低音のすゝめ

 俺がカタログで新しく買う武器の性能を比較している間、コトはずっとカナデの楽器選びに付き添っていた。


 四つあるカテゴリそれぞれの楽器を触れ、演奏の向き不向きだとか、何が演奏していて楽しいかとかを確かめたりして、ちょうど今、管楽器系統の楽器を一通り体験し終えたところだった。


「——これらが管楽器だよ。どう、ピンと来るものはあった?」

「あっ、い、いえ……特にこれといったものは。……す、すみません」

「ううん、気にしないで大丈夫だよ。まだ弦楽器が残っているしね!」


 ここまで打、鍵、管の順で触ってきたが、どれもカナデにとってピンと来るものではなかったようだ。

 まあでも、こればかりは仕方ないことではある。


 本人がやる意志がないのに、無理に勧めたところで長続きはしないし。

 特に楽器なんてある程度の演奏が出来るくらいの基礎が身につくまでは、モチベとの戦いだからな。

 その楽器が好きでないと、途中で折れる可能性の方が高いだろう。


 ……つっても、ゲームだからぶっちゃけそこまで気にする必要はないかもだけど。


「あ、その……そ、そういえば、おコトさんは、な、何の楽器を、やられてるんですか?」

「アタシ? ああ、そういえば言ってなかったね。アタシはギターだよ。あとあそこで澄まし面かましてるケイはドラムをやってるよ」

「そ、そうなんですね……」


 おい、なんか言葉に棘があんぞ。


 半眼を向けるも、コトは全く意に介する素振りを見せず、


「——あっ、そうだ! 折角だし、アタシが弾いてるとこ見てみる? 実際に演奏している所を見た方がイメージも湧くと思うし!」

「え、えっと……」

「ガロちゃん、ちょっと弾いてみても良いですか?」

「ええ、大丈夫よ。今はお客さんいないし、おコトちゃんの演奏聴くの好きだから」


 今は……?

 ずっといない気がするんだけど、そこを気にするのは野暮というものか。


「やった、ありがとうございます!」


 餓狼丸に笑顔を返してから、コトはインベントリから演奏用のギターを取り出し、


「じゃあ、ちょっと見ててね!」


 すぐにデモンストレーションの演奏を始める。


 奏でるのは、いつもの十六分のスラップによる超絶技巧ではない。

 パワーコードやブラッシングといった基礎を詰め込んだ、分かりやすくギターを弾いてますよ、と語りかけてくるようなリフだった。


 三十秒程度の簡単な演奏を終え、静かに弦を手で押さえてミュートさせてから、コトはキラキラと目を輝かせてカナデに問いかける。


「ざっと、こんな感じかな。ね、どうだった!?」

「あ、えと……とても凄かった、です。で、でも私、そんなに指を動かせる気がしないです。そ、それに手もち、小さいですし、要領悪いから弦六本もあると頭がこんがらがりそうで……」

「そっかー、残念。……なら、ベースはどうかな? 弦は四本だし、鳴らすのは単音がメインだからギターをよりは取っ付きやすいと思うよ」


 確かにギターと比べればベースは取っ付きやすい楽器ではある。

 コードとか覚えなくていいし、ギターと比較してだけど、綺麗に音を鳴らすまでに時間もそうかからないしな。


 その分、奥が深いと言うかやってくほどむずさが分かる楽器でもあるんだけどな。

 ……けどそれは、どの楽器にも共通して言えることか。


「まあ、口で言うより、実際にやった方が早いか」

「え……ベ、ベースも弾ける……んですか?」

「それなりにね。という訳なので、ガロちゃん。ちょっと適当なベース試奏してみても良いですか?」

「いいわよ。好きなのを使ってちょうだい」

「ありがとうございます! それじゃあ……これ、使おうかな」


 言って、コトが選んだのは、ボディが左右非対称で3トーンサンバーストカラーのベースだ。

 シングルコイルのピックアップが二つに細めのネック……ジャズベースタイプか。


「ベースはこんな感じだよ」


 軽く音を鳴らしてから、コトはベースでの演奏を開始する。


 ゆったりとしたテンポから小気味良いリズムで人差し指と中指を走らせる。

 柔らかな低音、伸びのある高音とジャズべ特有の繊細な音色が室内に響き渡る。


 ——身体の芯に届くこの低音が心地良い。


 さっきのギターと比べれば、サウンドに派手さはない。

 というか、言葉を選ばずに言うならこの上なく地味だ。


 だけど、人知れず堅実に他の音の土台となるがっしりとした強さがある。

 縁の下の力持ち、と表現するのが正しいか。


 同じリズム隊ということもあって、俺個人としてはベースの方が好きだったりする。


 そして、こちらも三十秒。

 演奏を終えたところでコトは、カナデに視線を向けて訊ねる。


「……どうだった?」


 しかしカナデから答えは返ってこない。

 代わりに、恍惚とした表情を浮かべていた。


 答えはそれで十分だった。


 コトは柔らかく目を細めて、カナデを暖かく見守る。

 それから少しして、カナデは意を決したような表情で、恐る恐る餓狼丸の元へと近づき、


「す、すすす、しゅみません……! こ、こここ、これくらいの予算で買えるベースをくらひゃい……!」


 ガチガチに緊張してたからか、めちゃくちゃ噛みまくりだった。


 まあ、さっき泡吹いて気絶しかけてたから怖がるのも当然か。

 でも、餓狼丸の人となりは分かったならもう大丈夫だろ。


「分かったわ。ちょっと見繕うから待っててね」


 餓狼丸がウィンクを飛ばし、メニュー画面を操作し始める。

 そして、カナデに視線を移すと、


「ピャ、ピャ……」


 恐怖で涙を溜めて、また白目を剥きかけていた。


 ……おい。

 なんだか先が思いやられるな。

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