最初のファンは
アトラクションがすぐに終わってしまうように、興奮した時間はあまりに短くあっという間に過ぎ去ってしまう。
最後に変拍子でのキメで曲を締める。
互いに最後の一音をミュートで閉じ、怒涛の音撃がピタリと止んだ。
——嵐が消えた後のような静寂が走る。
MC無しで三曲、ぶっ通しで走り抜けた。
心臓が煩いくらいに高鳴っている。
どっと押し寄せる疲労が心地良い。
これが人前で演奏するってこと……なのか。
少しの間を置いて、近くでパチパチと拍手が鳴った。
手を叩いていたのは、二人組の女性プレイヤーだった。
二人につられるように、演奏を見ていた他のプレイヤーも拍手をしだす。
周りを見渡す。
俺らの演奏に足を止めていたのは、十人程度だった。
(……こんだけ集まってくれたら上出来か)
思いながら、コトの方に視線を向けて気づく。
コトは、我を忘れたように茫然と立ち尽くしていた。
曲を全力で演りきった高揚と、見てくれる人がいたという安堵が入り混じったような表情をしていた。
……仕方ねえな。
「——以上、ありがとうございました。また機会があれば路上ライブするので、タイミングが合えばまた見ていってください」
言って、頭を下げれば、コトもハッと我に返りペコリとお辞儀をする。
今更になって借りた猫みたく動きが固くなっていたコトを見て、最初に拍手をくれた二人組は微笑ましそうにくすりと笑ってみせた。
それから足を止めていたプレイヤー達は、すぐにどこかへと歩いていく。
しかし、さっきの二人組はコトにゆっくりと近づき、声を掛ける。
「あの……」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
「演奏、とってもカッコ良かったです。また見たいので、いつやるか決まったら教えていただけませんか?」
「SNSやってたらフォローしますよ!」
「えっ……?」
突然の出来事にまたコトが固まる。
どう受け答えすればいいのか全く分からず、思考がショートしかけている。
はあ……自分からはガンガン行けるし人当たりも良いのに、受け身に回ると一気に人見知りになるよな。
「えっと、その……」
「すいません、SNSのアカウント作ってないんすよ。昨日、このゲーム買ったばっかりで、おまけに今日が初めての路上ライブだったもんで」
「そうだったんですか……」
「代わりに二人がよければなんすけど、どちらかこいつとフレンドになって貰えれば、こいつ経由で教えますよ」
「え、良いんですか!?」
「勿論。コトもそれでいいよな?」
訊ねれば、コトはこくこくと小さく頷いてみせる。
今は俺が対応してるが、今後のことを考えればコトが顔役になった方が良い。
それに同性同士の方がハードルも低いだろうしな。
「わあ、ありがとうございます! じゃあ、フレンド申請送らせてもらいますね!」
先に声をかけた女性プレイヤーがメニューウィンドウを操作すると、程なくしてコト宛にメッセージが届く。
どこかおぼつかない手つきでフレンド申請を受諾するのを見守っていると、もう一人の女性プレイヤーが俺に話しかけてくる。
「そういえば、お二人のユニット名とかあったりしないんですか?」
「ユニット名……あー、そういや考えてなかったな」
これまで活動らしい活動をしてこなかったから、名前とか必要なかったし。
けど、これからゲーム内の街を路上ライブして回るとなれば、あった方が良さそうか。
ついでに告知用のSNSアカウントも。
「次やる時までに考えときます。それとSNSの垢も作っとくんで、出来たらコト経由で教えますね」
「本当ですか!? アカウント作ったら速攻でフォローしますね!」
その後、少しの間、取り留めもない会話をしてから、女性プレイヤー達とは別れを告げた。
二人の姿が見えなくなってから機材をインベントリに戻し、すぐに俺らも広場を離れたが、コトはずっと心ここに在らずといった具合にぽけーっとしていた。
(この状態じゃ、金策は無理そうか……)
本当なら、これから餓狼丸からのローン返済のための金策をしようと考えていたが、今のコトじゃ雑魚敵にすらやられそうだから中止した方が良さそうだな。
「……そういや、どうだった。初の路上ライブは」
「うん……とっても楽しかったよ。今も指先が痺れてるし、ドキドキが収まらない。人前で演奏するってこんなに気持ち良かったんだ」
「そうか。……でも、その顔はなんか心残りあるって顔してんぞ」
「そう? ……うん、そうかも」
コトは僅かにだけ表情に影を落とした。
「ねえ、ケイ。ケイは、演奏している間、見てくれたお客さんがどんな顔してたか覚えてる?」
「ん? まあな」
「そっか。どんな顔してた?」
「……大体は凄えって顔して笑ってた」
思い出しながら答える。
すると、コトは空笑いを浮かべてみせた。
「そっか。なら良かった。……実を言うとさ。アタシ、さっき演奏している間、緊張と興奮で殆ど頭の中真っ白だったんだ。自分の演奏とケイのドラムの音だけにしか意識が向かなくて、見てくれてる人の様子なんてさっぱり分かんなかった」
——ちゃんとお客さんの顔、見たかったなあ。
——ライブは演者と観客が一体となって生み出すものだから。
少しだけ寂しさと悔しさを滲ませた声で呟く。
「……最初なんだしこんなもんだろ。というか俺からすれば大きなミスも無かったし上出来なくらいだ。それでも納得がいかないんなら、次、頑張ろうぜ。折角、初のファンも出来たことだしな」
「——うん!」
ポンと背中を押すように優しく叩けば、コトはいつものように破顔するのだった。
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