初めての観客、初めての戦闘はどちらも特殊ボス

 どれくらい続いたかも分からないコトとのセッションを中断させたのは、べちゃ、と大量のゼリーを地面に叩きつけたような音と俺らを覆い尽くす巨大な影だった。


「……スライム、か?」

「だね。けど……なんかヤバくない?」


 現れたのは、高さ三メートル近くはあるであろう半固形の液体生物。

 俗に言うRPG序盤では定番の雑魚敵スライムを巨大化させたようなモンスターだった。


 ……なんで、こんなボスみたいなのがここにいんの?

 ここチュートリアルエリアだぞ。


 突然の出来事にちょっとだけ混乱しかけていると、巨大スライムは人一人を飲み込めそうなほどに大きく口を開いた。


 ——やべえ!!


「コト、避けろ!」

「ケイ、避けて!」


 声が重なる。

 咄嗟に地面に大きくダイブしながらその場を脱する。


 直後、さっきまでいた場所に大量の溶解液が降り注いだ。


「おい、マジか……!?」


 すぐに後ろを振り返り、目の前の光景に目を疑う。


 溶解液を浴びた地面は全て焼け焦げ、俺が叩いていた岩もドロドロになって溶けてしまっている。

 あれを俺らが食らったなら、間違いなく一瞬で殺されていただろう。


 おいおい、勘弁してくれよ。

 まだ俺ら最初の街にすら辿り着いてねえんだぞ……!


「ケイ、生きてる!?」

「ああ、なんとかな! コトは?」

「アタシも平気! というか、こいつなんなの!?」

「さあな。とりあえずとんでもなくやべえってことしか……!」


 普通、初めての敵といったらもっとお可愛い奴が出てくるだろ。

 普通のスライムとかゴブリンとかバットとか、そこら辺がさ。


 改めて俺は巨大スライム——ジャイアントスライム略してジャイスラを観察する。


 高さ三メートル近くある横に広い楕円形のフォルム。

 身体を構成している液体は半透明に青い表層と、その下は深い青の液体の二層構造となっている。


 一応、目っぽいのと口はあるから前後は判別できるけど、分かりづらいから咄嗟の判断は慣れないてちょっとキツそうだ。


「どうする! 逃げるか、それとも戦うか!?」

「戦うしかないでしょ! ていうか多分、逃してくれそうにないし!」

「……それもそうだな!」


 ジャイスラは鈍臭そう見た目してるから頑張れば逃げれるかもしれない。

 けど、よくよく考えてみれば、俺らも大して変わらないんだった。


 ステータスは器用さに極振りした地雷ビルド。

 全力疾走で逃げたとして、街に辿り着くまでに追いつかれるのが関の山だろう。


「一応、聞いておくけど。コト、パラ配分はどうした?」

「器用さ極振り! そう言うケイは?」

「勿論、器用さ極振りだ」

「だよね。だと思った!」


 コトはにいっと歯を見せると、ギターを構えながらジャイスラから距離を取り始める。


「アタシの武器、後衛系だから前任せた!」

「ああ。その代わりに援護は頼んだぞ!」


 バチを握り締め、ジャイスラと対峙してから俺は、強く地面を蹴りジャイスラに肉薄する。

 まさか、オリヴァ初めての戦闘がこんなよく分からんボスみたいな奴になるとは思いもしなかったが、やることは今までやって来たゲームと一緒だ。


 ——とりあえずぶん殴って倒せばいいってことだろ!


「まずは……一発!」


 ジャイスラに両手のバチを同時に思い切りスイングして叩きつける。

 が、シリコンのような柔らかい反発が返ってくるだけで、効いてる感触は一切ない。


 見た目通りというべきか、衝撃はほぼほぼ完全に吸収されてしまったようだ。


「チッ……!」


 無闇に攻撃しても意味がない。

 とりあえず一旦離れて様子見を……そう思った瞬間、頭上を影が覆う。


(……は?)


 見上げると、ジャイスラがその巨体に見合わぬ機敏さで高く飛び跳ねていた。


 気づいた刹那、低いAGI敏捷STR筋力を総動員し、全力で後方へ飛び退く。

 直後、俺が立っていた場所に超重量が凄まじい勢いで叩きつけられた。


「っぶねえ……!!」


 今の避けれなかったら余裕でワンパンだったぞ。


 というか、思ったよりもジャイスラの敏捷が高い。

 てっきり鈍足高耐久系だと思ってたが、残念なことにそうではないらしい。

 どのみちやっぱ逃げることはできなかったわけか。


 それにしても……やべえな、真面目に勝てるビジョンが見えない。


 打撃をほぼ無効化する物理耐性。

 広範囲にばら撒いてくる溶解液。

 その巨体に見合わぬ俊敏性とアグレッシブは動き。


 どう考えたって、始めたてのプレイヤーに戦わせていい相手じゃないだろ。

 けど……だからって、諦めるにはまだ早いよな。


 ——ギターの弦が叩きつけられる音が響く。


 コトが鳴らした独特なアタック音はエフェクトを持った衝撃波となって、ジャイスラへと放たれる。

 そして、衝撃波がジャイスラに命中した瞬間、まるで剣で斬撃を加えたかのような攻撃エフェクトがジャイスラの身体に刻み込まれた。


「おお! もしかして効いた感じ!?」

「みたいだな! ナイスだ、コト!」

「えへへ〜。なら、もっとやっちゃうよー!!」


 そのままコトは、右手で弦を何度も叩きつけ、ギターを掻き鳴らす。

 弦が音を震わす度、衝撃波が放たれジャイスラを切り刻んでいく。


 残念ながら効いている感じはないが、確実にダメージは与えられていると見ていいはずだ。


「音がそのまま武器になる、か。……なるほど、面白いじゃねえか」


 呟くと、


「——あ、MP切れたら攻撃エフェクト出なくなった。ケイ、MP復活するまでちょっと時間稼いで!!」

「……了解」


 どうやら、そう上手くはいかないらしい。

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