第21話「三途川の中心でアイを叫ぶ」

 ブルームーンに照らされた紫陽花が淡く咲き誇る、とある夜。


『………………』


 西の海に何者かが飛び込んだ。それは頭に皿を載せ、甲羅を背負った、所謂「河童」だった。それも、ナイスバディの雌個体である。

 彼女が向かうのは、東の海を北上した先にある、東北地方の閻魔県。

 そして、この雌河童が上陸する時、運命の歯車が大きく動き出すのだった……。


 ◆◆◆◆◆◆


 ここは閻魔県要衣市古角町、三途川みとかわ付近。


『ぬぬぬ……』


 その日、竜宮童子は悩んでいた。うだつの上がらない自分に。

 竜宮城周辺の魚介類に壊滅的被害を与えた重罪人、祢々子河童を討伐する。それが乙姫――――――つまりは母親から直々に課せられた使命だ。

 絶対に成さねばならない……のだが、親から受け継いだのであろう祢々子の爆発力に押され、未だに失敗が続いている。それ処か、何故か友達認定されている始末。本当にどうしてこうなった……。


『おっと……』

『あ、スマン……って、お?』


 そんな感じで、ボーっと歩いていたら、竜宮童子はぶつかってしまった。通りすがりの呵責童子に。

 今ここに、本来なら出会う事のない童子系の妖怪が、顔を合わせたのであった。なぁにこれぇ~?


『えっと……』

『とりあえず歩く?』

『あ、ああ……』


 一先ず、歩道の真ん中で突っ立っていても仕方ないので、歩み出す二人。ついでに世間話と洒落込む。同じ童子系妖怪、話は合うのかもしれない。

 というか、子供は会った時から仲良くなれる物である。これくらいは当たり前なのかもしれない。


『……ふーん、使命ね。僕には分からない話だな』

『まぁ、座敷童子系統の妖怪はそうだろうな……』


 竜宮童子は竜宮城に所属する言うなれば構成員の一人だが、呵責童子は基本種である座敷童子と同様に流浪の身であり、生活基盤が全く違う。理解しろという方が無理かもしれない。


『仲直りは出来ないの?』


 すると、呵責童子がポツリと呟いた。


『……出来る訳無いだろう。多少の被害ならまだしも、幾つかの種族を絶滅させてるんだ。流石に母様も許してはくれない』

『キミ自身はどうなの?』

『オレ自身?』

『まぁ、ボクもこれ以上とやかく言う気は無いけど、親だからって一辺倒に信じてると、ロクな事に為らないよ。……それじゃあね』


 さらに、余計なお世話まで焼いて、スタスタと何処かへ行ってしまった。次なる不幸を撒く家探しをしているのだろう。本能に忠実な事だ。


『……オレ自身が、か』


 果たして自分は任務に忠実、なのだろうか?

 度重なる失敗により、竜宮童子は自信を失くし掛けていた。



 ――――――×××、どうして母さんの言う通りに出来ないの?

 ――――――愚図な子ね。まったく、アンタなんか産むんじゃなかったわ、屑が。

 ――――――アンタさえ、アンタさえ居なければ! あの人とだって一緒になれるのにィ!

 ――――――フフフ、こうなれば×××も……そうよ、邪魔する奴は皆死ねば良い! いえ、私が殺してやる!

 ――――――なっ、アンタ……まだ生きて……この、最後の最後まで……役立たずのクソガキがぁああああっ!



『いや、母様の言う事は絶対だ。そうでなければならない。そうじゃないと……』


 しかし、竜宮童子は歩みを止めない。使命の為に、愛する母の為に……今度こそ・・・・見限られない為に・・・・・・・・


 ◆◆◆◆◆◆


『あ、童子くんや~』『ビバ~』


 そして、気持ちを新たに、竜宮童子は三途川の河原にて、祢々子とビバルディに接敵したのだが、


『あらあら、貴方が竜宮童子くんね?』

『ゑ?』


 何か見知らぬ人が居た。

 否、人間ではない。頭の皿、背中の甲羅、指の間に張られた開閉自由な水掻き。顔こそ人間の女性であるが、“彼女”は人間ではなく、河童である。それも飛び切り美人の。


『え~っと、どちら様?』

『どうも、祢々子の母、禰々子ねねこです。どうぞ宜しく、竜宮童子さん』

(は、母親が来た!? 何で!?)


 まさかの母親だった。確かによく見ると顔立ちが似ているかもしれないが……。

 いや、それはこの際どうでもよろしい。祢々子の母親という事はつまり、


(禰々子河童……!)


 「禰々子河童ねねこがっぱ」。利根川を中心とした北関東を根城とする、河童の女大将。その力は凄まじく、九州を統べる河童の親分「九千防」ですら頭が上がらない程だという。


(クソッ、どういうバタフライ効果が働いたらこんな事に!?)

