第一一話 『雨宿り、屋内の雨』

 互いに着替えをすませ、俺の部屋で彼女の服が乾くまで時間を潰すことになった。

 半袖半ズボンの体操着しか持っていなかったみたいなので、風邪を引かないようにと電源を入れたヒーターを彼女の前に差し出し、ついでにエアコンの電源も入れておく。


「あ、助かるわ。なかなか気が利きますね葉月さん」


 神無月はさっきまでの緊張や慌て具合が嘘のように、リラックスしてヒーターの前で足をばたつかせ、温まっていた。


「じゃあ気が利く次いでに、飲み物入れてくるけど、コーヒーとココアと紅茶どれがいい?」

「ココアでお願いするわ」


 俺の出した選択肢に一切悩まず即答して来た。やっぱりこいつ、エリザのイメージと中身全く違うよな。

 いや、エリザもわりと甘い物好きなんて設定あったっけ。何てことを考えながら、キッチンへ向かい、自分の分のコーヒーと彼女の分のココアを用意する。


「あーついでに、調べておいた方がいいか」


 それぞれ、お湯と牛乳が湧き上がるまでの暇つぶしにと天気予報を確認する。

 どうやら雨は一過性のもののようで、夜までは降るわけではく三時間もすれば上がりそうだった。彼女の服が乾くまで一時間くらいだろうから、もしかしたら雨が止むまでここで休んでいくかもしれない。

 偶然訪れたチャンスをものにしようと、彼女が帰るまでに話をしないとと、意気込んで出来上がった飲み物を抱えな自室に戻る。

 部屋で待っていた神無月は手持ち無沙汰と言った様子で、ずっと俺の部屋をあちこち眺めていた。


「ほら、ココア。結構熱いから気をつけて飲めよ」

「ええ、感謝するわ」


 ココアを受けとった神無月は忠告を聞き入れ、結構入念に息を吹きかけ、熱そうにしながら飲んでいた。その仕草はエリザの演技としてはミスマッチだが、素の彼女をみていたからか、神無月としてはらしいなという感想が湧き上がってくる。

 やっぱりこいつ、中身と外見全然違うよな。なんてちょっと笑いそうになった。


「ん? 私をじろじろ見て何か用かしら」


 見ていたことに気づかれてしまったのは恥ずかしいが、良いタイミングだ。

 天気予報表示したままのスマホを彼女に差し出して、この後どうするのか尋ねる。


「雨、こんな感じで三時間くらいで止むみたいだけど、服が乾いたら傘借りて帰るか? それとも止むまで待つか?」

「そうね、せっかく今温めさせてもらっているのに傘を借りて帰るのもどうかと思いますし、暫くここにいさせてもらっても良いでしょうか?」

「かまわないよ。途中で帰りたくなったらちゃんと傘も貸すしから言ってくれよ」

「えぇそうさせて……あっ、そのお邪魔だったりとかしないかしら……」

「しないから気にするな」


 この間のことを気にしているのだろうか、結構しっかり伝えたんだけどな。まぁそれはそれこれはこれと言われたらッ仕方ないが、やっぱり、ちゃんと伝えた方が良いのだろうか。


「そう。あ! じゃじゃあせめて親御さんに挨拶させて頂戴。いきなりおしかけて挨拶もしないのは失礼だわ」

「えっと、両親とも撮影都合で今、海外だぞ」

「あ、そうでしたね。アメリカのドラマに出ていましたね……え、今誰もいないの二人っきりですか!」


 神無月は二人きりという事実に慌て、ガバリと勢いよく立ち上がって、


「あ、あつっ……」


 その時振動で手に持っていたココアが脚や服に零れた。


「おい大丈夫か、とりあえず落ちついてこれでふけ」

「あなたごときにいわれなくてもわかっています」


 彼女にテッシュ箱を差したが、慌てているためかすぐに奪うようにして取られてしまった。

 これ、見るからにティッシュじゃどうにもなりそうに無いな、と脚やカーペットを拭き始めた神無月の前を通って、クローゼットから着替えになりそうなTシャツやジャージを取り出し、


「これ、とりあえずもう一回外に出てるから、着替えとけよ染みになるから」


 そう言って、神無月の隣に置き彼女が着替えさせようと部屋の外で待機し、彼女の着替えを待ってから再度入室した。

 すると彼女はいつぞやのように土下座をして待ち構えていた。


「いろいろとごめんなさい……迷惑をかけてしまったわね」

「気にすんな、俺も動揺してたし。あ、確認抜けていたが火傷とかしてないよな?」

「ええ、そのへんは大丈夫よ。よく冷ましていたし。それよりカーペットとの方がもんだいよね」


 染みのようになっている箇所をもうしわけなさそうに眺めながら、告げている。

 もう、そんな心配しなくてもいいんだけどな……。


「ま、気にすんな後で掃除すれば問題いさ、それより三時間どうやって暇を潰すか考えようぜどれ見る?」


 彼女の気をそらそうと、棚につけた日焼け対策用のカーテンを開き、映画のディスクがずらりと詰められた棚を彼女へと見せ問いかける。前々から趣向が似通っているとおもっていた華凛はすぐにくいつき、食い入るように棚を眺め始めた。


