第十八話『いざ遊園地へ』

 遊園地の最寄り駅には予想外にも三〇分前に着いてしまった。

 普通に十分くらい前に着けばいいかななんて考えていたが、浮き足だっていたのか、思いのほか早くの到着だ。

 まだ来ていないだろうと思いつつも、待ち合わせ場所である案内板の前にむかい、辺りを見回してみるが、やはり華凛とおぼしき人物はまだいないようだ。


「早く華凛来ないかな」


 これから、ランドで遊ぶという状況に浮き足立っているのか電車の中にいるときから口がいつも以上に軽く、必死に抑えていたのだが、待ち合わせ場所について気が緩んでしまったのだろう。悪癖が発動してしまった。

 でもまあ、これなら誰に聞かれたとしても問題ないだろう。


「貴方の目は節穴ですか? もう来ていますよ。全く、近くにいたというのにそんなことを言われるなんて悲しい限りです」


 背後から聞きなじみのある威圧がのった声が聞こえてきた。

 振り返ってみれば俺をにらみ付けている華凛の姿があった。目立たないようにか、マスクをしているせいで、瞳が目立っていて彼女の冗談を含んだ演技なのだが、ちょっと怖い。

 今日の彼女はアトラクション対策かウィックをしておらず、彼女本来の綺麗な黒髪だ。だが、今日は毛先を捲いており、いつもよりもふんわりとしてた印象を感じさせてくる。服装はベージュカラーのマスクに、膝にかかるほどの長さをした縦のシルエットのシャツ。それを前に開いて下に白無地のTシャツとジーパンを着込んでいる。

 あれ、そう言えばこの格好って……。


「あの、楓さん? ずっと黙ってこちらを見てどうしたのですか? 私の格好、なにか変だったりしますか?」

「ん? あぁ、全然おかしくない。ただ、その服装が華凛が出てたいろんなドラマの衣装を組み合わせたやつだなって思って」

「やっぱり、貴方は分ってしまうのですね。どうですか? 楓さんの好みだったりしますか?」


 ふふっ、と笑いながら彼女はカーテシーをするようにシャツの両端を掴み、左右に身をよじって格好を見せてきた。うん、これは悪癖を止めなくても良いだろう。


「うん。めっちゃ好みだし、大人っぽくて華凛に話しかけられたって分っていたのに、一瞬だれか分らなかったくらいだよ」

「楓さんにそう言われると、本心だって分っているので本当に嬉しいですね」


 今まで通りであれば取り乱していただろう彼女が、服の袖を顔にあて照れ隠しをするくらいですんでいた。多分、今騒いだら注目されて、折角の予定が崩れると思っているのだろう。

 だから、おれもこれ以上言うまい。

 そう想っていたんだけど、


「うん、その動きもかわいいな……」

 

 今日の大人びた服装と相まって子供の様な照れ方に。抑えるまえに悪癖が出てしまった。うん、今日一日気をつけないとダメかもなこれ……。


「も、もう……合流したので早く入場しますよ! 早く来ないと置いていきますからね」


 これ以上このままにしていたら俺からさらに追撃がくる可能性を見越したのだろう。逃れるように華凛は入場ゲートの方へ走っていってしまった。

 

「チケット、まだ渡してないんだけど……」


 急いで追いかけようと思ったけど、彼女を見失ってしまった。

 多分、今電話しても照れて出てくれないだろうし、ここで彼女を何となくで追ったらダメな気がしていた。なんて心配していると視界の先に、彼女が見えた。


「あ、戻ってきた」

 

 走りながらもチケットを持っていないことを思い出したのか、それともゲートまで行って戻ってきたのだろうか。

 華凛は俺の目の前までくると俯きながら、ぷるぷると震える手を差し出してきた。

 マスクをしうつむかれているせいで表情はよく分らないが、僅かに見える頬は赤い。


「チケットを……あと、何もいわないでください」


 言い出しそうになっている言葉がでないように舌先を僅かに噛んで、再びゲートへと向かい始めた彼女の後について行く。


 この互いに気まずい時間は暫く続いたが、園内に入多瞬間の景色にその気まずさは吹っ飛ばされた。

 異国情緒ある建物。昔両親と言った、イタリアのどこだったか、観光地にそっくりなそこは、ついつい辺りを見回してしまう。

 