『いや~、超特急で来ましたよ……バタフライでね』

(そういう事じゃねぇ! 誰も泳法なんて聞いてないのよ! つーか、利根川からここまで泳いで来たの!? あ、いや、娘の方言から察するに、今は大阪の方か――――――いや、どっちにしても遠いわ! 行動力、馬鹿凄いな!? ……って言うか、娘の事、溺愛し過ぎじゃね!? ウチなんて「サーチ・アンド・デストロイ」の一言で送り出されたのに!)


 どうして陸と海でこうも家庭環境が違うのか。


『せやけどオカン、何でわざわざこっちに来たん?』

『決まってるじゃない……娘を誑かした男をサーチ・アンド・デストロイする為よ』

(違ったぁ! この人、直接殺りに来ただけだぁ! いや、あの……母親って何!?)


 少年に親心は難しかったようだ。


『なぁ~んて冗談よ。顔を見に来たのは本当だけどね。ほら、こっちの石に座りなさいな。……祢々子はちょっとビバルディくんと釣りでもしてなさい。お母さん、このひとと大事な話があるから』

『ほーい』『ビバル~ン』

『………………』


 物凄く遠慮願いたいが、そういう訳にも行くまい。竜宮童子は大分嫌々ながらも、禰々子の隣に座った。


『ウフフフ……』

(こ、怖い……目が笑ってない……)


 だが、何を話して良いのか分からな~い♪


(お、落ち着け、オレ。ここは妖怪同士、それらしい会話を――――――)


 しかし、何時までも沈黙を保つのも、それはそれで良くないので、竜宮童子は当たり障りのない会話から始める事にした。


『えっと、祢々子……さんは、貴女の――――――』

『厳密には娘じゃないわ。クローン個体よ。でも、本当の娘だとは思ってる』


 河童の増え方には、幾つかのパターンがある。

 先ずは普通に交尾をして子を成す遣り方。種類によって卵生か卵胎生か胎生かの違いはあるが、概ね世間一般の有性生物の生殖方法である。

 もう一つは、人間の水死体に自分の細胞を植え付ける遣り方。こちらは無生殖……つまりは自分の複製コピーを作るような物で、性格こそ移植先の人間に左右されるものの、ほぼ百パーセント同一の性能を有する事が出来る。祢々子が怒った時に発揮する爆発力は、これに由来しているのだ。


『水難事故、ですか?』

『いいえ。あの子はね、自殺したのよ。海が大好きな幼馴染の男の子に先立たれてね』

『自殺……』

『見ていてあまりにも不憫でね。……思わず昔の自分を思い出しちゃって、ついついやっちゃったの。だけど、後悔はしてないわ。今のあの子は、とても楽しそうだもの』

『………………』


 竜宮童子は、何も言えなかった。


(……いや)


 否、言わない訳にはいかないだろう。例え相手が上位の妖怪だとしても、宣言しない訳にはいかない。


 だって、また捨てられるから。


『オレは――――――』

『ヴォオオオオオッ!』

『『!?』』


 だが、何かを言う前に、全てが急転した。


『危ない! ……ぐっ!』

『バヴォォオオオオッ!』

『オカン!?』『ビババ!?』『禰々子さん!』


 刹那、禰々子が吹き飛ばされる。竜宮童子を庇って、“攻撃”を真面に受けたのだ。


『グヴォオオオオン!』

『な、何だこいつは!?』


 それは、首無しの巨人だった。禍々しい鎧で身を包み、手には馬鹿デカい戦斧を持っている。胸に二つの発光器官を輝かせ、胴に大口を開き、無い頭の代わりに鬼火を灯す姿は、人型ながらも完全な異形であった。


『首が無い……「デュラハン」か!?』

『いや、あれは「刑天けいてん」よ。見て、胴体に顔がある』

『刑天!? いやいや、どっちにしろだ! 中国妖怪だぞ、刑天は!?』


 「刑天」とは、中国に伝わる首無しの巨人である。かつて「天帝(古代中国における最高神の事)」の座を掛けて黄帝と争ったが力及ばず首を切り落とされ、それでも怨念の力で乳首を目に、臍を口に変えて暴れ回ったという。こいつはその子孫に違いない(伝承の個体自体は討伐されている)。

 ようするに、神に最も近い力を持つ妖怪、という事だ。



◆『分類及び種族名称:悪魔超人=刑天』

◆『弱点:不明』



『何て事するんやぁあああっ!』


 と、母を吹っ飛ばされた怒りで凶暴化した祢々子が、刑天に飛び掛かった。


『よせっ! そいつは火事場の馬鹿力でどうにかなる相手じゃない!』


 竜宮童子が止めるも、遅かった。


『ゴヴァアアアッ!』

『がっ……!?』『ビバァッ!』


 刑天が口から熱線を吐いたのである。ビバルディが盾になったものの、それでも祢々子の全身が焼け焦げた。


『ガヴォオオオッ!』

『ぐっ……!』


 さらに、戦斧を振り回し、風圧だけで祢々子を吹き飛ばす。その一撃で祢々子は戦闘不能となり、三途川の堤防が抉れた。とんでもないパワーだ。流石は神級の妖怪なだけはある。


