第二七話 『本心……』
放課後。私は雨の中展望台のベンチに腰掛け、楓さんを待っていた。
彼がくれば今起きている問題への整理が多少着くだろうし、彼自身も不安を抱えていそうだから、互いの不安を解消するために私は待っている。待っているんだけど多分、楓さんは来ない。
当たるだけでもちょっと痛いと感じるような打ち付ける豪雨の中、坂を十五分かけて登るなんてことはしないだろう。
今ここにいる私が馬鹿なのだ。こんな天気で彼が来るわけがない。それに、今日あったことを考えればここまで来る体力なんて残っていないはずだ。
心臓の痛みを耐え抜き、水の中にいるかのような息苦しさを我慢して、周囲からぶつけられる嘲笑や悪意に心をすり減らし、それらから湧き上がってくる苦痛の何もかもを封じ込めて一日。
私だったら途中で潰れ、保健室のお世話になっていたのは間違いない。
どう考えても、学校が終われば真っ先に家に帰り、ベッドに倒れ込むようなそんな疲労を感じていると思う。そんな状態でさらに無理してまで、来ることはない、だろう。
「来てくれない、かな……」
でも、それでも、私は期待していた。
そんな状態ですら有ってくれるんじゃないかと期待せずにはいられなかった。
だって、彼は私の心を何度も救ってくれた、私にとって二人目のヒーローだから。
救ってくれるんじゃ無いかと希望を抱いている。
今の私なら会うだけで安心するだろうし。数分会話するだけで今日受けた心の傷が癒やされるだろう。それだけ、私に取って楓さんという存在は大きくなっていた。いや、なっていっている。彼とすごすたびにドンドンと大きくなっていっているんだ。
だからもし、会える可能性が僅かでもあるなら、と私は彼がいつも登ってくる坂の方を見続けていた。
それに、散々救ってもらっているから、今度は私も助けたいのだ。
私も頼りになれる存在だと彼に頼られたい。そうやってもっともっと対等に……。
「くしゅん」
深く考え、何かにたどり着きそうだった思考が、くしゃみによって遮られた。
そして、没頭から引き剥がされたせいだろう。
服がほぼビショ濡れと言っていいほど雨に晒され、震えるほど身体が冷えている、今にも風邪を引きそうな状態になっていることに気がついた。
くしゃみをするのも当然だろう。まだここにいたかったが、今ここで体調を崩すわけにはいかない。もしかしたら、この体調不良がの原因が自分にあるんじゃないかと楓さんが悩むかもしれない。そうしたら、頼られるどころじゃ無くなってしまう。
後ろ髪を引かれるような思いいだけど、私はベンチから立ち上がり、坂を下り始める。
まぁ、いつも使っている道ではなく、楓さんに会えるかもしれない可能性をすこしでも手放さないために、遠回りになるが彼が何時も使っている方の道から降りてゆく。
でもやっぱり楓さんとは会えず、さらに酷くなった雨に、もう傘を差す意味が無いほどに濡らされたまま自宅の扉を開いた。
玄関には少し前に帰ってきていたのか、叔母さんが濡れた上着を脱いでいた。
ちょっと前に、雨足が酷くなったから叔母もそれにやられたのだろう。
「華凛ちゃん!? どうしたのそんなに濡れて」
帰ってきた私の状況にギョッとしていた。まぁ、それもそうだろう私の濡れ具合はバケツをひっくり返すかプールにダイブでもしないかぎりは実現しないようなレベルなのだ。
だから、いますぐにシャワーでも浴びて着替えたい。
「今からタオル取って……じゃなくて先に伝える事があったわね」
私の状態を見て、タオルを取ってこようと踵を返した叔母さんが、途中で何かに気がついたのか私の方に振り返り、伝えるべきことがあるといった表情を浮かべていた。
「あのね、華凛ちゃん頼まれてたスマホの修理、なんだけど……」
言いにくそうに、下を向き、人差し指をもじもじと突き合わせる叔母さん。
彼女の行動は続きを言うまでもなく、データがダメになったのだったのだとわかってしまった。これは叔母さんの悪いところだ。普段演技力で言いたいことをいってくるくせに、言いたくないことはこうやって無理やり察してこさせようとしてくるのだ。やっぱりこの人はずるい。
