第二九話『手紙』

 足に当たった何かを何となく拾い上げれば、それは濡れないようにジップロックに入れられた茶封筒だった。

 こんなことする奴なんて、一人しかいない。

 裏返してみればやっぱり『楓さんへ』と、空き教室へ呼びだされた時の茶封筒と同じ字で書かれていた。

 綺麗で整っているが、隠すように細かい箇所が丸みを帯びている、そんな華凛らしい字だ。


「これ、何書いているんだろうな」


 華凛から数日一切連絡がないことと、今回の噂。考えて見れば良いことが書いている気がしない。

 噂に関しては、遊園地の時撮られた写真が原因だ。もし俺が遊園地で警戒していれば……もし遊園地になんていか……だめだ。これだけは絶対に考えてはいけない。楽しかったのも、楽しんでくれたのも事実なのだ、それを否定しては行けない。これ以上中身に関して考えても悪いことしか浮びそうに無かったので、早々に読むことにした。

 手紙が濡れないように、展望台の柱の陰まで行き、傘を脇に挟んでから封を開く。


『これを私が置いた翌日に読んでいるなら、遊園地開けて二日ぶりですね。雨のせいで一切来ていないのなら、何日ぶりになっているのでしょうか』


「昨日、来てたのか……」


 もし、昨日俺もここに来ていれば、今日の悩みは簡単に解決できたかもしれない。

 ちょっとだけ暗い気持ちになりながら、こんなところで止っていたらダメだと、手紙の続きに目を通す。

『楓さんは私から連絡が無いことで不安になっていませんか? なってくれていると嬉しいです。なんて言ってはいけませんかね、私は不安です。連絡が取れない理由を言ったら、楓さんに怒られそうなので不安です』


「なんだよ、怒りそうなことって……むしろ呆れてるよ全く」


 学校で、思い詰めたように何度も俺を見てきていたから、一体何を書いているのかと身構えてしまったが、いつもメッセージで送ってくるような彼女らしい書き方に、強ばった力が抜け、笑みがこぼれる。

 ジップロックに入っていたのが、茶封筒だったから呼び出しの時のような硬い文章かと思っていたがそうじゃなくて良かった。

 この感じなら身構えることなんてなかったな。そう思いながら、続きを読もうと手紙へと視線を落とす。


『あの日の朝なんですけど、始めてながらスマホしまして、人とぶつかってスマホを落として壊してしまいました。それで……今日までなかなか連絡が取れなかったって感じなんですけど、楓さん今これを読んで絶対怒ってますよね?』


「怒ってないよ」


 むしろなんだか華凛らしいと思えて、ついつい笑ってしまったくらいだ。

 あぁ、さっきまで暗い気持ちになっていたのがどんどん晴れて行く。

 これもこの手紙と彼女のおかげだ。

 というか俺、華凛の文章になれてきたな。最初は誰だよって思うくらい、普段の華凛とメッセージ上での彼女が結びついていなかったが、素を知れば知るほどしっくりくる。こういうところも好き、だな……。


『さて、一つの本題を終えたところで、もう一つの本題へ行きましょう。私と貴方の関係がどういうわけか曲解して広まっていると言うことを聞きました。これもまた誰が撮ったか分りませんが私達が遊園地で遊んでいる時に盗撮された写真が原因のようですね』


 次の話題に入った瞬間に雰囲気が変わった? この感じエリザの演技しながら書いてるのか?


『目立てない貴方が、噂のせいで悪目ちしてしまって、見ているだけで苦しい思いをしているのが私はとても辛いです、心苦しいです。貴方の痛みがただ一緒のクラスにいるだけで伝わってくるから』


 途中から文字が震えている。ちょっと読みにくい位に、震えている。

 だめだ、彼女が俺の苦しみを何となく感じているように、この、この手紙で彼女がどこまで思い詰めているのか分ってしまう。こみ上げてくる感情に足の力が抜けて、立っていられないと座り込む。

 痛みじゃない苦しい感覚が胸を締め上げる。そして、気づく。


「文章がエリザっぽいの、最初の呼び出しの時も、この手紙の途中からも、あいつ強がってたのか、強がってかいてたのか……」


 そうだ、エリザは彼女にとっての鎧だ。彼女自身がここでそう言っていた。

 だから、いつもの文章じゃ無いのは……。


『私はあなたを信じています。でも、もし今回の件で私と友達になった時に言ってくれた言葉が果たせなくても私は気にしません。にどと、関わり合いになりたくないと言うのなら私はそれを甘んじて受け入れましょう』


 さっき以上に文字が震え、途中からは紙に染みのようなものが浮び、文字が若干滲んでいる。

 この滲みがなんなのか、何となく想像が付いてしまって、再度胸が痛くなる。


「思ってないなら、そんなこと、書くなよな……」


 この染みのせいで、本心が分ってしまったせいだろう。

 俺も、この手紙に染みを作りそうになってしまった。染みを作るものが勝手に出てきてしまう。


『もし大丈夫だとしても、暫くわたしはここに訪れません。これ以上何かあったり、噂が長引いて注目されることがあったりしたら、ただでさえ辛そうにしているあなたが、あなたの体が、とてももちそうには見えないですから……だから私はあなたに会わないようにします』


 続きを読んで息をのむ。

 この長雨が終われば彼女と会うことが出来る。会って話をして、彼女が今不安に感じていることを誤解だと振り払える。そう思っていたが、彼女の方からそれはいらないと拒否している。

 こんな文章無視してしまいたいが彼女が俺を心配して言っているのに言ってくれているのに、我が儘で会うわけにはいかないし、会って余計に体調を崩すようなことがあったら、こいつはきっと自分を責めるだろう。自分のせいだと思うだろう。

 今、そう思っていないことが不思議なくらいなのに……。

 勘違いが多くて暴走しやすい華凛が、ちゃんと現状を見つめて、行動している。

 だから、俺も我慢――


 ――なんて出来ない。


 彼女を好きだと思ってしまったから、どうしても我慢が出来ない。

 今までとは逆に、俺が勘違いで暴走しそうだ。

 その、どうしようもない感情を自らの胸倉を掴んで必死に抑えようとして、やめる。

 そんな事をしてしまったら、手に握ったままの思いの固まりが、くしゃくしゃになってしまう。

 それだけはどうしてもいやだから、なんとか胸に湧き上がる感情を抑え、手紙を濡れない用にジップロックに戻そうとして、指をどけたところで見つけてしまった。


  消しゴムで消そうとこすったあとだろう。炭の跡が広がっているそこには、うっすらとだけれど一言、どうしても無視できない言葉が書きけされていた。



『会いたい』


 あぁダメだ。

 

 俺のことを大切な友達だと言って、平然と庇ってくれた、手紙を書いてまで案じてくれた。そして何より、好きな女の子をこれ以上悲しませるわけにはいかない。寂しい思いをさせるわけにはいかない。彼女はきっと、俺が苦しみなく平穏に過ごすことを望むだろう。

 だけど、ダメだ。今思いついた。この状況を少しだけだが変える方法を。この現状から一歩踏み出すための……俺ができる行動を。

 

 それは失敗すれば周りから嫌われ、傷つくようなこと、苦しむようなことだ。

 成功したとしても苦しむことには変わりないし、得られるものはたかが知れてる。だけど、このままの状況を俺は許せない。

 そのために、まずは協力を頼もうと友人二人に『手伝ってほしい』と連絡を飛ばす。


 すぐに二人から『しょうがないな』なんて返ってきて笑みがこぼれる。

 やっぱり、こいつらも最高だ。俺にとってはこれ以上無いくらい最高の友人達だ。


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