトは大した問題にはならないけど、楽器に慣れてないプレイヤーからすれば混乱の元でしかない。


 ……ま、そこら辺の配慮はされてるか。

 多分だけど。


「へえ。おコトちゃん、メタルも弾けるのね」

「一通りのジャンルは弾けますよ。パンクでもプログレでも、あとジャズも」

「え、凄いじゃない!! もしかしておコトちゃんって天才!?」

「いやー、それほどでもありますね!」

「あるんかい」


 まあでも、あながち冗談でもないんだよな。

 天狗になられても困るが、変に卑下されるとそれはそれで嫌味になるし、これくらい図太い方がいいか。


「——それはそうと、おコトちゃん。ギター代プラス十万、ちゃーんと支払いよろしくね♡」

「ん”ん”っ!! ……はい」


 途端、コトが小さくなる。

 手持ちが無いので、また新たに契約の誓約書を交わしていた。


 これでコトの借金も二十五万。

 俺と同じ額にまで膨れ上がっている。


「ったく、調子乗ってステータス要求最大の武器を買うからだ」

「そう言うケイくんも、五千ガルの支払い忘れないでよね」

「……うっす」


 俺もコトも借金を返すために借金をまた背負うという負の連鎖に陥っていた。

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