「すごい名作が揃ってますねあれ、これもあるのですね、あこれも……ん? これは何ですか?」

「ん? あぁこの辺はゲームだよ。あそこのハード用の奴」

「これ、たしか複数人で友人とやるようなゲームでしたよね」

「そうだが気になるのか?」


 どこか、宝物を見る子供のような目でパッケージを眺めている。


「私がこのような遊びに興味があるわけが無いじゃないですか」


 がっつり横目で見ながらいっても説得力ないですよ神無月さん。なんて言いたかったし、なんなら悪癖のせいで言いそうになったが、多分いったら侵害だとメチャクチャ怒られそうだ。


「そうか、まぁなにかきになるものがあったら言ってくれ」

「言われなくてもそうしますよ」


 そう言って棚へとゲームを戻すが、彼女は名残惜しそうにソフトを見つめていた。

 そこから、いくつかのディスクを取り出し、軽く話し合ってミステリー系の洋画を見ることになったが、彼女の視線はちらちらとゲームのほうを向いている。


「それじゃあ、ちょっと食べ物の用意してくるから待っててくれ」

「分ったわ。あ、あの飲み物でアイスココアがあるとうれしいのだけれど」


 意外な要望に「はいはい」と苦笑いを浮かべ、取りに戻る。

 適当に摘まんで戻ると、神無月は本棚をみながら何やら呟いていた。


「……たしか、桃ちゃんが出てたドラマで友達とこのゲームで遊ぶシーンがありましたね」


 もう一度棚からパッケージを取り出して、うらやましげな瞳で眺めている。


「友達と一緒にゲーム。楽しそうです……」


 やっぱり、彼女も友人を求めていたのか……。


「なら、俺と一緒にやるか? それならその願い叶えられるだろ?」

「は? 葉月さん、戻っていたなら声をかけなさい」


 今していたことがなにか都合が悪いのか、誤魔化すように慌てた口調から圧を乗せ切り替えるように演技をし始めた。

 最初に慌てた時点で遅んだが。


「今声をかけただろ、丁度戻ってきたんだよ」

「そういうへりくつはいらないわ」

「ま、そうだな。そんな話よりもっとするべきことがある。神無月、友達とゲームしたいんだろ? なら俺とやろうぜ」

「や、やりませんよ。趣味じゃ無いです。大体、あなたと私は唯のクラスメイトの筈、そういう契約でしょ?」

「ならその部分だけ破棄しよう。互いに秘密をばらさないそれだけ守れば問題無いだろ?」

「何を……馬鹿も休み休み言ってください。それとも馬鹿にしてるのですか?」

「真剣にそう思ってる。前に邪魔ですかって問いかけられた時から、ずっと考えてた」


 彼女の瞳を見つめそらされないように、言葉を続けてゆく。


「俺は神無月を絶対に邪魔だと思ってない。でも神無月がそう感じる可能性があるなら、もう二度とそう思わせないように、ハッキリ言う。数少ない芝居の話ができて趣味が合う奴を大切におもうことはあっても邪魔に思うことなんて無い」

「悪目立ちしている私ですよ。……私の友人なんだってバレたら、いろんな人が話しかけてくるかも知れませんよ」


 俺の言葉に何故だか抵抗の意思を返す神無月。


「そうだな。ばれたら困るのが互いに増えたな」

「何ですか、どうしてずっと肯定するんですか」


 俺を遠ざけたいのか、近くにいてほしいのか、彼女は拒絶的な言葉を放ちながらも、すがりつくように俺の服を掴んでくる。


「お前と演技の練習をしているあの時間はなにものにも代えがたいからな」

「なんですかそれ、そんなことを言って、悪い噂が絶えない悪女である私の近くにいて貴方から人が離れていっても知りませんよ」

「寧ろ願ったり叶ったりだな。離れてくような奴らなら別にいらないし、人が寄ってこないなら目立たなくて済むな」

「もう……もう……」

 

 俺が一言発するたびに、神無月の声が小さくなり、それに比例するように彼女の顔に赤みが増していた。


「だいたいお前演技でそう見せてるだけで全く中身違うだろ……見た目と中身が伴ってないよ本当に」

「あなたこそ、根暗そうな見た目なのによく喋りますねそんなんだったら友達なんてまともにできないですよ」

「お前こそ友達いないくせに何言ってんだよ」

「失礼ですね、貴方以外にも友達ならちゃんと二人いますわ」

「俺以外に? ってことは俺のことはちゃんと友達と思ってくれてるってことだな」

 

 俺の指摘にあっと口に手を当てて、視線を反らす華凛。こういう反応をするってことは、多分つい零してしまったのだろう。俺以上に本音を対零してしまう人間はいないからよく分る。


「そ、そんなこと言ったかしら」

「そこは素直になれよ」


 呆れ顔を彼女に浮かべていると。


「……いいんですか……」

「ん?」

「本当に私と友達になっていいんですか?」

「むしろ、なりたいよ」

「……仕方ないです。今回は流されてあげます……か、楓さん」


 意地の悪い笑みを浮かべ、神無月が俺の下の名前を呼んでくる。

 意趣返し、というか俺を動揺させたいのだろうが、噛んでたし、顔凄く赤いし、動揺してるじゃん。それ反撃しろって言っているようなものだぞ。


「どうしたんだ華凛? 動揺しながら俺のことを呼んで」

「っ……楓さんの意地悪……」

「お、今度はちゃんと言えたな」

「あ、もうやめます。楓さんと友達になるのやめます!」


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