第三〇話 『イメージチェンジでぶっ壊す』

 自宅の玄関扉の前。俺はドアノブに手をかけ何度も深呼吸をしながら、恐怖と緊張で震える身体を必死に押さえ込んでいた。


 この扉を開け、家から出れば今の状況を変える為の博打が始まる。

 失敗すれば、今よりさらに華凛に心配をかけることになるだろう。

 そうなったとして、全ての程堀が冷めたときに彼女へ全力で謝ったら、許してくれるだろうか。きっと、ものすごい怒った演技をしながら涙をながすんじゃないかな……。


「あいつ、心配性だし、普通に俺が小さいことで傷ついたとしても気にしてたしな」


 簡単にその姿が想像できてしまい、さらに想像できたその姿が彼女らしいかわいらしくい癒やされるもので、恐怖と緊張を忘れて、ついつい笑みがこぼれる。

 彼女のことを考えるだけで、幾分か気が紛れてしまった。

 あぁ、彼女はやっぱり凄いな。

 俺はひと思いに足を踏み出し、押し込むように体重をあずけてドアを開いて、家から飛び出す。


 その直後だった。ポケットに入れていたスマホが振動し同時にベルの音が鳴り響いた。

 これは、メッセージの通知だろう。

 内容を確認するべく歩きながら、画面を覗いてみれば、二人からのグループメッセージだった。

 

『俺達は既に待ち合わせ場所についているけど、楓の方はどうだ? 死んでたりしないか?』

『一応、無理だったら休みの報告だけはしておいてあげるから、すぐに言いなさいよ』


「ふっ、そんな心配お前らのせいでもういらないよ」


 若干重くなっていた足が、二人のメッセージで軽くなる。『心配するな』とだけ返して、二人の元へ足取りかろやかに駆け出す。

 多分、二人がいれば何が起きてもリカバリーが出来る。この二人と華凛さえいれば俺はなにがあってもきっと立っていられるだろう。だから、勝手に遠慮をしている華凛の手を掴むために今日は動くのだ。

そんな気を持って合流をすませる。


「あれ、思ったよりはやかったじゃない」

「これはあれじゃないか? 神無月さんへの愛の力じゃないか? 五年も片思いできる奴が新しい恋の為に奮起してるんだ、それくらい吹き飛ばすだろうよ」


 驚く美甘に、茶化す愁。

 多分気を楽にしようとしてくれているのだろうが、絶妙にムカつくな。


「ふふそうね、それじゃあ確認だけど、教室の近くまでは私達が視線避けになるのを意識して登校して、教室ぶたいの前まで来たら別れる、でいいのよね?」

「あぁ、それができれば最高だ」

「それじゃあいきましょうか」


 美甘のかけ声で、三人の足が前へと運ばれる。

 そういえば二人と一緒に登校するのは、何時以来だろうか。少なくとも二年は一緒に登校なんてしていない。久々がこんな大がかりな登校になるなんてと、苦笑いを浮かべながら、足を進める。

 住宅街を抜け、大通りまでくれば一般人からの視線がとんてきて、心臓が警戒しろと、鈍い痛みを伝えてくる。気のせいや自意識過剰、うぬぼれでなければ、すれ違う人達みなに凝視されている用な気さえする。

 うん、ちょっとずつだけどキツくなってきて、ふらついてしまった。

 そのまま、隣をあるいていた愁にぶつかってしまうが、彼は気にした様子もなく、俺をたて直してくれて、そのまま背を押してあるかせてくれる。

 

「ちゃんと学校着くまでは守ってやるから安心しろよ」

「そうよ、倒れそうになっても、ぶつかってきて良いから、そのにささえなおしてあげる」


 学校付近までくれば、俺達に視線が集中していた。

 美甘や愁の容姿や人気についている者もあるだろうが、この視線の殆どが今の俺に向っている。想定通りだが、予想外の多さだ。校門を抜けて下駄箱までの一〇〇メートル間で、すでに一クラス分以上の視線が向けられいるだろう。

