第十三話『誰???』

 華凛とゲームを共にし、気がつけば三時間ばかりが過ぎていた。

 あの天気予報どおりなら、もうとっくに雨は上がっているだろう。

 多分それは華凛も気づいているみたいだが、いっこうに帰るそぶりは見せず、共ににゲームを楽しんでくれている。


「あーまた負けました。これはダメですね無限に時間を使ってしまいます」

「分らなくも無いよ」


 一つのゲームが終わるたび、すぐに「次、次」とせかされる。

 ゲームの効果なのか、友達へと関係が変化したからなのかは分らないが、今目の前にいる彼女は完全にエリザの演技はしていなかった。というか、演技が外れていること自体気づいていないのかもしれない。


「楓さん、ありがとうございます」

「ん? どういたしまして?」


 いきなり感謝されたせいか疑問形になってしまった。

 それが面白かったのか、何なのか、彼女はクスクスと笑いだし、コントローラーを地面に置いて、真剣に、けれどやわらかな眼差して俺を見つめてくる。


「いろいろと考えてくれていたのでしょ? それに関する感謝です」

 

 彼女の視線に、心臓が痛みを出す。それは、いつもの見られているからの痛みでは無く。その眼差しが、とても魅力的だったからだ。これが見れただけでもやった甲斐がある。だから、続く彼女の言葉に少しだけ困惑した。


「お礼と言っては何ですが、なにか私にできる事は無いですか?」


 そんなのいいよ。なんて言ったら、多分、空き教室の時のように彼女の頑固なところが出てくるだろう。でも、まだ一ヶ月程とはいえ、彼女のことはある程度分ってきている。

 こうやって困らせてくるなら、彼女にそれを返すだけだ。


「あーそれなら、カラオケに行こう」

「え、今からですか? 一応夕食を作らなくてはいけないのでこれからは……」


 言った手前、できることではあるからどうしようといったことで、悩んでいるのがつたわってくる。

 それだけで、俺的には満足なので、何いっているんだと笑みを携え口を開く。


「いや、これからなわけないだろ。後日だよ後日」

「うっ。楓さん私で遊んでいいるでしょう」

「え、いやそんな事は無いぞ」

「貴方が嘘付けないってことはもう分ってますよ。悪癖のことだって聞いていますし」


 あ、やばいバレている。というかそうだった悪癖のことを話しているんだった。


「ごめんなさい」


 速攻で謝った。謝るしか無かった。


「よろしい。許しましょう。だから、カラオケはやめましょう」

「え? どうしてだ、歌えないってわけでもないだろ?」

「あなたが私の何を知っているのです?」

「え? 歌に関してなら『アリアなる舞台』で歌ってただろ?」


 当然と返すと、華凛は渋い顔。というより呆れ顔だろうか。一体どうしたのだろうか。


「よくもまあ、視聴率が低かったドラマまでちゃんと押さえてますね」

 

 確かに『アリアなる舞台』は当時、同時間帯にやっていた番組が強すぎて視聴率は最低をたたき出していた。

 でも、俺的には物凄く面白かったしそれに、


「同年代で一番上手い役者の演技は見ないわけにはいかないだろ?」

「つっ……」


 俺がいった対象がだれか分ったのだろう。神無月は頬をリンゴのように真っ赤に染め、俺から顔をそらしなんとも言えない表情をしている。こいつ、演技してないとめっちゃ素直な反応するよな。

