無自覚の弾き語り
ジャイスラとの戦闘後、いい加減チュートリアルエリアに篭もるのは良くないと判断した俺たちは、ようやく最初の街に向かっていた。
ゲーム開始から三時間が経過した頃だった。
「——
ジャーン。
「ケイと楽しくセッションしてたら、突然現れた謎の巨大なスライム〜」
ジャンジャーン。
「訳も分からず突然始まったバトル。悪戦苦闘するアタシたち〜」
ジャン、ジャジャン。
ジャン、ジャン。
「打撃は通らず、音の攻撃はすぐに回復され。それでも精一杯戦ったアタシたち〜」
ジャンジャン、ジャンジャン。
「でも結果は虚しく。ケイは死にかけ、アタシも絶体絶命。そんな時〜」
ジャーン!
「ケイの機転の利いた一撃でアタシは助けられ、その後すぐに謎のスライムは消えて行った〜」
ジャカジャーン。
ジャン、ジャン、ジャーン。
「なんか色々よく分からないけど、何はともあれどうにか無事にやり過ごせたアタシ達なのであった〜。——以上、作詞作曲おコト。初めてのORO、夜の平原にて」
「……何、その弾き語り?」
「今の気持ちを歌にまとめてみたんだよ。さっきの戦闘はちょっと消化不良だったからね。そのフラストレーションをギターにぶつけてるってわけ」
まあ、その感覚も分からなくもない。
相手がよく分からないボスっぽい奴だったとはいえ、なんだかんだオリヴァ初の戦闘だったわけだし。
やっぱこう……スカッと勝利したかったというのが本音ではある。
「……それにしても、なんだったんだろうな。あのスライム」
「それね。とりあえず、プレイヤーに勝たせるつもりはないっていうのは確定で良いと思うけど」
優しくコードを掻き鳴らしながら、コトは答える。
完全に手癖で弾いているんだろうが、コードの進行が心地良い。
あと何気に歌上手いから、弾き語りを聴いてると自然と魅入られる。
「あと自然発生するような敵でもないよな。なんか出現する条件があったりすんのかね。コト、そこら辺なんか調べてないのか?」
「ううん、全く。音楽士ってジョブが実装されるのと、楽器がちゃんと演奏できるってことくらいしか。こんな風にね」
言って、コトはアルペジオを織り交ぜたハーモニクスを鳴らす。
完全エレキの外見から奏でられるアコースティックの音色。
現実のギターと音の乖離はあるものの、楽器としてきちんと成立している。
「VRで弾けるって便利だね。元からチューニングはされてるし、わざわざ弦を張り替えなくてもいい。おまけにどれだけ弾いてもチューニングは狂わない上に、爪のことを全く気にしなくていいとか本当に最高だよ!」
「確かに、手の皮が剥けたりしないのはVRの利点だな」
というか、ゲームなのに指が痛くなったりする部分まで再現されても普通に困る。
「そういや、このゲームってピックは無いのか?」
「来いって念じれば来るよ。こんな感じに、ほら」
直後、コトの手にピックが召喚される。
黒い無地のデザインに、サイズも厚さも一般的に使われるものだ。
「おお、ちゃんとあるのな」
「ま、アタシは使わないけどね」
「そうだな、元から指弾きだもんな。コトは」
エレキだろうがアコギだろうが、ピックを使わずに指と爪で弾く。
それがコトの昔からの演奏スタイルだ。
大半のギタリストはピックを使って演奏をするが、コトは一切使わない。
それによってスラップによるグルーヴ感と切れ味のある演奏を可能としていた。
「しかし、演奏の音色がそのまま武器になるって面白いギミックだったな」
「そだねー。もし、ギター本体で殴って戦えとかなったら普通に負けてたよね、アタシ達」
「俺は普通に殴って戦ってたけどな」
「ケイは身軽に動き回れるから良いじゃん。アタシ、これで走れとか言われても普通に無理だよ」
「それもそうか」
確かにそれは酷な話ではある。
「でもまあ、おかげで良い感じに役割分担できたと思えば、悪くはなかったんじゃない?」
言いながら、コトがギターを適当に掻き鳴らした時だ。
コトの目の前に一つのウィンドウが出現する。
「ん……何だ、これ?」
「バトルリザルト、かな。経験値とか書いてある。でもなんで?」
「さあな。というか……コト、お前なんでレベルが7になってんの」
「へ……あ、ほんとだ! えっ、なんで!?」
ウィンドウの下部に書かれていた[レベルが7に上がりました]の一文を見て、コトは大声を上げた。
「知らぬ間に上がってたレベル。けど、戦った記憶はない」
それからまた始まるコトの弾き語り。
「アタシがやってたことは、ジャカジャカギターを弾いただけ。何が起きた、何が起きた。さっぱり理由が分からない」
さっきのはバラードっぽいゆったりとした曲調だったが、今回は小気味良いリズムで比較的アップテンポだ。
「When? Where? What? Why? How? 誰か教えて、アタシのレベルが上がったその
演奏を聴き流しながら、俺は周囲を見渡してみる。
バトルリザルトが出現したってことは、近くにモンスターがいたということ。
だとすれば、他のモンスターの動きを観察すれば何か答えが分かるかもしれない。
ぐるりと周囲を観察する。
それから、ふと違和感に気づく。
「コト、演奏ストップ」
「え、うん。どうかした?」
「いや、ちょっとあれ見て欲しいんだけど」
「あれ?」
少し離れた位置に指を差す。
そこにいたのは、どこか衰弱した様子のゴブリンだ。
何故かは分からないが、今にも倒れそうなほど弱りきっていて、軽く小突いただけでも撃破できそうだった。
でもなんで……?
——いや、まさか。
「コト、適当にギター鳴らしてみてくんない。確かめたいことがある」
「……うん、分かった」
指示を出し、コトは弦をストロークさせる。
コードが鳴り響いた瞬間、ゴブリンはポリゴンへと四散してみせた。
なるほど……そういうことか。
なんでジャイスラが急に現れて、俺達に襲いかかってきたのか。
なんでコトのレベルが7まで上がっているのか。
なんで今、ゴブリンが目の前で倒れたのか。
全てが繋がった。
「——コト。街に着くまで戦闘以外で演奏禁止な」
「ええーっ!? 急になんでー!?」
「多分、演奏するだけでモンスターに攻撃判定になるからだよ。それで知らない間に周囲の雑魚敵を倒し過ぎてたから、お仕置きボスとしてジャイスラが出てきたんだと思う。また出てきたらまず負けるから今は無闇に弾くなよ」
「……はーい」
コトは素直に答えるも、目は明らかに不満を訴え、頬を膨らませていた。
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