第19話

 思い立ったが吉日ということわざがあるように、アタシは晴香の顔が浮かんだ直後にスマートフォンを手にした。

 ある目的を果たすために晴香と会わなければ。


“急なんだけど会える?”

“会えます!午前でも午後でも!”


 文章を送ってからものの十数秒で返信が来たことに驚きすらなくなり、アタシも間髪入れずにさらに送り返した。


“了解。今から部屋に行くから待ってて”

“今からですか!?承知しました!”


 ……?今からだと都合悪いのか。けど了承してるしな……。

 よく分からないけどいいや、行こう。

 美里も外出中でどちらも不在になるため、きちんと施錠する。


「外に行こうか、部屋で済むのか……」


 歩きながら思案する。

 第一に晴香のルームメイトのことがある。お邪魔する側のアタシが席を外してと頼むのはお門違いだ。ならば外に晴香を連れ出すべきか。


 まずあの入学時期でルームメイトがいるのか定かではないけど。

 お目当ての部屋の前に着き、ドアを2回ほどノックする。

 1分ほど待ったが、返事がない。あれ?


「尾神さんのお姉さんでしょ?開けるよ?」

「あ~待って!まだ服がっ」


 聞き覚えのない声の女の子が、晴香が焦って静止するより先にドアノブをガチャリ。


「あっ」


 玄関部に見知らぬ女の子が立っていたことより、彼女の斜め後ろの光景が衝撃的だった。


「ちょっと叶さん~!?」


 涙目で抗議する晴香は……扇情的な姿だった。

 脱ぎかけの部屋着からは下着がはみ出て、健康的なくびれやおへそ、引き締まったお尻とかふくらはぎとかがお目見え――目に悪いな……!!

 咄嗟に視線を外すと、叶さんと呼ばれた女の子もオロオロして、晴香が顔を覗かせていた部屋の扉を力強く閉めた。間取りが同じならその部屋は洗面所か。

 一体全体どうしてこうなったんだ。

「失礼しました。先ほどはお見苦しい姿を……」

「なんだ、アタシも悪かった」


 部屋に招かれ、羞恥に口元を歪める晴香に詫びを入れる。

 晴香の裸は幼少期に加須切れないほどお風呂とかで見ているはずだけど、成長してからは初めて見るので衝撃が大きかった。

 アクティブな晴香はとにかくスタイルが良い。女子の理想的な体型ではなかろうか


「お姉ちゃんに会うのにだらしない姿は見せられませんから、どの服にしようか悩んでいたのですが……叶さん!」

「静かだったから着替え終わったんだと勘違いしちゃったんだよ!ほんとごめんって!」


 わーわーと応酬が繰り広げられる。

 アタシが見たことのない晴香だった。意外な一面を発見できた。


「騒がしくてすみません。私、叶亜子と申します」

「アタシは尾神凛。いつも晴香がお世話になってます」


 初対面の者同士、自己紹介を済ませた。

 叶さんは首元で切り揃えられた髪を揺らしてお辞儀した。中々に礼儀正しい子だ。


「いえいえ。尾神さんにはいつも勉強を教えてもらったり、ペアワークで助けてもらったりで。尾神さんは皆の憧れで――」

「そんなことより!お姉ちゃんから来てくれたの、初めてじゃありませんか?」


 アタシと叶さんの世間話に、赤面した晴香が言葉を被せる。

 実は扉の前まで来たことあるんですよー、なんて言えるわけはなかった。


「初めてだね。叶さん、後で晴香を借りてもいいかな?」

「予定は大丈夫ですけど……よろしければ私が空けましょうか?」

「心遣いありがとう。アタシが晴香と出かけたいだけだから、気にしないで?」


 ニコッ、と後輩に笑いかけて閃いた。

 こちらの予定はなかったけど、1個だけ質問しておこう。


「晴香、着替え終わったなら先に外の廊下で待ってて」

「?構いませんが」


 新たな用件のために一旦、晴香だけ外で待機させる。

 腑に落ちない様子だけど素直に出て行ってくれた。

 さてさて、手早く終わらせますかね。


「叶さん。出る前に1個だけ良いかな」

「私にお答えできる範囲でしたら」


 背筋を伸ばして座り直す叶さん。緊張させてしまっただろうか。


「学校での晴香はどう?上手くやれてる?」


 学年を越えて噂になる晴香のことだから人気があるのは自明だろうけど、クラスメイト達とどんな関係性を築けているのか気がかりだった。

 晴香が問題を起こしていないかという意味じゃなく、この高校での生活を謳歌できているのかという点で。

 晴香が好んで残りたいと感じてくれる場所であれば、なおのこと父親には渡せないから。


「尾神さんのおかげで私も授業についていけていますし、体育も丁寧に教えてくれるから助かってます。感謝してもしきれないくらいです」


 自然な笑みで晴香への思いを語る叶さん。

 続けて説明してくれた。


「どのクラスでも晴香さんは人気ですけど……見た目とか成績以上に、尾神さんの人となりに皆も惹かれているんですかね。朗らかで努力家で謙虚で――って、語っちゃいましたけど」


 えへへ、と柔和な笑顔を浮かべた叶さん。

 多かれ少なかれ皆も晴香の人柄を感じ取ったのだろう。彼女への評価が自分事のように誇らしかった。


「叶さんみたいな良い子が晴香の友達で良かった。今後とも、あの子とよろしくね」

「こちらこそ、です!」


 叶さんに感謝を告げ、晴香が待つ廊下へと急ぐのだった。

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