 いや、台本がないような演技だと割と素直だな。


「正直者の貴方に褒められるのは悪い気がしませんね」

「それで、話を戻すが、どうしてカラオケに否定的なんだ?」


 彼女のカラオケのイメージは一体何なのだろう。

 この様子じゃ行ったこと無さそうだし、もしかして言ったことがないからどこか神聖視していたりとかするのだろうか。いや流石にそれはないか。


「確かに歌えますけど、カラオケに行ったことがないので、なんと言いましょうか……粗相をしそうで」


 当たらずも遠からずと言った所だ。まぁ、こいつは臆病だから、機械機器を触る時と同じようにわからないものに触れるのが苦手なのだろう。


「カラオケに粗相なんて無いから。大丈夫だよ」

「それに、あのドラマ以来、歌っていないのでどうなるか分りませんし……」

「そんな気にしなくて良いだろそれに、仕事としてじゃなく、等身大の学生として楽もうぜ?」


 俺の言葉に彼女は僅かに考えて深い、深いため息を吐きながら彼女は首を縦に振った。


「はぁ、受け入れましょう。拒否したら、貴方は自分をもっと別の私をからかう方法をとってきそうです」


 それは彼女にかかわり合いにならないと約束を取り付けた時の彼女自身の真似だった。

 受け入れられはしたが、彼女のそのからかいは俺の心臓に突き刺さった。それが分っているのだろう。

 言い終えた彼女の表情は、最高にあくどい笑みを浮かべていたのだから。


「あ、でも日時はどうしましょう。今決めるにしても、家に帰らないと空いている日がわかりませんね……」

「あーそれなら、連絡先交換しないか?」


 その提案をした直後、神無月は目を見開いて固まった。

 一体どうしたのだろうか。


「そうですね。れ、連絡がとれないと困りますし仕方ないですが、分りました交換しましょう」


 言葉のないようとは裏腹にその声は浮かれ気味で、どこか食い気味にスマホを押しつけられた。

 押しつけられてはいるが、彼女の画面はスマホのホーム画面だった。


「えっと、QR出すかID教えてくれ」

「えっと……QRですか?」


 戸惑いながら、スマホをおぼつかないタッチでさわり始めた華凛。その操作から、映画館でのチケット購入が出来なかったことを思い出した。


「えっと、ここからどうすればいいのですか?」


 叔母と両親、マネージャーと、桃ちゃんと書かれた存在以外の名前が一切表示されていない連絡先欄。

 慣れるほど触っていないのかと、ちょっと悲しい感情がわき上がる。


「こ、このスマホはプライベートようなので仕事用だったらもっと入ってるんですよ」


 俺の感情を察したのか華凛は必死に取り繕い始めた。

 そんな彼女に苦笑しつつ、登録を済ませる。

 

 〇〇

 

「ふへへ、友達と……楓さんと連絡先交換しちゃった」


 帰宅し、ベッドの上で私はメッセージアプリの友達欄を眺めていた。表情はきっと緩みきってだらしないものになっているだろう。でも、そんなものが気にならないくらい、嬉しくてたまらなかった。

 分けた意味がないほど、使用していないプライベート用のスマホ。この子に、やっと使い道ができた。それが嬉しくてぎゅっと胸に抱えるように抱きしめる。


「あ、そうでした。楓さんに可能な日付を教えてほしいって言われてたんでした」


 眺めているだけじゃダメだとスケジュール帳を開き、可能な日時を調べ、メッセージと共に彼へと送る。送信後、数秒で返信が返ってきた。

 こんなに早く返すって結構、楓さんって律儀なんだな。なんて、考えながら通知を見て固まる。


『えっと……どちらさまですか??』


 あれ、間違えて他の人に送っちゃった? いゃ、友達欄は両親と桃ちゃんと叔母さん。そして楓さんしかいない。じゃあ、楓さんじゃない人を登録してしまった?? いやそんなことは無い、よね?

 チャットの画面を開き、登録の時に送りあったメッセージを確認する。

 うん、確かに確認した時のスタンプだ。じゃあどういうことだろうか?

 もしかして送ったメッセージがまずくて他人のふりをされてるとか?

 画面をスライドさせ、自分のメッセージを確認する。


『明日は予定があって×ですけど、平日は水、木、金曜日なら遅くまで遊んでも大丈夫です!(グー)楓さんの方がその日だダメでしたら一応、早く帰らなきゃいですけど、他の曜日でも大丈夫です。あ、あとなるべく早くしてくれると嬉しいです~! あの時は渋りましたけど今は待ちきれなくてどうにかなってしまいそうなので!』


 うん、おかしな文は打っていない。とすると、単純に私だとわからなかったのだろうか? 初めてのメッセージだし、こう自己紹介的なものが必要だったりするのだろうか。


『神無月華凛ですよ! せっかく連絡先を交換したのに、わかってくれないなんて悲しいです(シクシク)楓くんはひどい人ですー』


 これで問題ないだろう。やってくるだろう返信を期待しつつ、就寝準備を整えようかと立ち上がったところでスマホが震えだした。

 彼が返信を返してくれたのかと思った違った。

 楓さんからの通話の着信が来ていた。え、なんででしょうか?

 別に通話するような無いようじゃなかったですし……。

 不安になりながら、出ないのは失礼だと通話に出る。


「も、もしもし!」

『あぁ、ちゃんと華凛だったんだ、よかった。機械音痴だし乗っ取りにでもあったのかと思ったわ』

「何をいっているのですか。そんなわけないでしょ」

『自覚が無いとかマジかよ……』

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