第十二話『ともにするゲーム』

 神無月――。

 

 華凛との不毛な言い争いを終え、結局ゲームはすることになった。

 プレイするのは八〇種類以上のミニゲームが収録され、その勝利数で競うパーティゲームだ。

 今回は先に五勝した人が総合勝利を得られるルールで、今はその五戦目。

 追いかけてくる猛獣を障害物を避けながら食べられないようにするゲームの最中だ。

 残っているのはオレとNPCのもう一人だけ。そう、華凛はもう落ちている。開始二秒の時点で……。

 

「行きなさいNPC1! 楓さんの進行を妨害するのです。そしてこの勝負を延長させなさい!」

 

 俺を倒せとNPCへ届かない指揮をする華凛。彼女が何故こんなことをしているかといえば、今の所俺が四勝しているからだ。勝ち抜けば俺の優勝でゲームは終わる。

 この場をしのいで最低でも一勝したいのだろう、NPCへの言葉に非常に熱が入っている。そんな彼女の願いが届いたのか、ベリーイージーに設定し全くと言っていいほど妨害行為をおこなってこないNPCが、絶妙なタイミングで邪魔してきて負けてしまった。


「あ、よくやりましたNPCさん。褒めて上げましょう、次の試合では私に道を空けなさい!」


 自分が勝利したかのように物凄く喜んでいる。楽しそうで何よりだよと、苦笑いを零し、覚えてろよとにらみ付ける。

 とりあえず華凛が落ちるまでは手加減や、気づかれないようにアシストをしていたが、もうやめだ。ここからは本気でやろうと、次のミニゲームを決めるルーレットを回す。


「よし、これ得意な奴だな」


 ランダムに縮小してゆく足場から落ちないようにするゲーム。相手を掴むことができ、普通に妨害可能なミニゲームだ。ノーマル以下に設定されたNPCは掴んだりしてこないので、華凛さえ落とせば簡単に勝てる。


「え、頑張りなさいあなた達、楓さんに勝ちきるのです」


 俺の得意宣言に慌てコントローラーを振り回す彼女。あんな応援をしていた華凛が悪いと、ゲームの開始と共に彼女に近付いて、足場が縮小されるタイミングの少し前に彼女を掴む。


「え、ちょ、楓さんどこを掴んでいるんですかエッチ!」

「すげぇ人聞きの悪いこというなよ、な!」


 彼女の台詞によって動揺してしまい、その隙に彼女の操作キャラは拘束を解いて逃げてしまった。

 

「ふふっ、やっぱり楓さんは動揺すると素直なので動かしやすいです。通じるようなので場外戦術でも卑怯な手でも何でも使って勝利を勝ち取って見せましょう」


 仰々しく椎しくそんな台詞を吐いた後で、華凛の空気が急に落ち着いた。

 気になって横目で眺めて見れば、冷たくどこか含みを持たせた笑みを浮かべている。それは悪女の微笑みというに相応しい作為的なもので、台詞のもあってか、なにをいってくるのか心の盾を握る。 


「楓さんの片恋相手って友達の弥生美甘さんですか?」


 が、予想外のところから来た問いかけにせっかく構えた盾が落ちてしまった。

 別に美甘へ恋心を実は抱いていたとかじゃない。

 彼奴にたいしてそんな感情はない。そんなことではなく、どうして美甘と俺が友達だって華凛は知ってるんだ? と、疑問が頭の中を巡り、情報の整理が出来ずに固まってしまった。

 その数秒、操作をしていなかったせいで俺の操作キャラは奈落の底に落ち、四位の表示が成されていた。


「これで、私の白星かくとくでぇ……何をするんですかNPCぃ!」


 俺が落ちた嬉しさからか、挑発的に見下ろしていたのだが、そんなことをしていたせいでNPCの妨害を受け、華凛のキャラも脱落した。


 え、こいつ今のムーブしておきながら負けたの……。


「ふっ、ふふあはははすごい小物みだいだぞククッ」

「な、なに笑ってるんですかう、うるさいですよ! 私に想い人を当てられて動揺していたくせに」


 コントローラーを投げ捨てるようにおいて、ばしばしと俺の肩を叩いてくる華凛。

 可愛らしい反面普通に痛い。 


「いや、お前の予想間違ってるからな。美甘は唯の幼馴染みだ。それにあいつ好きな奴いるから変な勘違いしないでくれ」

「え、じゃあ楓さんは誰が好きなんですか?」


 なんとも答えにくいことを聞いてくる。

 俺は今抱いている好意が重いというか、ちょっと気持ち悪いと思っているから、正直言いたくない。言いたくないんだけれど、恋バナを楽しむようにワクワクとした瞳でオレを見つめてくる彼女が視界に入って気持ちが揺らぐ。