「そう、ですか……やっぱりダメでしたか」
「あ、でもSD内のデータは大丈夫みたいだから、写真とかは残っているかもしれないわよ」
「本当ですか!」
遊園地で撮った数枚の写真。
楓さんですら多分私が撮影していたと言うことに気づいていないだろう隠し撮り達。あれは昨日できた私の宝物のうちの一つで、それらが残ってくれているだけで、沈んでいた気持ちが浮き上がってくる。
あの写真達は後で楓さんに見せようと思っていたのだ。
残っていてくれたからその話しも含めて楓さんに見せられるとさらに気分が上がる。が、すぐに今は見せられないのだったと、さっきまで上がっていた気分が急降下した。
ちょっと自分の猪突猛進ぎみな部分が嫌になる。
「フフッ、中身を確認していないから分らないけどね。さて、この話は脇に置いておいて。華凛ちゃん。今日はいったい何に関して悩んでいるの?」
「え? えっとなににもなやんでいないですよ。身体冷えちゃうのでタオル取りに行きますね」
「ちゃんと言ってくれないとここはとおしませんよ」
いきなり図星をつかれ誤魔化してみるも、何を聞き出したいのだろうか、叔母は両腕を広げて通せんぼしてきた。
「はぁ、なにやってるんですか通してください。体冷えて風邪引いたらどうしてくれるんですか」
「それなら、学校を合法的に休めるからいいじゃない。辛いなら休んじゃいましょ?」
あぁ、本当にこの人はたちが悪い。なんてったて、やっぱり叔母は楓さんと同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に察する力が強い。誘導尋問も、それを導くための演技も上手いから、いつのまにかかくしていたこと全てが彼女に伝わってしまっていることもままあるのだ。
「それじゃダメです。私が休んだら彼は変に気にして自分のせいでとか思ってきそうです。それに彼と会える時間が先延ばしになってしまいます。私はいますぐにでも、彼に会っていろいろと話したいんです!」
「華凛ちゃんちょっと落ち着きなさい!」
前のめりになっていた私の肩を掴んできた。
その手には、押さえつけようとしているのか結構な力が載っている。
「早く会いたいという貴方の気持ちは今言葉からよく分るわ。でも、冷静になって一度考えてみてちょうだい? 事情はよくわからないけれど、貴方が安易に楓さんと会ったら、彼が困ったりしない?」
今安易に楓さんと会ったら。あの、私と楓さんを見世物として見ているようなクラスメイトにもし見られるような状態になってしまったらもし、私の気持ちを優先して会おうとしたら……。
多分学校でも二人っきりで会おうとしたら会えなくはないだろう。でも、今の状況であれば事態を悪化させかねない。雨が止むのを待って展望台で、会うのもそう考えたら悪手に見えてきた。今のクラスメイト達の好奇心は凄く厄介だ。
「華凛ちゃん、今どうするのが二人にとって最善なのかを今はよく考えてみまさい」
叔母に諭され……今日ずっと想い続けてきた彼に会いたいという気持ちが落ち着いてくる。
今この気持ちに従って動き続けたら多分私達は不幸にしかならないだろう。
「しばらく、距離をとるっていうのも選択肢に入るでしょうか?」
「それも、一つの手だと思うわよ。華凛ちゃんがそうすることに意味があると思うならそれも間違いじゃはないわ」
叔母の諭すような言葉に、今の自分たちが危惧するべきことを並べ考えれば、この事態が落ち着くまで会わないのが最善手になるだろう。
だけどそれは胸がきゅっと締め付けられる好意だ。
今の私はもう彼のいない日常が、以前までの私が、どう過ごしていたかを思い出せなくなっていた。それでも、平穏や互いの夢を叶える為なら、互いに幸せになるなら、そうするしかないのだろう。
私はこの選択肢を楓さんに会わず、理解してもらう方法を考え実行することにした。
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