第三一話 『悪役の本領発揮』

「な、何を……何をこんなところで言っているのですか……」


 気遣いから会わないと決めていた相手が、伝えていた相手が話しかけてきた。その状況に心と思考、両方の整理が付いていないのだろう。

 エリザの演技を入れているはずの彼女から、常に放たれていたあの存在感というか威圧感が、どうにも感じられなくなっていた。

 どちらかと言えば華凛の素に近い空気感だ。でも、それならそれで都合が良いと俺は今この状態でできる精一杯の笑顔を浮かべて、彼女の質問に答える。


「何をって、友人への朝の挨拶をしただけだろ? それの何がいけないっていうんだよ」

「……学校では声をかけてこない、そういう約束だったでしょそれに、貴方まだ手紙を読んでいないのですか?」


 混乱し慌てながらも、ここだけはハッキリ言わないといけない。そう感じられる気迫の乗った言葉を放ち、にらみ付けてくる華凛。その鋭く窄めた彼女の瞳は、俺への心配の色で染まっていた。

 申し訳ない感情はあるが、華凛が俺を想ってくれているという事だけで、今日いままで視線に晒されて来た苦痛が、癒やされたような気がする。


「手紙? それならちゃんと読んだよ、読んだからここにいるんだ。友達が事実無根の嘘を広められ、苦しんでる。そんな状態で何もしないなんて選択肢は俺には無い」

「何なんですか……もう」


 俺の回答に華凛はどんな感情をいだいたのだろうか。さきほど鋭くなった空気がまたすぐに緩くなってしまった。心なしか、エリザの演技が崩れない範囲で表情も緩くなっているような気がする。


「――――って、誤魔化されませんよ」


 彼女が何かに気付くと共に、緩くなりかけていた空気は完全にいつものエリザのものと遜色無いものまで張り直された。状況が状況な為しかたないのだろうが、空気がまた変わった。

 そして、文句を言うためか華凛は俺との距離を詰め、眼前と言っていいほどまで顔を近づけてきた。


「楓さんその格好は何なんですか! 父親が有名人なことを隠して学園生活を送りたいって、そう言うから私は黙っていたのに、なん自分から暴露してるのですか?」

「いや、こうでもしなきゃ俺と華凛が友人だなんて誰も信じないんだからこうするしかないだろ」

「勝手に行動しないでください。そんなことしなくても、そんな不利益を被らなくても、ほとぼりがさめるまでかかわらなければいままで通りにすごせていましたよ」

「勝手に行動しないでって、それはこっちの台詞だよ。何だよほとぼりがさめるまで関わらないって、そんなの出来るわけないだろ」


 言い合う予定は一切無かったのに、気づけば互いに本音を零しあっていた。

 ほぼ俺の一方的な会話になるかと登校前は思っていたが、数日ぶりに俺と話すから、どう接すればいいかまだ整理がついていないのだろう。今の華凛は人前だというのにエリザを入れ混んだ演者ではなく、完全に一人の少女として俺と相対していた。


「「だいたい、華凛(楓さん)は強情すぎ、本当に重要なことを勝手に決めすぎ(です)!」」


 俺と華凛の主張が重なり、互いにぶつかり合う。


「な、決めすぎって人の事いえないだろ」

「その言葉そっくりそのままお返しします」


「あ、あなた達何を言っているの、友達同士? なんなのよいったい。喧嘩してないで説明しなさいよ」


 完全に二人の世界にはいっていたから今がどういう状態なのか忘れていた。

 周囲の心を代弁するように、林光橘が俺達の間に割り込んできた。

 予定では彼女にも俺の悪癖の犠牲になるのだが、ちょっといまはダメだそれよりすべきこと、言わなきゃ行けないことがある。


「「うるさい、部外者はすっこんでろ(なさい)。関係ないくせに勝手に当事者ずらして話しに入ってくるな」」


 そう履き捨て、自分たちの言い争いに戻る。


「じゃあどこが強情だって言うんだよ」

「楓さんにたいして前から言いたかったのですが、絶対に一度決めた事は譲らないですよね。場合によっては、私を誘導して無理矢理にでもその意見通そうとしてくるじゃないですか、それを強情って言わないでなんて言うんですか! 私未だにお化け屋敷に誘導したの許してませんからね」