 断ったら、多分この表情はくずれる。壊したくはいという衝動的な想いから口を開いてしまう。


「親父の仕事についていって会った……名前も知らない子なんだけ……ど」


 探るように、区切り区切り言葉を切り出してゆく。

 悪い方に反応がいかないかと彼女の表情に注視するが、一切変わらない。

 むしろキラキラと楽しんでくれている。この反応ならと、胸をなで下ろして最後まで言うべきことを話す。

 

「ロケ地の待合室で一回だけ会って、俺に演技のすごさを教えてくれてた子」

「この子が楓さんの原点ということですね」


 不安な気持ちを抱かぬくらいすぐに、彼女は言葉をかえしてくれた。

 原点――彼女に演技を教わって、いろいろなことに触れてきた。今こうしているのも、全て確かに彼女のおかげだ。だから本当にそうだ。

 美甘や愁に言い、俺らしいと受け入れてくれた時とは違って、彼女の受け入れ方はものすごく身が軽くなった。



「あぁ、そうかな。そういう華凛は好きな人いるのか?」

「いますよ」


 また、すぐに返ってきたのは予想外にも肯定だった。雑誌の取材にも、テレビにもこのことを言及していたことはない。だから一分くらい程だろうか、心臓が止ったような気がする。

 気がするだけで現実では時間は一切立ってないのだけど。

 深呼吸を聞きながら、まだ何か言おうとしている華凛の言葉を落ち着いて聞き入れる。


「私も楓さんとにたように『メ隠す教室』に受かる前のオーディションで出合った子ですね。その子が私にとっての初めての友達で、初恋です」


 俺とは違い大切な、本当に大切なものを見せるように一言、一音を丁寧に語り聞かせてくれる華凛。自分の恋心をこんなにもさらりと話せるのか……。そんな彼女に憧れる。


「よく考えて見れば楓さんと私とで同じように、撮影現場という場所で片恋相手に出合っているのですね類は友を呼ぶってやつですかね」

「それをいうと、二人いるって言っていた一人の友達の方も、撮影現場で好きな人に会ってたりするのか?」

「え? どうして気づいたのですか? あっ――」


 何気なく冗談で言ってみたのだが、何故か言い当ててしまった。

 その気づいたことが問題なのか、

 

「黙っていてください。話したって言ったら桃ちゃんに怒られます」

「それりゃあ大丈夫だよ。俺と華凛の間で一体いくつ話しちゃいけないことがあると思ってんだよ。いまさら一つ増えたくらいで問題無いだろ?」


 気にしなくていいように、おちゃらけて話しかける。

 多分このままだと勘違いが続行しそうだが、話をそらしてしまおうと今思い出した疑問を彼女へ投げかける。


「それよりもそうだ。華凛、さっきの話なんだけど俺と美甘が仲が良いことを知ってるんだ?」

「ん? あぁ、そのことですか。私が昼食を取っている場所の窓から、あなた達楽しそうにしているのが見えるのですよ」

「何か視線を感じる事があったと思ったらまさかお前だったなんてなそんなに盗聴して何をみてたんだ?」

「そりゃあ楓さんですよ。私実はさっき初恋とは言いましたけど、いまも初恋が続いてるなんて一言も言ってないんですよ?」

「え?」


 私の気持ちに気づいていなかったの? とでも言いたげに俺の瞳を凝視してくる華凛。

 黒く透き通るような華凛の瞳に慌てているオレが映る。

 え、今彼女になんて言えば良いのだろうか、胸が締め付けられる。人に見られているような視線の不快感ではないが、息苦しい。

 え、どうしよう。


「なーんて冗談です。私はずっと初恋の子一筋ですよ。私に芸能界で活動し続ける希望を与えてくれた人は裏切れません」

 

 天使のように可愛らしい微笑みだが、やっているのは完全に小悪魔だ。

 あぁ、騙されてしまった。

 これは文句の一つでも言ってやないとななんて彼女の方に向けば、

 

「さ、ゲームに戻りましょ」


 とすでにスタートボタンが押された俺のコントローラーを押し付け、強制的にゲームを再開させてきた。


 まださっきの攻撃から回復しきってないのに、俺はまともに戦えないよ。

 もう……

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