第一四話 『カラオケでの一幕』

  カラオケってどんな服を着ていけばいいのでしょうか。

 鏡の前でいくつか服を合わせてみるが、どれもこれもなんとなくわきあがるコレジャナイ感があってしょうがない。

 ネットで調べてみたら露出感のある服装の場合誘っていると思われる場合があるとか、ラフで動きやすい格好でとか書いてあるが……うん。どうしよう。

 そうすると、ドラマで悪役をしていたようなエリザによく似合う系統の服というべきものしかない。

 待ち合わせ時間まであと二時間ほど。準備や移動時間を考慮してもそろそろ決めなきゃいけない。


「そういえば楓さんって、どう言う服が好きなのでしょうか?」


 って私、何を考えているのでしょう。カラオケにふさわしい服装を考えているのに、なんで彼の好みを考えているのですか? いや、友達の好みに合わせることは別に間違ってはいないはずですね。

 なんて考えてみるが、彼の好みなんて一歳知らない。

 いや、彼の好みというなら、彼がカラオケに誘ったにいっていた。ドラマの衣装をそのまま着てゆくのはどうだろうか。うん、かれなら喜んでくれるだろうが、私の欲しい喜びとはまた別のニュアンスのものになりそうだ。

 でも、その服でいいかもしれない。どんなニュアンスであれ、あのどうしようもない友人が喜んでくれるのは私も嬉しいから。

 そうと決まったら、引っ張り出すかといろいろと衣装が詰まったクローゼットから目当ての服を探し出す。

 

 ○○

 

 なかなか服が見つからなかったせいで、待ち合わせの時間に遅れることになってしまった。救いだったのは遅刻の連絡を送ったあとすぐに、

『先入って受付済ませちゃうからゆっくりきな。あ、こないってのはなしだからな』

 と、なんでもないように送ってくれたことだろう。彼の気遣いに甘えてばかりはいけないと全速力で走り、受付を済ませて、彼に指示された部屋へと飛び込む。


「遅れました」

「おつかれ……って華凛それって!」


 私が室内に入り、楓さんと目が合うなり、詰めよってきた。

 彼の表情はまるで宝物を前にした少年のようで、キラキラとした瞳で純粋無垢な笑みを浮かべていた。ある種予想通りの反応だ。予想通りなんだけれど、


「『アリアなる舞台』の衣装だよな? おおお、すごい本物じゃん。もしかしてカラオケにあわせてきてきてくれたのか? だとしたらありがとう。めっちゃ感動した」


 ここまでよろこんでくれるなんて予想外。

 私まで、笑みが溢れてしまう。だから、彼に向かってもう少しサービスをしてあげよう。


「私には歌しかない。だから、トップ歌手であることに私は常に全てをかけているの。あなたみたいな軟弱な子に、この座は譲らない」


 あの作品の主人公を楓さんに置き換え、演じる。

 驚いた様子の彼の顎元に優しく触れ、私を見るようにと彼の顔を上げる。


「あなたに、私を下す覚悟があるかしら。これは歌の勝負よ」


 突き放すように、そして覚悟を見定めるように、彼へ私の意思をぶつける。そして、部屋に備え付けられたマイクをつかみ……。


「あれ、どうやって曲を入れればいいのかしら?」


 曲を入れる機械の前で我にかえる。


「おい、ここまでやっといてそれはないだろ!」


 楓さんから、そんなツッコミというか苦情が来るのも仕方ないだろう。


「ごめんなさい。えっと、曲のいれかた教えてもらってもいいかしら? そしたら、他のシーンも演じるわよ」

「交換条件がうまいことで。ほら、曲入れたぞ」


 流れ始める懐かしいイントロでリズムをとって、歌い始める。

 撮影で歌ったっきりだから、歌詞もなんとなくの把握だったが、表示されるからありがたい。採点の音程バーのおかげもあって、当時の本番には劣るものの近い歌が歌えているような気がする。


