刻み込む轟打

 ジャイスラのダンプカーが突っ込んだような強烈なタックルを回避し、反撃に一打を叩き込む。

 俺が攻撃してもダメージはほぼ無いも同然だが、ちょこまかとちょっかいを出していたらウザいだろうという、言ってしまえばただの嫌がらせだ。


「……コト、まだか!?」

「もうちょっと待って! もうちょっとで回復するから!」


 ジャイスラとの戦闘が始まっておよそ十五分。

 やっていることは、俺がジャイスラの注意を惹きつけて時間を稼ぎ、コトがMPを使った音の攻撃でダメージを与える……これの繰り返しだった。


 タックル、ダイビングプレス、溶解液——。


 ジャイスラの攻撃はどれも強烈だが、幸いなことに予備動作が分かりやすいから対処をミスらなければ回避可能なものばかりだ。

 まあ、ちょっとでも油断したら即ワンパンされるんだけど。


 それに、このままで勝てるかどうかはぶっちゃけ怪しいところではある。


 というのも、多分こいつデフォで自動回復リジェネ持ってやがる。

 証拠にコトの攻撃が通って少しすると、傷口がエフェクトを発生させながら綺麗に修復されていた。


 あの消え方は時間経過によるものではない。

 回復系の何かが働いた結果だと考えるべきだ。


 流石は、ボスモンスター。

 一筋縄では倒させてはくれないってわけか。


 というか、そもそもプレイヤーに倒させる想定で作られたモンスターじゃないだろ、こいつ。

 逆にプレイヤーを絶対に狩ってやる、という運営の固い意志を感じる。


 改めてだけど、なんでこんなやべえ奴がこんな場所にいんの?


 考えようとするも、それより先にジャイスラが大口をがばっと開ける。


「チッ……!」


 大量の溶解液が吐き出される。

 咄嗟に避けようとするも、遂に飛び散った溶解液の一部が身体を掠めてしまう。


 途端、触れた部分がジュワっと蒸発するような音を立て、満タンだった俺のHPが一気に九割以上消失した。


「嘘だろ、おい……!?」


 いくら紙装甲だからって、掠っただけで死にかけるのかよ!


「ケイ、大丈夫!?」

「ああ、ギリだけどな! それよりMPは回復したか!?」

「うん!」

「なら、ぶっ放せ!」

「ラジャ!」


 答えるや否や、コトが弦を掻き鳴らす。


 スラップを軸にした十六分系のリフ——セッションの最初にやっていた演奏をワンフレーズに纏めたものだ。

 最後にハーモニクスで締めると、奏でられた音色は怒涛の衝撃波となってジャイスラに襲いかかった。


 戦っていて分かったことだが、どうやら音楽士の楽器による攻撃は、音単発を即座に発射するものとフレーズである程度溜めてから放出するタイプの二通りに分かれているようだ。

 前者は出が早く牽制や削りに向いた弱攻撃、後者は少しラグが生まれてしまうが、その分威力が高くなった強攻撃といったところか。


 どうやって使い分けてるかはコト本人に聞かないと分からないが、途中からはチャージしてから攻撃をするようになっていた。


 衝撃波が当たると同時に発生した斬撃エフェクトが、ジャイスラの全身を容赦無く切り刻む。

 そこら辺の雑魚敵であれば、一瞬でミンチにできるであろう強烈な一撃。

 だが、ジャイスラの全身に刻まれた傷は、すぐに修復されてしまう。


「——クソッ、またか!!」


 自動回復を上回る火力が無いと勝負にすらならない。

 このままだとジリ貧で、俺の体力もミリしか残っていない今、やられるのも時間の問題だ。


 多分、あと数分保てばそれだけで僥倖と言っていい。


 やっぱこのまま負けるしかないのか……!?

 ——いや、まだだ!!


