第14話
ミンミンミンと、夏の風物詩が窓の外から入り込む。
暑さと共にやって来たそれは、しかし不思議とアタシの気力を削ぐことはなかった。
「……晴香……」
寮に美里もいるというのに、ついついその名が口をついて出る。
脳裏に浮かぶのは夏祭りの日のこと。花火で彩られた空の下、アタシはキスをした。妹の晴香と、キスをした。
アタシのファーストキスの相手は妹の晴香ということで……。
感想は特にない。いやいやいや、ある。ラムネの味がしたなぁ、とか。あれは直前に晴香もアタシもラムネを飲んでいたから。
見た目以上に唇がぷっくりしていたなぁ、とか。
「凛、まーた唇触ってる」
「ぬあっ」
同室で漫画を読んでいたルームメイトから指摘を受けた。この寮に戻ってきてからというもの、度々言われている気がする。
美里に指摘されるまでアタシは唇を触っているという自覚がない。無意識でやっているのだろう……。
「唇がカサカサするような季節じゃないと思うけど、リップクリーム使う?」
「気持ちだけ貰っとく」
夏だから湿度は高く水分補給もこまめにしているから、かさつくような恐れはない。
つまりだ、美里から幾度と指摘されても止まらないほど、アタシの中に晴香が居座っているということか。
「帰省中に進展でもあったの?」
「進展……日進月歩、1人の人間としては小さな1歩かもしれないけどアタシら姉妹にとっては大きな飛躍で」
「お~い、いつから月面着陸した人になったの」
頭より口が先に動いて、考えるより早く適当に言葉が放出される。
アタシは何を言ったのか、数秒前なのに覚えていない。
「暑さで気が狂った?」
「まさか。晴香と祭りに行ったら恋愛ゲームならスチルイラスト回収できるようなイベントが起きてアタシという人間が内側から崩壊し他者によって再構築され命を吹き込まれるとでも形容すべきハプニングの中で高度数百メートルに咲くはずの花火が零距離に映っていてあぁ生きているんだって――」
「怖い怖い、怖いよ!凛らしくないよ!?」
「――はっ!」
肩を揺すられてベッドから上体を起こした。
「美里……」
「あのさ、凛。帰ってきてから放心状態っていうか……大丈夫?体調崩してない?」
「身体は全然、体育館の中なら走れる程度には体力残ってるけど」
暇があると脳みそが晴香一色になってしまい、平生が保てない。
アタシの体調を気遣ってくれる美里には悪いけど委細を語ることはできかねる。
心臓が破裂しそうになるし、あくまでムードに呑まれて晴香を受け入れたに過ぎない。
もし美里や誰かに事の経緯を話すにしても、アタシがいかなる状況下でもぶれない確固たる人間になってからだろう。
「気遣ってくれてありがとう、美里。けど今は内緒にしておきたい。その代わり、いつか聞いてよ」
「オッケ、話してくれるまで気長に待ってる」
こうしてアップダウンの激しい夏休みは終わろうとしていた。
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