第二八話『喪失感』

 写真が広まり、クラスの空気が嫌なものになった日から三日が経った。

 相変わらずいろんな感情の乗った視線が四六時中周囲から飛んでくる。

 中でも厄介なのは初日に突っかかってきた女子生徒。名前は確かはやし光橘みつきだったか、その彼女は利用してやろうという視線を俺へ常に向けてくるのだ。


 俺が気持ち悪くなってトイレへ向っても、昼食を取ろうと人気のない方へ歩いても、その視線がずっとついてくる。

 そのせいで華凛はおろか、愁や美甘とも三日間まともに話せず、ついつい不満が溜まって「ストーカーかよ」と何度か一人になったときに叫んでしまった。

 

 そんな俺はやっとの思いで視線をまいて、空き教室の片隅で昼食をとっていた。

 そう、華凛が俺を最初に呼び出した時の教室だ。

 

 この三日、俺はどうにかして華凛と話を出来ないか考えて行動して来た。

 展望台に行ければ一番話せる可能性があるのだが、降り続いている長雨のせいで、いまだに行くことが出来ていない。

 だから、色々と考えて、華凛と会えそうな場所を回っているのだ。

 喫茶店や映画館、二人の行きつけになったカラオケ店を昨日は巡り、今回は彼女が以前昼食をとっている場所だと言っていた、この場所で待っているわけだ。


 華凛が来てくれれば彼女の抱えているだろう不安も、俺の不安と共に解消されるそんな気が知れならない。だから俺はここで待っている。待っているんだけど多分、華凛は来ない。

 

 昨日からずっと、思い詰めたように俺を何度も見てきている彼女は、あからさまに俺を避けていた。俺が、近付けばすぐに教室を出て行き、何処かへいってしまう。

 教室移動の関係で、すれ違いそうになれば、誰が見てもわざとらしいと思えるような演技で忘れ物をしたと距離を取る。

 そんな行動が一度や二度ではなく、この短い間に何度もあった。


「嫌われた……のかな」


 どんなに否定しようとしても、あの行動の理由を考えればそうならざるをえなかった。それに、やっぱり未だに既読すら着いていないメッセージランを眺めれば、否定する気力すら出てこない。

 

 あの日、放課後になれば、既読がついて何かしらのメッセージが来るもの、そう思っていた。そう、確信をしていたのだけど、あれから二通、三通送ってもなんのアクションも無い。

 

 彼女のことだから、焦ってアカウントを使えなくしてしまった。なんてありえそうでないだろうことを考えて、気を紛らわせるくらいしかこの件に関してはできることがなかった。

 もう、本当に会話さえできれば……。

 

「はぁ、何がわるかったのかな……」


 トーク画面を開いたまま、俺はため息を吐くようにもうここ数日なんども呟いている言葉をまた零す。


『楓、最近のあんたやばいけど、本当に大丈夫?』


 そんな風にしているときだった。美甘から気遣わしげなメッセージが送られてきた。

 あぁ、ここに来る前に心配されてたんだったな。

 

『心配いらない。今はトイレに駆け込まなくてすむくらいには、引いてきたから』

『そっちのことを言ってるんじゃないわよ。神無月さんとのこと、連絡付かなくて結構こたえてるでしょ、あんた』


 殆ど間を開けずに、送り返されたメッセージにドキリとした。

 完全に図星だったからだ。今は周囲の視線からくる痛みよりも、華凛とここ数日まともに会話できていないということで胸がずっと痛いのだ。小説や映画、演技なんかを見て誤魔化そうとしても、その傷みは何故だか離れてくれないのだ。


『楓さ、もしかして神無月さんのこと好きになったんじゃない?』


「う、へぇ? 俺がか、かか華凛を好き?」

 

 美甘からの追撃に変な声が上がって、血管にお湯を混ぜられたのかと、錯覚するほどに全身が熱くなる。恥ずかしそうにはしゃぐ心臓が、その熱をさらに加速させ、ただ慌てるしか出来ない。否定しようとしても、


『そそほんなことないかち』


 なんて『そんなことないから』と打とうとしたのに、動揺して誤字だらけの文字を送ってしまう始末だ。 


 俺が華凛を好き? 