『ヴォァアアアアアッ!』


 刑天が止めを刺そうと襲い掛かる。


『……チクショウ!』『あ、童子くん……』


 しかし、間一髪で竜宮童子が助け出した。思わず、身体が動いてしまった。

 だが、何も終わってはいない。刑天の追撃は続いている。水上を遡行する竜宮童子たちに、戦斧が迫る。


『せぇいっ!』

『な、お前!?』


 そんな大ピンチに、別の小さな影が割って入った。呵責童子である。全身から蒸気が上がり、目にも止まらぬ速さと凄まじいパワーを発揮している。彼らは体内に多量の菌類を共生させているが、それを燃料にしているのだろうか?


『ドラララララララッ!』


 しかも、まるでゴムのように両腕を伸縮させ、マシンガンの如く拳を刑天に叩き込んでいる。一発一発が内部まで衝撃が伝わる発勁の拳だ。


『ガヴォオオオァアアアッ!』

『クソッ、流石に硬過ぎる!』


 しかし、刑天の鎧は堅牢で、僅かな凹みも出来なかった。この分だと、鎧通しも効いていない。


『ギャヴォオオオオオオ!』

『ぐわっ!?』『くぅぅっ!』


 そして、刑天がタックルで文字通りの鎧袖一触にして、熱線で再度焦がされた。やはり、小童では大妖怪には敵わなかったよ……。


『ブルヴォァッ!』



 ――――――ガキィイイイン!



『ゴァッ!?』

『いい加減に……』


 だが、止めの大切断をダメージから復活した禰々子が白刃取る。


『しろやぁあああああっ!』

『ゴバァアアアアアアッ!?』


 さらに、そのまま握力だけで戦斧を砕き、追撃のギガトンパンチで一発KOした。流石は関東最強の女大将。神に準ずる妖怪相手であっても引けを取らないようだ。


『ゴハッ……!』


 魂の一撃で鎧を破壊され、内部構造を滅茶苦茶にされた刑天はゆっくりと倒れ伏し、二度と起き上がる事は無かった。


『た、助かりました』

『愛娘を助けたのよ』

『ははは……』


 母は強し。


『お前もありがとな』

『流石にあんな大騒ぎされちゃね』

『悪かったよ……』


 呵責童子こいつも大概にお人好しである。


『それにしても、何でこんな所に刑天が?』

『さぁねぇ……んん!?』


 ふと、刑天の死体を見た呵責童子が唸る。


『こいつ……死んでるぞ。それも、今々の話じゃない。死後、数週間は経ってる』

『馬鹿な……それじゃあ、死体が勝手に動いてたってのか!?』


 死後に人間が悪霊や妖怪に為る話はよくあるが、厳密に言うと“死んだまま”ではない。死体に何かが乗り移り、自分に都合の良い身体に作り変えているだけ……謂わば“生まれ変わった”状態だ。本人が蘇った訳では無く、あくまで参考にしただけの別物なのである。

 妖怪だって、生きているのだから。


『ん……?』


 その時、竜宮童子が何かに気付いた。


『油?』


 それは「油」だった。刑天の死体から、血液の代わりにドス黒くギラギラとした油が流れ出ていたのだ。


『これは……』

『触らない方が良いわ。何か嫌な感じがする』


 と、油を調べようとした竜宮童子を、禰々子が止める。悠久の時を生きている彼女が言うのだから、そういう事・・・・・なのだろう。


『何か、妖狐の扱う油に似ているね』


 すると、呵責童子が意外な答えを示した。


『じゃあ、妖狐の仕業だってのか? でも、刑天レベルの化け物を傀儡にするなんて、それこそ気狐や仙狐じゃ利かないぞ?』


 狐にはランクがある。時と修業を重ねる毎に「野狐(妖気を帯びただけの狐)」、「気狐(術が使えるようになった狐)」、「仙狐(神通力を発揮出来る上位の狐)」と階級を上げて行き、遂には「九尾狐(文字通りの神となった存在)」へと至る。

 刑天は個体にもよるが、神通力程度は簡単に跳ね除けてしまう。本来なら、それこそ神でもなければ対抗出来ない妖怪なのである。


『いや、それは分からないけどさ……』


 結局、謎は謎のままだった。


 ◆◆◆◆◆◆


 その後、一同はそれぞれの帰路に着いたのだが、


『“娘をお願いね”か……』


 結局、竜宮童子は言い出せなかった。その前に禰々子が言うだけ言って去ってしまったからだ。そういう多少強引な所は娘にそっくりである。


『オレは、どうしたいのかな……』


 それに答える者は、居なかった。




『安心しなよ、坊や。……お前は、もうすぐ死ぬんだから』


 刑天を殺し・・・・・傀儡にして・・・・・嗾けた奴以外は・・・・・・・

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