連絡は突然に
第15話
2学期が開始して数日。
休み明けの確認テストが返却された。
「尾神さん!結果はどうでした!?」
「凄くない?全部ピッタリ90点だったんだけど」
今回のテスト返却でアタシは地味に興奮していた。示し合わせたように英語、数学、物理化学の4科目が90点というミラクルが起きたのだ。一応は真面目に解いていたんだけど、各配点が記載されていなかったから狙って取ったわけじゃない。
記載があっても部分点の仕様が不明だから調整しようがないしね。
「……あの難度で90点というのも凄いですが、どれも同じ点数って……」
難しそうな顔で呟いた葉月さん。微妙に90点には届かなかったと言っていた。
受験を意識したとかで、先生は後半を応用問題にしておいたと説明し、生徒たちからブーイングをお見舞いされていた。
去年の試験よりは歯ごたえがあったのは、そのためだったのか。
ちなみに定期テストじゃないので順位表は貼りだされない。
「くううぅぅ!直接点数を聞いて彼我の差を思い知らなければいけないなんて、なんたる屈辱!」
「順位表が貼られても一緒じゃない?」
「大差ないですけど!こっちから聞くのとはかなり違います!」
皺ひとつなかった答案用紙がクシャッと握り潰される。
「学期末でも尾神さんの2個下だった私、いつ勝てるんでしょう……」
「そういえば期末の後、葉月さんに声をかけられた覚えがないな」
「あ、あれは尾神さんと鈴音さんが盛り上がっていましたので、邪魔してはいけないかと」
美里といたから気を遣ってくれたのか。妙な所で律儀だな、葉月さん……。
そんなこんなで夏の一件以来、アタシは普通の学校生活を送っていた。
朝起きて登校し、授業を受けて、寮に帰る。たまに美里と外に繰り出したりするし、晴香ともアプリを介して連絡を取り合う、至極普通の生活だ。
晴香からのメッセージを受信するまでは。
『大事な用件があります。放課後で大丈夫ですので、お会いしていただけませんか?』
ある日の昼休み、5限のチャイムが鳴るタイミングで晴香のトーク欄が更新された。
他愛のない雑談であればテンション高めの文体で送られてくるが、新規のメッセージはシンプルだった。余計な装飾がないのは、アタシを呼んだ用件が深刻な意味を秘めているということだ。
「美里。今日は先に帰ってて」
「りょー。先生にでも呼ばれた?」
「呼ばれたといえば呼ばれた、かな」
掃除当番をこなし、待っていた美里に一声かける。
用件はだいたい想像がついていた。晴香はぼかしていたけど、アタシにぼかさなければいけない事項はあの人の件くらいしかない。
◇
「お姉ちゃん。お待たせしてすみません」
「待ってないよ。アタシも来たばかりだから」
「帰りながらお話しませんか?」
下駄箱付近のエリアで待機して数分後、晴香が小走りで階段を下りてきた。
ピョコピョコと揺れるポニーテールとは対照的に、晴香が纏う空気はどんよりしていた。
普段は元気溌剌な目元も、今日はやけに真剣みを帯びている。
「帰りながらお話しませんか?」
「そうだね」
靴をローファーに履き替えて、寮までの通学路を2人で歩き始める。すぐに晴香が経緯を話しだした。
「昼休み中に父上から連絡がありまして」
(やっぱりね……ただまぁ、このタイミングか……)
単刀直入に切り出した晴香。
父から連絡があったこと自体には驚かない。むしろ驚いたとすれば、あの人からのコンタクトが想定以上に早かったこと。もしくはアタシが現実から目を逸らしたくて悠長に構えていたか。
「父上とは電話で話しました。近況報告とか、今後の予定など」
「晴香の保護者は父方だからね。遠方にいても知る義務も権利もあるし、親として報告を求めざるを得ないわけだ」
現状アタシは母方、晴香は父方で生活している。いっそ離婚してはどうかとたまに考えるけど、両親の間では多くの駆け引きが行われているようで。
アタシたちが直面するより遥かに多くの壁が反り立つのだろう。
「晴香に聞くまでもないと思うけど一応ね。アタシのことは何か言われた?」
「特には……」
ま、そうだわな。
あの人、とうの昔にアタシへの興味なんて失ってたもんね。期待通りに運動でも勉強でもトップをもぎ取ってくる晴香には相当な執着を見せるけど。
抑圧と人格否定しかしないような者に指図される謂れはない。
お母さんの言うことは聞くけど、たとえ土下座をされようと1億円を譲渡されようと、あの親の指図など受けてたまるか。
「ただし連絡をするように、と父上からの伝言です」
「あん?連絡をするように?アタシが、あんなのに?」
冗談も程々にして欲しいものだ。なんのメリットがあってアタシがあれに連絡など……。
むしろあっちからアタシに電話なりメールなりするのが筋じゃないのか。連絡先は秘密にしてるけど……それならそれで、お母さんや晴香経由で調べることも可能なはず。
リソースを消費してまで連絡する相手じゃないと考えられているに違いない。
「父の番号を送っておきます。お暇がある時で構わないそうです」
「はっ。忙しい時に時間を捻出するような義理はないからね……文字通り暇があればかけてやるか」
父親の電話番号など味がなくなったガムのように無価値だ。
といっても、晴香に関することだから電話しないわけにもいかないけど……。
こちらのリソースを割いて電話するのも癪というか、いっそショートメッセージで済ましてやりたい。
「父上がお考えになっていることは私の進退です。姉上にお手数をおかけするのは心苦しいですが、どうか父上にご一報ください」
「晴香は縮こまらなくていいよ」
晴香の頭を撫でてやる。何もかもあれがいけないのだ。
あの親め、電話したら怒鳴ってやろうかな。晴香に要らん心労をかけるなって。
む~、晴香をダシにするようで気が引ける。止めておこう。
最終的にはちゃんと電話しなきゃいけないんだ。アタシのキャパシティはさておき、晴香が地元に戻るかこちらに残れるか、晴香の行く末を左右する話し合いになるのだから。
水面に沈ませるような感じで、己の中の抵抗感を抑え込む。
「偉いね、晴香は。あの人とは結構やり取りしてるの?」
「週に1度は連絡が来ますよ」
「めちゃくちゃ来るじゃん」
「致し方ありません。成績の維持や定期的な連絡をすることが条件ですから……事務的な報告なので、私としては姉上とメッセージを交換する方が楽しいですけ」
「そいつはどうも」
晴香の笑みが眩しい。
こっちの高校に入学できたのも晴香が努力してきたからだけど、反対意見を押し切った最低限の責務として妹は割り切っているらしい。
我が妹ながら、しっかりしていて偉い。理論はそうだとしても感情が納得できないことなんて、いくらでもあるのだから。
いい加減、アタシもしっかりしないとね。
決意を胸にアスファルトを踏みしめるのだった。
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