第18話
夏は過ぎ去ろうとしても、残暑は居座ろうとしている。
その残暑より不快指数を上昇させるものがあろうとは。
放課後、アタシは晴香のメッセージ欄を睨み……数字の羅列をタップした。
「発信、と……」
“電話をかける”というポップアップが表示され、さらにタップ。
シンプルなコールが耳元で鳴る。
『もしもし』
発信してすぐに男性が応答した。ガサガサしたノイズのような声は父のものだ。
「……凛だけど」
『…………あぁ、凛か。晴香からお前にも伝達済みだとは思うが、あいつの進退も含めて今後について話し合わなければならない』
「で、その日程を決めようっていうことでしょ」
アタシも父も時候の挨拶などせず、人工音声のようなトーンで早々に用件を済ませようとする。
『なっていないな。お前にも言葉遣いというものを教えたはずだが?』
「どうでもいいでしょ、言葉遣いが悪くても予定は決められるんだからさ……予定調整する方がよほど建設的」
父の指摘をぶった切り、早く日程を決めろと言外に含む。
母親に敬語や丁寧語を使うのは抵抗ないし、晴香は妹だし親しみがあるからフランクな言葉遣いで接する。
父親には美化後すら使ってやる義理はない。丁寧な口調で電話したらアタシにメリットはあるのか?誰かが宝くじで当選させてくれるとか……あるわけないけど。
『やれやれ……。まぁいい、お前の所の創立記念日、来月にあるそうだな?』
「そう、だね」
『ならその日程で組むとしよう』
瞬間、げんなりした。開封したてのアイスが地面に溶けて落ちてしまったような感覚だ。
創立記念日は金曜日、新幹線のチケットを金曜午前中発で購入できれば夕方までには着けるだろう。土曜で白黒つけて日曜早朝に出発すれば寮に戻ることができる。
届け出を提出し、事前に承諾を得られれば帰寮の門限が過ぎるのも問題なくなる。
金土日の3連休なのに休めないことを除けば。
「じゃあ来月、晴香とそっちに向かうんで」
『あぁ』
短い返事をして電話がブツッと切られた。ガチャ切りというやつである。
どこまでも腹立たしい態度だったけど、あっちもアタシの態度に不満ありげだったので、お互い様かな?
振り上げた拳は下ろす先を見失って、ただ宙を彷徨っている。
「晴香にも送っておこう」
晴香のトーク欄に決定事項を入力して送った。
既読マークが付き、アプリの着信音が鳴らされた。
「もしもし晴香?」
『お元気ですか?姉上からお電話をいただけて嬉しいです!』
晴香の健気な返事にアタシの濁った心が洗い流された。
父と通話した口直しにできそうだな……。
「メッセで書いた通りね、来月の休校日で3連休あるでしょ?」
『創立記念日ですね。しかし土曜に行っては連休のありがたみがありませんね……』
「調べたんだけど移動だけで半日かかるっぽいね?」
『はい。私もこちらに来るのに半日かかりましたから。あの時は前日にこちらに来たんですよね』
電話越しに晴香が懐かしそうにしているのが分かった。
乗り継ぎや待ち時間を加味すると、どうしても登校時間に間に合わせるのは不可能か。
学校に相談して居所を確保していたのかな。
『父上も土日休みですから、この曜日になるのも無理はありませんか』
「そうね。アタシも往復で連休を潰すのは嫌だけど」
『2人なら、遠征になっても心躍る旅になりますよ♪』
いつもぶれない晴香の明るさが、真夏の太陽のようにアタシに照りつける。
晴香の明るさに救われることがあれば、妹だからこそそれが鋭利な刃になることもある。
晴香は単純故に一本筋が通っていて、超名門校のエスカレーターを蹴ってまで別の高校に進学する行動力もある。素直で純真で、才能以上に努力であの親を黙らせた晴香は、ギラギラしているとさえ表せる。
それが彼女に比べてアタシはどうだ。晴香を一方的に遠ざけて、日々の退屈を改善する努力もせず、あまつさえ晴香の好意に甘えてキスまでしてしまった。晴香への嫉みも罪もまだ拭えていないのに、だ。
……晴香は恨んでいないのだろうか。アタシが家を出て行ったことに。
『……姉上?姉上!』
「あ……ボケっとしてた。とにかく決まったことだから報告しただけね。またどっかのタイミングで連絡するから」
『承知しました。姉上からの連絡なら火の中水の中草の中、地を這ってでも出ますから!いつでも大丈夫ですよ!』
「無理はしなくていいので……じゃあね」
通話を切り、ルンルン気分の晴香との会話が終わった。
毎度のことながら晴香の言い回しはたまに変――ユニークだと思う。火の中水の中なんて某人気アニメのオープニングでしか耳にしたことがない。あの子のことだから本気だとしてもビックリしないけど。
「は~!」
最重要案件を片付けて肩から力が抜けた。
大きく息を吐いて、吸う。本戦は来月だから力を抜きすぎてもいけないのだが、当面は気が重くなるような事案はないはず。
あの親の家に帰る前に、1回は晴香と本音で語る機会を設けたいところだけど。
なるようになるだろう。
「そうだ。まだ用件があったな……」
鞄にしまったスマートフォンを出して、ある人物の顔を思い浮かべる。
ここにメッセージを入れておけば下ごしらえ完了である。残るは当日だけだ。
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