第10話 支え合う者

 バス停から学校までの並木道も黄色く色づいて、私達の周りはすっかり秋の景色に変わった。学校祭も終わった校舎は人影もまばらで、夏休み明けの三者懇談を椅子に座って待つ廊下はガラーンと淋しいほど静まり返っていた。

 私の隣は空席。隣の廊下にはお母さんと順番を待つ吉岡君がいる。めったに見られない真面目な顔で時間がくるのを待っていた。そろそろ希望学校も決まる時期。

 早苗は相変わらず善ちゃんと仲良くしてたけど順位はいつもどうり上位をキープ。底知れぬ恐ろしさを感じてしまった。私の前の前にさわやかにVサインをしてお母さんと廊下を曲がっていった。

 早苗には似合わない落ち着いたお母さん。そうとう頑張っているんだろうけどやっぱ才能ってあるのかなあと舌を巻かずにはいられない。早苗の凄さは善ちゃんもびっくりしていた。なんたって、何をしていても普通なんだと言う。面白いし、無理無いしそれがすごいって、それは私も善ちゃんに同感だった。

 あれだけ激しい練習を毎日繰り返してバスケットコートを走り回っていた早苗。後輩からも慕われる早苗は私にとっても憧れの人だった。今やかいがいしく善ちゃんにひっついてバンドの面倒をみている。善ちゃんはそんな早苗になにもかも任せっきり、ほほえましくて二人の仲の良さはさわやかだった。

「あ~」

 大きく伸びをした。なんか間延びした退屈な時間。私は窓の外の銀杏の木を見るとはなしに見ていた。

 親のいない私は二者懇。先生を真っ直ぐ見て話をする。夏の北海道の話。星の話。受験生とは思えない長閑な話を忙しい先生捕まえてニコニコ楽しそうにする。どこまで場違いなんだろうな…


 三者懇を終えて学校から帰ると善ちゃんがカウンターで炭酸ソーダを飲んでいた。

「あら、一人?」

 宿題を抱えた私が大荷物をイスにどかっと下ろして尋ねると、

「ああ、おばさんも風邪気味で少し奥で休むって、今入ったところ」

「早苗は?」

「あいつも少々疲れ気味。今日はこないって電話があったよ」

「まあ、珍しいね、いつも元気印なのに」

「あいつ無理してるからな~」

 え、無理って何って私が不思議そうな顔をすると、

「お前はめでたいよな~俺がお前のこと好きだって知らないだろう」

 え、何を言い出すのかと驚いて身体が固まった。

「それ……」

 早苗は知ってるのと言おうとしても言葉にならない。

「早苗はとうに知ってるさ」

「まさか、早苗、善ちゃんと上手くいってるって、いつも会う度に言ってるよ」

「そういう良い奴なんだよな。だから俺でも一緒にいさせてもらえるんだよ。俺の気持ち知ってて丸ごと受け止めてくれて、俺だって無理してるんだよ、幸せそうなお前横で黙って見ているの。早苗がいなかったらボロボロだぜ」

 善ちゃんの言ってることがよくわからない。

「じゃあ、早苗のこと好きじゃないってことなの?」

「好きとか嫌いとか通り越した良い関係ってあるよ。俺は早苗に支えられてる」

 難しくて私にはよくわからないよ。

「それって好きってこと?」

 私はしつこくもう一度そう聞いた。

「まあそう言ってしまえばそうだな…そう言ってしまえないところが尊い感じ、俺の好きな俺」

 そう言う善ちゃんの気持ちはあったかくて優しい気がする。

「な~んだ、心配しちゃったよ。早苗に辛い思いさせてるのかと思った」

 そういうと善ちゃんは笑って、

「これからは辛い思いさせないさ。お前にも告白したし、ふんぎりがついたよ」

 と、一気にコップのソーダを飲み干した。

「晴子からは卒業だ。あのバラード俺の心だと思って受け取ってくれよな。最初で最後の告白だからな」

「あのバラード?」

 私が不思議そうな顔をすると、

「な、そういう奴なんだよお前は。俺が心を込めてメッセージを送ってもいっこうに受け止めようとしない。

 俺の青春、お前の為に棒に振ったよ。これからは早苗大切にしてやろ。あいつの為にバラード書くんだ。少しは後悔しろよ!善人の善ちゃんを振ったんだから」

 そう言うとギターを抱えて口ずさみ出した。星が空から雪のように降ってくる。

「善ちゃん……」

 思わず笑いが込み上げてきた。

 本当に良い奴なんだよね。それは昔からわかってた。私は笑いながら善ちゃんに言った。

「善ちゃん早苗のこと頼むね。ずっと、ずっと一緒にいてやって」

 善ちゃんは静かに歌いながら、首を二度縦に振った。きっと神様が私達が支え合えるように、こうしてそれぞれ別れ別れになっても生きて行けるように考えてくれているんだね。私は少し胸が熱くなって笑いながら目頭を押さえた。

「何だよ、笑ってるのか、泣いてるのかはっきりしろよ」

「だってありがたいのよ善ちゃんのそういう言い方。胸にしみる。私一人で頑張ってると思ってきたけど早苗もいてくれたし、善ちゃんもね」

 というとまた少しふくれて、

「そうやっておまけみたいに言うかな。こんなに心の広い熱い男をさ」

 私は笑いながら傍らの暖炉に目を向けた。

「もう冬だね。あの暖炉に火が入るとあったかいよね」

 私はひっそりと出番を待っている暖炉を見つめていた。待っていてくれる人がいるって幸せだよ。どんな人にも必ずどっかに待っていてくれる人がいるんだね。善ちゃんには早苗、私には山井君。私達は静かな夜を見守っていた。

「不思議だね。善ちゃんと話すと言葉が出てくるのに、私、山井君の前だとメロメロなんだ。怖くて言えないことや、心配で聞け無いことばっかりで苦しくなる」

 そう言い終わると堪り兼ねて善ちゃんが腰を上げた。

「美味しいココアでも入れてやるよ。マスターのいつも見てっから、見よう見まねってやつでさ」

 と言って善ちゃんは中に入った。二人で並んでカウンターになんか座ってられないよね。ミルクを沸かす善ちゃんの手許が仕事人って感じ。静かな空気をベルの音が破ってマスターが入ってきた。

「あ、善ちゃんごめんごめん話が長引いちゃってなかなか帰れなかったよ。あ、晴ちゃんも帰ってたのか」

「うん、今善ちゃんがココア入れてくれるって、私お客さん」

「マスター秘伝のココア、俺、知ってるから」

 そう言ってシナモンの缶を開けた。

「ねえ、おじさん私この店好きよ。いつも中にいてここにこんなに長く座ってることないけど、落ち着く。おばさんのあのジュースは今でも苦手だけど愛情感じる。本当にありがとう。ここにおいてくれて」

「なんだよ。いきなり嫁入り前の娘みたいに照れちゃうよ。さあ、ココアもいいけど何か作らないとな、善ちゃんも腹減ったろう」

 そう言ったマスターに私達は声をそろえて、

「特製オムライス!」

 と言った。

 親から離れて淋しくなかった訳じゃない。でも、おじさんと、おばさんがそばにいてくれた。店の常連さんも冗談ばっかりだけどいつも力になってくれた。あの苦くてまずいジュースも私をいつも元気付けてくれた。

 私、悔しいけど涙もろいな。もう別れの時が迫ってる。北海道の大学には行きたいって言ってるけど……この家を出ていくって一度も言ってない。

 だから実感わかないんだよね。この店を出ていくってことが……

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