「それは、負けず嫌いでちょろすぎる華凛が悪いだろ」

「ちょろいってなんですかちょろいって、そんなこといったら楓さんだってちょろいじゃないですか、私の演技にすぐほだされて!」


 人前だというのを忘れそうになるほど華凛に対する不満がもう、穴の空いた桶の水の如く零れだしてゆく。


「アンタたちいじめっ子といじめられっ子でしょ。何を仲良く言い争いをしているのよ」

「「いじめっ子? いじめられっ子?」」


 意味の分らない単語に俺と華凛は仲良く復唱してしまった。

 あ、そういえば林光橘に色々と言わなければいけないんだった。

 忘れていた本題を思い出し俺は林光橘へと向き治り、彼女の求めていないだろう回答を返す。


 「それは、あんた達が勝手に決めた事だろ? 事実を良いようにねじ曲げたことだろう? 勝手に決めつけるなよ!」

「決めつけじゃ無いわよ、証拠があるじゃない!」

「あんなもののどこが証拠になるんだ、偏向報道もびっくりの喧嘩しているときだけを切り取ったものばっかじゃ無いか」

「偏向報道って、人を叩いてる写真とか召使いなんて発言をしている動画がまわってきたら誰だってそう思うでしょ! 悪役女優の神無月華凛がしてたら、クラスで一人ポツンとしてる人がされてたら誰だって思うでしょ?」


 どしどしと、俺達の回答に噛みつくように言葉を返してくる林光橘。

 

「そうだとして、私達はあなたの勝手な認識に迷惑を被ったのだけれど、何の言い訳になるのかしら? それはあなた個人の感想でしかないわよ。私達の一部抜粋されたしゃしんだけで、あんなに言ってきてたってことは、あなたほかにもこういうこと首突っ込んでるでしょ?」

「なによ、わるい? 誰かを助けようとして何が悪いのよ、そんな風にいわれる理由はないわ」

「助ける? 少なくともあんたのやったことは他人の事情に土足でふみいって荒らすだけ荒らして、私がいろいろしてあげたんだから感謝しろっていってるだけだぞ、その自覚はちゃんとあるのか? 勝手に決めつけてこうどうするなよ!」


 俺達の本音本心、多分モラハラとも言う回答に林光橘は俯き黙ってしまった。

 まぁ無理も無いだろう彼女が正義、優しさ、ほどこしだと思ってしていた行動、自分の立ち位置や皆からの認識が百八十度変わったのだ。

 その証拠に、彼女を肯定していたクラスメイト達は複雑な表情を浮かべながら彼女を見ているのだから。

 まぁ、俺達にくらいつこうとするような取り繕いにそうなったのかもしれないが。


「なによ、なによもう。あぁもう私が悪いのね、私が悪いのよね。悪者にってしまったら人気者になれないじゃ無いあぁ……」


 なんて一人、思考を整理するように呟いていた。その内容にどこかまた、偏った思考に陥りそうになってはいないだろうかと、不安になる。

 やりすぎて自暴自棄になったりしたら、ちょっと申し訳ないそう心配したのだが。 


「ごめんなさい。私がいけなかった。みっともなく事実から逃げようとしてたみたい」


 彼女は意外にもすんなり謝ってきた。不服とか、この場をやり過ごそうとか、そいう意図を感じ無い、なんというか純粋に結論にたり、素直に謝っている。


「いや、大丈夫だけど」


 何故? と思いながら彼女の顔表情を覗いてみれば、まだチャンスはあると再起しようとする人の表情をしていた。あぁ、彼女の目的はあくまで人気者になるなのか。そのために、下手にマイナスな印象を与えないようにそして、自分自身の納得や折り合いのために謝ってきたのだろう。

 なかなか、思っていた人物像と違っていて驚いた。

 結構純粋な人なのかもしれない。これは、俺も認識を間違えていたと言う事なのだろう。

 彼女の謝罪で全てが丸く収まったとけでは無いだろうが、一応ここまですれば周囲の誤解や華凛についた悪印象も以前よりかは良くなるだろう。

 まぁ、モラハラ説得のせいでマイナスかもだが。


 そう、納得し視界を辺りにム蹴れ見れば、いつの間に集まっていたのだろう。

 かなりの生徒が教室の前を囲っていた。あれ……やばい。

 今まで、集中していて気づかなかった。だが気づいてしまえば押さえ込んでいた、痛みや苦しみが一気に襲ってきた。その暴力といっていい感覚に、ふらりと視界が揺らぎ、つられるように足から力がぬけてしまった。


「楓さん? 大丈夫ですか……」


 倒れそうになっていた身体を華凛が支え、肩を貸してくれた。


「もう、無理して……今から保健室に行きますよ。そこの人達道をあけてちょうだい」


 やさしく俺にそう語りかけた後で、エリザの強い威圧を放ちながら周囲への命令。

 彼女の気遣いに苦しい状況ながら笑みがこぼれる。


 保健室まで駆け込めば、テキパキと対応をしてくれ、俺が辛く内容にと色々と動いてくれた。

 本当に良い奴だよ。

 そんな彼女に感謝ながら俺は保健室のベッドで横になり、胃の中のものを全てからにしていた。



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