第22話「この素晴らしき世の中に鉄槌を!」

 槿ムクゲの花が香る、とある昼下がりの一軒家にて。


「はぁ……」


 少年は溜め息を吐いた。自室のベッド上で、体育座りをしながら。彼は峠高校の生徒なのだが、学校には行っていない。所謂「不登校児」だ。

 原因はクラスメイトとの人間関係。かなり複雑なので省略するが、言うなれば“ボッチ”に為ってしまったからである。教室に居場所が無いのだ。今時なら珍しくもないだろう。


「……これから、どうしよう」


 少年は悩んでいた。自分が発端故に自業自得と言えばそれまでなのだが、だからと言ってクラスメイトの塩対応に納得が行く訳では無い。だからこそ、これから自分はどんな立場で、どう接して良いのか分からなくなり、殻に閉じこもってしまっている。そんな自分に更に嫌気が差す、という見事な負のスパイラルに嵌まっていた。


『天誅ぅ!』


 そんな不登校少年の部屋に、窓からダイナミックにお邪魔する者が一人。黒衣を纏い、四色(青・赤・緑・黄)の宝石を眼孔に嵌め込んだ、黄金と青黒が入り混じった骸骨という、実に怪奇な姿をしている。

 そいつは少年を指差すなり、


『殺す!』

「端的!?」


 せめて理由を言え。


「お、俺が何したって言うんだよ!?」

『何もしていないという大罪を犯している!』

「ええぇっ!?」

『そんな貴様に鉄槌を下しに来た! 感謝して死ねぃ!』

「ぎゃぱぁあああああっ!?」


 そして、言い訳も言い分も聞かず、問答無用で殺害した。額に突き刺した指で体液を吸い尽くすという、吸血鬼や柱○男のような手段で。


「きゃああああ! あ、あんた誰よ!? 一体、これは……!」

『貴様はこいつの母親だな? 貴様もまた重罪人だ! 社会の底辺というゴミ屑を生んだ罪で、貴様を引き裂いてやる!』

「ざっぱぁあああああああ!?」

『フハハハハハハハハハハ!』


 さらに、騒ぎを聞き付け飛び込んで来た母親をも処刑し、高らかに嗤いながら去って行く。彼が何処へ向かうのかは……蝙蝠だけが知っているのかもしれない。


 ◆◆◆◆◆◆


 ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校――――――その屋上にある研究所にて、


《「オーク・ブライア」だな?》

《ああ、そうだ。だが安心しろ、俺は紳士だ。見境なく女に手を出すような真似はしない》

《それは困るな》

《ゑ? は? 何を言って――――――》

《オークならばオークらしく、女騎士たる私を食え! 私を雌豚にしてみせろ、雄豚よ!》

What'sワッツ happenedハップン!?》

《御開帳ぉおおおおおおっ!》

《うわぁあああああああっ!?》

「あ、やべ、ゲームオーバーになっちゃった。初見殺し過ぎるだろ。チュートリアルで食うなよ……」


 里桜りおはあられもないゲームに興じていた。傍らには呆れた目で見下す説子せつこも居る。


「出たな、訳の分からんゲームシリーズ第三弾!」

その通りExactly! こいつは「オークス・ランド・ウェイ」。女しか居ない異世界に転移しちまった真摯なオークが、精に飢えた雌豚共から逃げ惑うサバイバルアドベンチャーゲームだ」

「……何かちょっと表現を弄ればラノベに出来そうなのがムカつくな」


 実はクォリティーが向上してきたりしてませんか?


「ちなみに、脚本家は後に作家として独立、有名になったらしいぞ」

「ああ、だから「オススメ11」って衰退したのね。制作の中核が居なくなれば、そりゃあクォリティーも落ちるわ……」


 世知辛い世の中だった。


「それはそれとして……最近、我が校では不登校が流行っているらしいぞ?」

『あ~、生き返る~♪』『ビバビバビ~♪』


 説子が悦子に水をやりながら呟く。その足元ではビバルディがはしゃいでいた。可愛い。


「はぁ? そんな事ある訳がないだろう。最初から・・・・居なかった事・・・・・・にされているんだから」

「お前、自分が何を言ってるか分かってます? ……まぁ、つまり何だ。話題に・・・上がっている・・・・・・のが話題・・・・だよ」

「ああ、なるほどね」


 峠高校で命を落とした生徒は、基本的に社会から抹消される。

 一応、火のない所に煙が立たないような事態にならないよう、“誰かが居なくなっている”程度は情報として浸透させているが、何時までも「何処の誰が消えた」などと言わせておくなどありえない。

 だのに、明確な不登校児が噂のネタになっている時点でおかしいのだ。そいつらがどうなろうと里桜からすれば知った事じゃないが、狩場・・で何処ぞの馬の骨に好き勝手されるのはムカつく。