 例え強制敗北の戦闘だろうが、すんなり諦めるとかつまらないだろ。

 最後の瞬間まで足掻き続けてやる。


 などと決意を固めていると、ジャイスラが上を向きながら大きく口を開き始める。


 今度は一滴も当たらぬよう用心し、気持ちさっきよりも距離を取って溶解液に備える。

 しかし、それが逆に仇となる。


 ぶち撒けられた溶解液は余裕で回避できたが、俺がジャイスラと距離を取りすぎたせいか次の瞬間、ジャイスラの視線がコトへと向けられた。


「あ、ヤバッ……」


 コトの声が漏れる。

 俺が攻撃を惹きつけていたのもあって、恐らく意識の多くをMPバーが回復する瞬間と次の攻撃のフレーズに割いていたせいで、ジャイスラへの反応が遅れてしまっていた。


 タックルを放つ予備動作が始まる。


 このままだと回避は間に合わない。

 思った瞬間——気づけば俺は、ほぼ条件反射で走り出していた。


 さっきまでの攻撃と速度が変わらないのであれば、ギリギリインターセプトが間に合うはず。


 けど、このまま俺が間に入ったところで二人仲良くお陀仏だろう。

 ただの人間がダンプカーを止めるとか普通に無理な話だしな。


 だけど、防ぐ手立てがないわけではない。

 真正面から受け止めることは不可能だとしても、進路をズラすことくらいなら俺でも出来るかもしれない。


 音楽士は楽器にMPを籠める演奏することで、魔法に近い超常の効果を発揮する。

 ギターが弦を掻き鳴らして特殊攻撃をしていたように、バチでも同じことが可能なはずだ。


 ずっと叩くものが無かったからずっと囮役に徹していたが、よくよく考えてみれば打楽器はビートが刻めればそれで成立する楽器だ。

 例えそれが岩だろうが、自身の身体だろうが、だったとしても。


 武器にどうやってMPを籠めるのか、やり方なんて全く知らない。

 だが、握ったバチに念を籠めると、淡い光のようなエフェクトが纏うようになる。


「……よし、成功!!」


 これで通常の攻撃より威力の高い一撃を放てるはず。

 問題は物理攻撃をほぼほぼ無効化するジャイスラに通用するかどうかだが、やらなきゃコトが押し潰されるだけだ。


 そして、ジャイスラのタックルがコトを襲う寸前、俺はジャイスラの側面に全身全霊の一振りを叩き込んだ。


「——オラァ!!!」


 瞬間、巨大な和太鼓を叩いた時のような、地鳴りにも似た力強い轟音が辺りに響き渡った。


 残念ながら、一撃を叩き込まれたジャイスラに効いている様子は無かったが、体勢を崩すには十分だったようで、タックルの進路が僅かにだけ逸れる。

 おかげで紙一重でコトへの直撃はどうにか免れた。


「コト、生きてるか!?」

「……うん、なんとか。ありがとう、ケイ」


 デスを覚悟していたからか、コトは少し呆然としていた。


「ほら、ぼーっとすんな。次、来るぞ」

「あ……うん、そうだね!」


 ポンと背中を叩けば、コトの表情が引き締まる。


 まだ戦闘は続いているし、依然窮地であることに変わりない。

 俺も気を引き締め直し、ジャイスラの次の攻撃に備えようとした時だった。


 ジャイスラはまたも溶解液をばら撒こうと大口を開けるが、突如としてジャイスラの足元に発光エフェクトが現れると、瞬く間にその巨体が消えていった。


「……は?」

「……え?」


 少し遅れて、目の前にウィンドウが現れる。




————————————


EXモンスター【溶青のスライム】から生き延びた。

・SP10を獲得しました。

・PP10を獲得しました。


————————————




「えっと、これは……なんとかなった、ってことでいいのかな?」

「ああ、多分……?」


 さっきまでと一転、唐突に静寂に包まれた平原。

 いまいち状況が呑み込めずにいたが、俺とコトは互いに顔を見合わせると、


「……ま、いっか! お疲れ、ケイ!」

「コトこそお疲れ」


 にっと笑いながらハイタッチを交わすのだった。

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