 ここ数日多くの視線を向けられることに耐えてきたが、教室にいるときの物とは比べるまでもなく多く、酷い数なのだから。痛いし、気持ち悪いし、ちょっとでも意識を抜けば、また、ふらついて二人にぶつかりそうだ。

 

「大丈夫そうか? 楓」

「まぁ、なんとか、普通にここ数日ずっと晒されてきたからな、ギリギリ耐えられそうだ」


 なんとか校舎内に入れば、ここ数日はやし光橘みつきから感じていたものとおなじ、跡をつけられているような感覚が複数。

 多分、俺の状態をみて、なにかあると野次馬を働かせて、ついてきている人達だろう。

 増えた視線に、耐えられそうに無くなるがエリザ状態の華凛を思いだし、彼女と同じように自分の中で最も強い役者の演技を、頭に思い浮かべ、この人であれば、こんな状態でもなんなく舞台に立つだろうと心を保っていれば平気になてきた。


「それならよかったよ。なら、もう俺は止めないから教室についたら全力でやってこいよ」

「そうね、私達はここで一旦後ろに下がっておくからやるべきことをしなさい」


 頭にエリザ状態の華凛を思い浮かべ、彼女の演技を入れ混むようにイメージし、武装していれば、背中を押すように、耳元でそう囁かれ、自分の想定よりもより武装が強固になってゆく。

 

 後ろの扉からら教室へ入り、華凛の机へと向う。まずすることはそれだ。

 目的の為に教室へと一歩踏み出せば、すぐに数人のギョッとしたような視線が飛んできた。その人達の驚いた様子につられてか、周囲の人達の視線も徐々に俺へと集まってくる。

 いつもの如く心臓が騒ぎ出すが、それを無理矢理抑えて足を進める。

 華凛の机へと到着した時には、全員の視線がこちらへと向いていた。

 

「え、え? 嘘? 夢見てる?」

「ねぇねぇ、あれって何? あれってそう? 違う?」

「屋久島大樹じゃさすがにない……よな?」


 視線と同じく、彼等彼女等の口から出てくる言葉も俺への疑問、疑念で一杯のようだ。

 父親に無理矢理出演させられた息子自慢の番組。その時の容姿を真似るように髪を切っただけなのだが、まさか親父と間違われるなんて思わなかった。

 あの人、歳を感じさせないくらい若々しくて今でも平然と高校生の役とかもらってるみだいだし、一応おかしくはないのかな……。

 俺自身も若干困惑気味になりながら、華凛の机に手を置いて釣りをするように、動きがあるまでただ待つ。


「あ、あのー。もしかして神無月さんに用があるんですか?」


 クラスメイトが騒ぐ中、俺へ一人の女子生徒が声をかけてきた。それは、予想してた人物。であり目的人物でもある林光橘だった。

 承認欲求と、皆から善人として扱われたいという願望を叶えたいという欲望のまま行動していそうな彼女だ。真っ先に声をかけてくるだろうという予想が当たって良かった。

 彼女の目は話しかけて好意的に接して貰えば、話題の人になれると瞳が輝いていた。


「あ、あれごめんなさい。聞こえていますか? 芸能関係で何かあるのだと思いますけど……」

「ちょっとうるさいよ」


 俺は彼女を一瞥し、ここ数日の不満をそのままに、悪癖を利用して特大の感情を込めて本音を飛す。

 その言葉に林光橘が何か言ってきているが聞き流し、俺がやろうとしていることに必要な役者をだまって待った。

 

 幸いなことに、すぐに、お目当ての人物が見え、そいつが教室に入るタイミングに合わせて、俺は声を張り上げ、このくだらない博打の為の最初の台詞を告げる。


「おはよう華凛」

「へ?」


 いきなりの状況をして、俺の変化に驚いたのだろう他の人よりも圧倒的に目を見開いて、何をいおうとしても、声が出てこないのか、口を半開きにして華凛は固まっていた。


「あ、あなた……楓さんでいいのよね?」

「ちょっと髪型を変えたくらいで俺がわからなくなるって、そんなに華凛が白状とは思わなかったよ」

「な、何を……」


 さて、文字通り悪役女優の仮面を被ったヒロインこれで丁度役者が揃った。

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