 という事で、レッツ潜入調査。


『良い天気ねぇ』『(ビバビバ)』


 配役は「悦子えつこ onオン the ビバルディ」。神にも悪魔にもなれない、ただのハリボテである。

 ちなみに、里桜たちは屋上にて、悦子の視界をジャックする形で現場をモニタリングしている。流石はマッドサイエンティスト、遣る事が科学的。


「……何でこいつらにしたんだ?」

「悦子は元々峠高校ここの生徒だし、地味だから目立ちもしない。丁度良い人材だよ」

「酷い言い草だな。だったら、祢々子ねねこでも良いじゃん」

「あいつは阿呆だから駄目だ。ボロしか出ん」

「確かに……」


 酷い奴しか居なかった。


「ねぇねぇ、聞いた? 二組の絶対たえないって子、不登校になったんだって」

「そうなの?」

「うん。何でも、家庭の事情が絡んでるんだとか」

「あらまぁ、大変ねぇ」

「……あんた、偶におばさんみたいになるわよね」

『ムムム……』『(ビバル~)』


 早速それらしい噂が流れてきた。


「聞き覚えは?」

「一応あるな。確かに在籍はしている」


 里桜たちの方でもリストアップ済み。これを利用しない手は無いだろう。


「よし、こいつを“餌”にしよう」

「餌て……」


 マッドサイエンティストに慈悲も常識もない。


 ◆◆◆◆◆◆


 大和祢やまとね 真一しんいちは高校の教師であった。

 やんちゃだった己を律してくれた担任に憧れ同じ道を歩んだ、とても分かり易い好青年であり、生徒のみならず教職員からも人気があった。

 だが、とある問題児を注意したその日から、歯車は狂い出す。その生徒の親は所謂「モンスターペアレント」で、どう考えてもおかしいが“それっぽく聞こえる”弁の立つ人間でもあり、正義感だけの真一を言葉巧みに貶め、教職から辞任させてしまった。周囲も初めは助けようとしたが、教員の立場が低い昨今の世情も相俟って力及ばず、やがて誰も手を差し伸べなくなった。あんなに慕っていた生徒たちですら、一部の者を除いてあっさりと掌を返してしまった。信頼関係など、所詮はそんな物なのだろう。

 こうして絶望に打ちひしがれた真一は、それでも最後まで慕ってくれた生徒に迷惑を掛けないよう、誰も立ち入らない山奥でひっそりと自殺しようとした――――――のだが、直前に何者かに取り憑かれ、生まれ変わった・・・・・・・。地位も権力も等しく解決出来る、圧倒的な“暴力”を伴って。

 再誕した彼は、手始めに件のモンスターたちを虐殺。その子供も凄惨な方法で殺した。

 それにより箍が完全に外れた真一は、次々と“問題児”を処刑していった。彼の独断と偏見で選ばれた、“学校にとって不利益となる存在”を次々と抹消していったのである。中には完璧に冤罪でしかない生徒も居たが、そんなの真一にとっては知った事では無かった。

 そして、今宵も真一は天誅を下す。不登校などという甘えた態度を示す社会の底辺を滅する為に。

 標的は絶対たえない れいという女生徒。数週間前から登校を拒否しており、自宅に引きこもっているという。許されざる大罪人だ。万死に値する。

 という事で、


『殺す!』

「端的!?」


 真一は化生してから零の部屋に不法侵入する。


「えっ、その声……新任の大和祢先生!?」

『その通りだぁ! そして死ねぇぇい!』

「だから理由は!?」

『お前という罪でだ!』

「存在を全否定!?」


 さらに、銀色のバットらしき物を取り出し、大リーグボールでさえホームラン出来そうな程に、大きく振り被って……、


『止めなさい!』


 止められた。悦子(の下の人間態ビバルディ)の壁を吹き飛ばす程の掌底打ちが繰り出され、真一は間一髪で躱す。代わりに背後の壁を走っていた一匹のゴキブリがトマトジュース(無色)になった。エイメン。


『ぬっ……お前は確か悦子! 邪魔立てするなら、貴様も底辺だ! ぶち殺してくれるわぁっ!』

『お前の脳味噌が底辺だわ……』


 本当に判断基準がお粗末過ぎる。


『神に代わって天誅下すぅ!』


 真一のシルバーバットが、悦子の頭をホームランしようと襲い掛かる。


『緊急離脱!』『ビバ~ン!』


 しかし、首がすっぽ抜けて回避された。


『何ィ!? バラ○ラの実の能力者だとぉ!?』


 ※違います。


「ひぃぃぃぃ!」


 その隙に、零は逃げ出そうとしたのだが、


『逃がすか! 行け、ファン○ル!』『『『『ピキピキャ~!』』』』


 真一のマントの下から、彼そっくりだが目が見当たらない分身体×4が、彼女を包囲する。



 ――――――ズバビビビビッ!