 いや、すきだけどそうじゃなくて


「だって俺にはもう好きな人がいるし……」


 自分の口で言い訳を呟いて、遊園地で結局戯論を出さずにいた華凛と初恋の子に共通点が多いことを思い出す。


 華凛なら撮影現場で会う可能性だってある。髪の色だってウィッグの可能性は大いにある。それこそ彼女は遊ぶときに毎回髪色や髪型を変えてきているのだ。幼少のころからそういうことをしていたとしてもおかしくはない。性格も表向きのほうは違うけれど、素の華凛と彼女は一緒だ。

 だから、やっぱり同一人物って可能性も……。


 いやあったのは、『メ隠す教室』が始まる前の話だ。彼女のデビューはあのドラマだし、撮影現場にいるなんて可能性があったとしてもかなり低いだろう。それに今ならいざ知らず、五年前の小学生がおしゃれといえどウイッグ被るって遊ぶなんてことをするだろうか。

 性格だって、五年も経っているから、いろいろと変わっていておかしくないと思う。

 そもそもだ、彼女と似通ってて見惚れたことからその事を考えたが、初恋の少女がもっと違う性格、容姿だったとしても、多分あの時俺は華凛に見とれていただろう。それくらい彼女の表情や仕草は魅力的だった。


 あれ、え、いや、え? だったら寧ろ、ただ純粋に、華凛に見惚れていた? 惚れていたのか? 華凛を好きになっていたんじゃないか? 本当に? 


 大量に湧き上がってくる疑問。一旦落ち着くため、深呼吸をしようと胸に手を当てた時だった。

 ドクンドクンと強く脈打つ鼓動が、どこか「やっと気づいたのか? ずっと訴えていただろう?」といってくるように心地よく音を早め出した。


 この、感覚をどうするべきか一人、空き教室で逡巡していれば、午後の授業のが始まることを伝える予鈴が鳴り、教室にもどることになった。

 色々と彼女のことを考えながら戻れば、自席についていた華凛と目があった。


 先程までドクン、ドクンいう、ただの大きめの音だった心臓は、ドンッ、ドンッ、バクバクと太鼓を叩いた時ような全身を震わせるほど音へと変化していた。その衝撃が、どうにも理解出来なくて、彼女から逃げる様に視線を背け自席にへと駆け出した。


 やばい、なんだあれ。なんだこれ。

 

 俺の混乱は暫く続き、気づけば全ての授業が終了していた。いや、終了してからも暫く、正常な意識ではなく、きづけば傘して家路についていたくらいだ。

 我に返ったのはボーッとしていたせいで赤信号だったのにも関わらず進もうとして近くにいた車にクラクションを鳴らされたからだ。その、轟音で意識を取り戻したと共に、投げ捨てた傘を拾って重要なことに気づく。


「あれ、雨……上がってる??」


 どんよりとした雲はそのままだが、雨は一滴も落ちてきていなかった。スマホを取り出し天気予報を確認すればいつのまにか雨が上がっているという事実に気付かされた。


「雨が上がったってことは」


 気づいた瞬間、行動に移そうと考えるまでもなく、体は一人に走っていた。

 運動音痴で基本的に走りたくない俺だけれど、かけずにはいられなかった。華凛に会えるかもしれない。華凛に会いたい。会いたいと、恋心を燃料にして自分の中の最速で俺は展望台まで走りついた。

 早くきたところで華凛に盛られてある事実は変わらない。けれどいてもたってもいられずについていた。


 空き教室と同じで多分華凛は来ない。

 来ないだろうが、いつまでもここで待っていようと椅子に腰掛けたときだった。がさりと人工的な感触の何かが足に当たった。



 

 

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