路上ライブ
「さてと、今日こそライブをするぞー! おー!」
翌日、宿屋の前でコトが元気に拳を突き上げる。
「……おー」
「ちょっと、ケイ! もっと元気出していこーよ!」
「はいはい」
「全くもう……相変わらずローテンションなんだから」
コトはやれやれと肩を竦めるも、
「ま、いっか。ケイが陰キャしてるのはいつものことだし」
「おい」
けろりと笑みを浮かべて歩き出す。
行き先は街の中心にある広場だ。
「ったく、ちょっとくらい言葉にオブラートを包めっての……」
一つため息を溢し、俺もすぐにその後を追うことにした。
昨日の緊急メンテだが、どうやら明け方までかかったらしい。
音楽士の攻撃範囲が想定よりも広く設定されていたのを修正するのがメインだが、他の新ジョブもちょいちょい不具合が見つかっていたようだ。
あとチュートリアルエリアでのEXモンスターの出現条件を厳しく再設定した、なんて内容もあったか。
発売半年を記念した大型アップデートに間に合わせる為に色々無理をして結果、アプデ初日にサーバーをダウンさせた緊急メンテとか運営も大変だな。
(ぶっちゃけ、俺らには関係ないけど)
昨日、餓狼丸の店で買った機材の音が変わらなければそれでいい。
「わあ……ちょっとドキドキするなあ。ストリートライブなんて初めてだから」
「そうだな。というか、そもそもリアルのライブもあまり経験無いけどな、俺ら」
先月、卒業して行った先輩の思い出作りに付き合って一度出たくらいか。
それも大学受験の勉強が本格化する結構前だったから、かれこれ半年近く人前で演奏してない事になる。
「……見てくれるかなあ」
「さあな。そこはやってみないことにはなんとも。……けどまあ、良い経験にはなるだろ」
「うん、そうだといいな」
そうこう話している内に、街の広場に辿り着く。
中心に建てられた大きな塔を起点に、円状に大きく広がる石畳の広場だ。
ここから各方面に続く大通りが街の外や王都と直接繋がっているからか、多くのプレイヤーとNPCが往来していた。
「おお、良い景観! それに人も多い!」
「こんだけいれば一人くらい掴まるか……」
とりあえずは広場の中心……塔の近くに移動して、インベントリから機材を呼び出す。
楽器の種類問わず一度組み上げた機材は、プリセットに保存しておくことでその時の状態のまま呼び出すことが出来る。
おかげで機材のセッティングは十秒もせずに完了した。
ドラムスローンに腰掛ける。
通行人の視線を感じる。
「ケイ、準備はいい……?」
「いつでも。コトの好きなタイミングで始めていいぞ」
コトの瞳を真っ直ぐに見据えながら答えれば、コトは力強く頷いて前を向いた。
「はーい、広場にいる皆さーん! これから路上ライブしまーす! 良ければ見ていってくださーい!」
途端、様々な視線が向けられる。
好奇の目、怪訝な目、値踏みするような目。
どれも慣れないものばかりだが、不思議と不快さはない。
立ち止まっているプレイヤーは誰もいない。
まあ、こんなもんだろうな。
落胆はない。
「曲はオリジナルのインストを幾つかやりまーす! パチパチパチ〜!」
セトリは今日の部活で考えて、合わせも済ましてある。
後は思い切って演奏するだけだ。
「じゃあ、いっきまーす!」
カウントは鳴らさない。
一瞬だけコトと視線を交わす。
直後——各々好き勝手に演奏を始める。
俺は手足のコンビネーションとシングルストロークを織り交ぜたフレーズを、コトは半拍半を基本とした変則リズムのリフを走らせる。
完全にバラバラな演奏。
だが、八小節が終わった瞬間、ギターとドラムの音が重なる。
——キメが合った。
数拍のブレイクを挟み、始めるのは重厚なサウンドで鳴らすスラップだ。
低音でありながら切れのある音色は、まるでチェーンソーのようで、全身の血液が弾け沸き立つ。
二巡目のフレーズで拍に合わせてハットを刻んでいく。
二小節の後、ハットはアクセントを加えたストロークに切り替え、拍に合わせてバスドラを踏んでいく。
そして、また二小節を終えて、もう一度ブレイクを挟む。
休符によってエネルギーを溜め——一気に爆発させる。
オープンクローズの跳ねる16ビート。
うねるようなグルーヴから繰り出されるメロディライン。
荒々しく獰猛なサウンドがぶつかり合う。
まるで互いの生存を賭けた戦いを繰り広げているみたいに肌がひりつく。
自然とペダルを踏みつける力が強くなる。
荒ぶるイントロが終わり、Aメロが始まる。
Aメロを支えるのは、拍に合わせたバスドラムと最低限のギターだけ。
本来ならここで歌が入るのだが、マイクがないから今回は本当にこの二つだけだ。
音は少ない、テンポも普通。
だが、心臓が鼓動するように打ち付けるバスドラムが緊張感を高まらせる。
途中からギターのバッキングが奏でられるようになるのに合わせて、スネアを入れていく。
同時に裏拍でリムを叩き、柔らかなビートを刻んでいく。
これにより一度ガクンと落とした波を少しずつ盛り上げていく。
そして、ストロークを掻き鳴らした次の小節でサビに入った瞬間、溜め直してきたエネルギーをもう一度爆発させる。
のたうち回りながらも荒れ狂うような音の奔流が再度ぶつかり合う。
ふと、コトと視線が合う。
示し合わせたかのように互いの唇がニヤリと釣り上がった。
——闘争心が更に滾る。
この滾りが、より曲を鋭くさせる。
そして、それが聴く人間の心に突き刺さる。
刺され、抉れるくらい深々と突き刺され。
俺はそう願いながら、音を鳴らし続けた。
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