『『『『ギャース!』』』』

『何ィ!?』


 だが、到達する前に、全匹撃墜された。


『ナイスタイミング! それじゃあ、後はお任せしまーす!』『ビバビ~♪』

「へいへい、良い子はお家に帰んな」「……良い子か?」


 現れたるは、我らが屋上のマッドサイエンティストと闇色の水先案内人。悪魔のような女たちだ。


「「一目五先生」だな」


 目の前の阿呆を見て、説子が呟く。


「何処の家庭教師だ?」

「そういう事じゃないんだが……」


 「一目五先生いちもくごせんせい」とは、中国の浙江せっこう省に棲息していたと言われる、五人一組の怪物である。一体だけが目を持ち、残る四体に指示を出して行動するチームプレイが特徴で、彼らに寝込みの息(つまり生気)を嗅ぎ取られた者は死に至るという。嗜好性の強さも有名で、彼らの獲物は善人でも悪人でもない、「ただ生きているだけの怠惰な人間」である。

 つまり、穀潰しニートの天敵という訳だ。



◆『分類及び種族名称:吸魂超人=一目五先生』

◆『弱点:全身』



「ちなみに、宿主は元教師、現無職の大和祢 真一氏だな」

「要らん情報をくれるな。耳が腐る」


 里桜の一言に、説子が突っ込む。そこまで言わなくても。


「えーっと、“大和祢 真一(27)。自分の恩師に憧れ教師となるも、ある日注意したクラスの問題児の親がモンスターであった為、訴えられた上で辞職に追い込まれる。その後の消息は不明”、と」

「なるほど、境遇の次はお頭が可哀想な事に為ったか」


 同情の余地があるようで、全然無い男であった。復讐に奔走した時点で、こいつも犯罪者クズである。それが社会のルールという物だ。法律に慈悲は無い。


『黙れ黙れ! 教師とは聖職者! 生徒を導き、正しい道を歩ませる為の存在だ! その立場が大きく低下した、今の社会は間違っている! だから私は立ち上がったのだ! 立てよ教員、殺せ底辺! 生きる価値のない人間は、杭が出る前に殺されて然るべきなのだぁあああああっ!』

「「わぁーお、実に右翼的な意見」」『ポリコレ絶対殺すマン……』


 良い事を言っているように見せ掛けて、その実中身が全く伴っていない、脳味噌お花畑な奴である。ばーかばーか。


『おのれ……! どいつもこいつも、我が正義の行いを邪魔立てしおってからに! ぶち殺してくれるわぁ!』


 と、猿の如く怒り散らしながら、真一もとい一目五先生が襲い掛かる。下半身を円盤のように変形させ、高速かつ不規則に動き回りつつ、シルバーバットで殴打を狙う。


「「当たりませーん」」

『ぬぉおおおおおっ!?』


 しかし、当たらない。当たる訳がない。ちょっと前まで熱いばかりの一般人が、幾度となく妖怪たちを葬って来た無敵のコンビに勝てる道理は無かった。必死に空振る彼の姿は実に滑稽で、哀れである。


『クソッ! クソッ! 当たりさえすれば――――――』

「ならやってみろ」

『馬鹿め、死ねぇい! 侍打法だぁああああああああ!』



 ――――――パキャァアアアン!



『……ってあれぇ!?』

「芯の無い男のフルスイングなんて、こんな物か……死ね」

『マゾォーッ!?』


 わざわざ里桜にお膳立てされた渾身の一打もガラスの如く砕け、一目五先生に出来る事は無くなった。いとも容易く上下の半身が生き別れ、ジ・エンドだ。


『ぐぐぅ……何故だ……! 教育を施すのが教師の役目……! 愛の鞭すら受け入れられない穀潰しを殺して、何が悪いと言うのだ……! 奴らは社会の底辺なんだぞぉ!』

『「じゃあ、無職のお前もそうだろうが」』

『ぐわばぁあああああっ! あ……ぐ……ひ、他人事だと……思って……!』

「「だって他人事だもん」」

『チ、チクショウ……ッ!』


 そして、教育者気取りの底辺野郎は、奈落の底へ堕ちて行くのだった……。


「まったく。刑天といい今回といい、最近中国製メイド・イン・チャイナが多過ぎない?」

「今の世の中、そんな物だろうよ」


 そもそも、里桜たちのお膝元たる峠高校に、大陸妖怪が我が物顔で居座っている時点で、おかしな話である。単なる偶然で片付けて良い問題ではない。

 確実に・・・誰かが手引き・・・・・・している・・・・


「……って、そう言えば絶対 零はどうした?」

『あの子なら、ゴキブリみたいに逃げて行きましたよー』『ビバビー』


 悦子とビバルディの言葉に、説子はスンスンと臭いを嗅ぎ、


「“蜚虫ひむし”の如く、ね……」

「何の話だ?」

「いいや、別に……何でもないのさ・・・・・・・


 不気味に嗤った。


 ◆◆◆◆◆◆


 閻魔県の何処か。


『危ない所だったネー』


 全てを捨てて逃げ出した少女の正体は、


火間虫入道ひまむしにゅうどうも楽じゃないネー』


 怠惰の権化、「火間虫入道ひまむしにゅうどう」(♀)だった。

 「火間虫」とは中国で言う「蜚」、つまりはゴキブリの事。彼女は“ゴキブリ娘”だったのだ。一目五先生が天誅を下すまでもなく、とっくに中身を・・・・・・・食い荒らされて・・・・・・・いたのである・・・・・・


『さ~て、もっと安心安全な家は無いアルかネ~♪』


 そして、絶対たえない れいだった化け物は、フラフラと歩きだした。まるで地に足が付いていないかのように……。

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