第11話 星のないクリスマス

 その日はクリスマスイブだった。学校の終業式を終えてバイトまでの間、私と山井君はバス通りを歩いていた。

「おふくろと親父、別れることになったよ。母さんが答えを出した。このままこっちにいたいと言って、親父は不満があった訳じゃないから黙ったままだった」

「そう、そう言えば、お父さんのところいけなかったね」

 私はやり残したことを思い出したみたいに少ししょげた。

「おふくろが晴子さんによろしくって、もう心配しなくていいって」

 そう言われても返す言葉もなかった。

「そんな顔するなよ。俺達のせいじゃない。それより俺、理学部にしたよ。出来れば天文学部に進みたいし」

「私は文学部」

「あれ、天文学じゃないの?」

「だめだめ、どう考えたってロマンチックに星を眺めたいなら文学部って思ったのよ」

「そっか、もう少しだな。しっかりしろよ!どっちかが落ちたら最悪だからな」

 私は正直に、

「うん」

 と返事をした。


 サマンサの扉をふたりで開けると中はクリスマス一色。常連のみんなが集まってガヤガヤとくじを引いていた。

「何のくじ?」

 と横にいた武田さんに聞くと、

「特設ステージで一曲だけやらせてもらえるんだよ。その順番。俺達四番、あんまり印象ない辺りだよな」

 と、離れたところから善ちゃんが叫んでいた。

「あら、良ちゃんも一緒。悪いわねクリスマスなのに今日は忙しいから。そのかわり楽しんでいって」

「ありがとうございます。どうぞ、おかまいなく」

「私、着替えてくるね」

 そう言って急いで二階に上がった。

 下から聞こえてくる音が扉を閉めたら小さくなった。見慣れた制服。ここまで指定じゃダサイってみんな文句ばかり言ってたコート。

 部屋の中が静かすぎて私は鏡をボーと見ていた。きっと、何もかも懐かしかったって思える時が来るのかな。少しづつ変化しながら繰り返した私達の毎日。机の引き出しにたまったの坂上君のラブレター。その中にたった一通だけ綺麗な字の山井君の手紙。いろんなことが有り過ぎて不器用な私は慌ててばかりいた。夜が明けたら消えちゃうみたいに不安なことばかりで、まだまだ不安も迷いもいっぱいなんだ。

 でも、一人じゃ抱えられないから山井君と生きていく。私達をつないでくれた山井君の手紙。大好きな山井君の字。引き出しに戻して下に下りるとみんな慌ただしく動き回っていた。

「遅いぞ!なんだよ晴子はいつまでたっても灰かぶりだな。おばさん、クリスマスくらい新調のドレス着せてやってよ」

 憎まれ口をたたく善ちゃんの横で早苗が笑ってた。

「早苗いつ来たの!」

「今よ今!」

 早苗の襟元にトーン記号のペンダントがキラッと光った。

「それ……」

「善ちゃんにもらったの。これからは私のために歌うんだとか言って」

 小声で話す早苗はとてもキュートだ。

「へーえすごいね」

 私はバイトしてるんだかみんなでクリスマス会してるんだかわからない時間を楽しく過ごした。そういえばおじさんもおばさんも商売っ気なんてまるでない。毎日そんな日の繰り返しだったんだ。楽しかったわけだな。

 ひんやりしたカクテルを口に含むと、けっこう強かったと見えて私はそのままパーティーの最後まで眠ってしまった。目が冷めた時には善ちゃん、早苗、山井君の三人しかいなかった。

「私……」

「お酒、あんなのジュースよ。それ飲んで倒れたのよ。ちょっとバカバカしいじゃないあんなカクテルくらいでさ」

「晴子らしいよ」

 善ちゃんがそう言うと、

「まあお優しいこと。私が飲めば良かった」

 と早苗が膨れた。

「何か飲むものもらってくるよ」

 腰をあげる山井君に、

「お酒は止めてね」

 と言うと、またバカにしてみんなで笑った。

「あんた、山井君と二人で北海道行くんだって」

「え?」

 早苗が夜空を見上げて私を見ずに言った。

「あいつが言ってたよ酒飲んだ勢いで」

「うそ!」

「うそって山井君が勝手に言ってるだけなの?」

「ううん…、一緒に、行く」

「なあんだ、な、本当だろ」

「私そんなこと聞いてないよ…」

 早苗が泣いた。泣くよね。ずっと一緒だったんだから。その顔が辛くて言えなかった。そうか…山井君みんなに言ったのか。

「善ちゃんおばさんなんて?」

 私があわてて小声で聞くと、

「まったくいつまでたっても子供なんだからだとさ」

 と善ちゃんがわけわからんと首をかしげて言った。

「晴子やっぱり雪だよ~こんな悲しい日にはやっぱ雪だよね。あんたの好きな星はこの分だと見えないけど、雪もいいじゃないクリスマスらしくてさ」

「うん」

 私達はそれ以上何も言わずに空を見上げていた。山井君の持ってきてくれた冷たい水を一口、口に含む。窓の外をゆっくり雪が下りて来て私達の心に別れの寂しさを運んだ。



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