「おぉ、やっぱりすごい」


 Aメロを歌い切ったところで、なぜか涙を流すほどに感動している楓さん。

 嬉しいものですね。彼は今、友達だけれど、ファンとの触れ合いってこんな感じなのだろうか。だとしたら……いいな。すごく幸せな気持ちになる。

 歌に感情がのって、さっきよりも上手くなっているような気さえする。

 こんな気持ちになるのなら、ファンサービスは大事だろう。


「ふぅ。どうですか楓さん。あなたはこの結果を超え私に勝てますか?」


 私は画面に表示された、九十一点という数字を指差しドラマのシナリオと同じように彼を挑発する。


「超えて見せるよ。私の歌で」

「くっ、ちょっとまってくだっさい楓さん。それは反則です」


 と、彼は裏声をだして、絶妙に似ていない主人公の真似で対抗してきた。

 調整したのか、喋り終わりのタイミングとともに、モニターには曲名。そして、彼はその裏声のまま、歌い始めた。

 その絶妙さと流れが面白くて、どんなにこらえようとしても笑いがこぼれ出てくる。裏声を使っているはずなのに音程が合っているのがこれまた酷く、つい笑ってしまう。

 このままいったら過呼吸になってしまうんじゃないかと不安になるくらいだ。


「ちょ、華凛大丈夫か?」

「だい、ふふ。あっふふ。だめみたい……」


 お腹を抱えて、ソファーに倒れ込んでしまう。だめだ、完全にツボに入ってしまった。


「おいおい、大丈夫か?」


 歌を放棄し、心配そうな声色を含んだ彼本来の聞こえてきたが、笑いすぎて返す余裕がない。というか、彼が喋るたびに、今の彼の声と裏声にギャップを感じてしまい。それが面白くてしょうがない。


「いいかげん。おちつけ」


 笑いすぎていたせいか、両頬を掴まれた。


「あははっ。楓さん痛いです。ふふ、やめてください」

「やめてはこっちが言いたいよ」


 なんて不毛なやり取りを続け、私が落ち着いたのは5分後。

 ちょうど、一曲分終わるくらい笑ってしまった。


「ごめんなさい。やっと正気を取り戻したわ」

「いや、こっちこそごめんな。まさかあそこまでツボに入るとは思っていなかったよ」


 と、意地の悪い楓さんは裏声で言ってくる。

 それにもう一度笑いそうになったが必死に我慢する。なんだか、ここで笑ってしまったら負けた気になるとか、そんな小さな理由だけど、必死に我慢する。


「まぁいいわ。私が歌の勝負に勝ったのだから、何を言われても気にならないわね」


 エリザの演技を強め、今のからかいの仕返しをする。仕返しをしている時点で気にしてんじゃん。なんて言葉は無視するものとする。


「まて、あれは無効試合だろ」

「あら、勝負の世界は非常よ。無効試合なんてものはないわ。あなたは途中でリタイアしたのだから負けを認めなさい!」

「悪役ぶりが本当にさまになるな。ならもうひと勝負するか?」

「悪くない提案ね。私は挑戦者をいつても受け入れているわ」


 そう高々と宣言し、機械を操作し曲を入れる。今度はドラマとか関係なく、知っている曲をいれ、九十四点をただき出す。

 が、そのごに続いた楓さんは九十七点を叩き出し。私は負けてしまった。


「ふぃー。どうだ挑戦者のそこ意地見せてやったぞ」


 すごく、やり切ったという表情だ。一番得意なものを歌ったのだろう。


「楓さん⁉︎ なんで本気を出しているのです? 大人気ないのではないですか」

「勝負の世界は非常なんだろ? 大人気なくはないさ、俺はただ最善を尽くしただけだ」


 ぐぬぬ。とはこういう時につかう表現なのだろう。いま無性に口にしたくなった。


「なら私が今度はあなたに挑戦しましょう。すぐにその座を明け渡してください」


 そうして、私は次の曲をいれマイクを構える。


 ○○○


 歌い終え、画面に表示された一〇〇点をマイクでの先で指す。今私は渾身のドヤ顔を浮かべていることだろう。高まった気分のまま、私は胸を張り、彼へと勝利宣言をする。


「やはり私こそが勝者です。短い勝者の余韻は楽しめましたか? 楓さん。三日天下ならぬ三曲天下の景色はどうでしたか?」

「四局も負けておいてよく言えるな。負けず嫌いめ」

「その言葉楓さんにだけは言われたくないですね。全くもって心外です。なんですかあの感情の籠っていない機械的な歌い方は、二十秒も無い簡単な歌は、完全に点数取ることしか考えてなかったじゃないですか」

「それこそ四曲目でおんなじ手法とって満点ただきだしたやつに言われたくねーよ」

「いいでしょう。負けず嫌いというのであれば、負けた三回分もきっちり取り替えして見せましょう。勝負です」


 そう宣言した直後、室内に備え付けられていた電話が鳴り出した。

 何事? と私が固まっている間に、楓さんは受話器を取って対応してくれていた。


「華凛。ここ、一時間だけの予定で部屋とってたんだけど、延長するよな? あとどれくらい歌えそうだ?」


 どうやら、時間終了の呼び出しだったようだ。


「そうですね。あと二時間は戦えそうです」

「そうかよ。じゃ二時間な」


 そして、私たちはその後二時間ほど歌い合った。

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