「わー、凄い懐かしいです。この建物凄い綺麗ですね。ミラノにロケに行ったことを思い出します」


 華凛も、俺と同じく建物をみるだけでも楽しめるタイプなようで、周りのアトラクションへ我先にと進む流れとは異なって、足取り緩やかに進んでいた。けれど、しばらく歩いた後で、近くのアトラクション並んでいる人たちを見て我に帰る。

 このままじゃダメだ。


「華凛、まずはジェットコースターだったと思うけど、すぐに混むんだろ?」

「あ、ごめんなさい、つい見とれてしまってって、早速行きましょうか」

「いや、いいよ俺も見とれてたからな華凛と同じでどこか懐かしくて」


 互いに笑い合い、そして目的のアトラクションへ周囲より少しだけ遅い足取りで進む。園内は広いけれど、目的としていたアトラクションにはすぐに着いてしまった。


「そういえば、ここのジェットコースターって、日本で二番目に怖いって話だったよな?」

「そうですね、いろいろ詰め込まれているそうなので、かなり楽しめるらしいですよ」

「そうなのかジェットコースターって乗ったことが無かったからあれだけど、そんなに楽しいものなのか?」

「え、楓さん、乗ったこと無かったんですか? 計画の時にはそのへん何も言ってませんでしたよね?」


 俺の始めて乗るという発言に驚いたのか、華凛は目を丸くしている。

 確かに華凛と予定を決めていた時は、彼女が行きたいところを優先し、というか俺より確実に詳しかったので、アトラクション関係は彼女の乗りたいものを優先していた。


「なにか問題でもあるのか?」

「まぁ、行きましょうかなんだか、楓さんなら平気な気がするので」


 開始早々に並び始めたおかげか、待ち時間は五分程度と、比較的スムーズに進むことができた。華凛曰く昼間とかだと三〇分は最低でも待つと口コミがあったとか。

 人の流とスタッフさんに案内され、コースターの目前で止められた。並び順が良かったのか、一番前になりそうだ。

 これなら、景色とか楽しめるんじゃ無かろうか。


「あ、あの彼初めてらしいので一つ後ろの座席にしていただいても大丈夫ですか??」


 華凛はおずおずとスタッフさんにそんなことを尋ねていた。

 せっかく一番前だったのにナンデそんな事を?


「ジェットコースター初めてなのに、ここの先頭のったら多分トラウマになりますよ。と言うか私も前は嫌です」

「そんなにか? みんな楽しんでる悲鳴だし大丈夫だろ」

「楓さんの観察、洞察力っていつも裏目に出ている気がします」


 華凛が何か言っているような気がしたが、悲鳴にかき消されてしまって良く聞こえなかった。でも、ここまで言うってことはそうしたほうがいいのだろう。一番調べていたのも華凛だったし。


「まぁ、華凛が言うなら従うけど」


 と前から二番目の席に乗ることになった。

 バーが倒れ、スタッフが確認してゆく。身を動かしても、完全にロックされているのか、びくともしない。ここまで固ければ安全だろう。


「あれ? 華凛どうした?」

「楓さんに注意したせいか怖くなってしまいました。あ、あの手握ってもいいかしら?」

「あ、あぁ……」


 バーを握る俺の手に、彼女の手が重なる。スベスベ、もちもちとした感触に、絶叫アトラクションとしてではない意味で体がこわばる。

 大丈夫かなこんな状態じゃコースターに集中出来ないんじゃ。なんて考えていると、


「それでは、勇気ある者達よ。良き旅路を」


 アナウンスと共にゆっくりと車体が動き、上へ上へとのぼって行く。

 出発前は何も想わなかったが、ガタンやギギギといった機械音や振動音に、これ問題無いよな? 整備不足とかで鳴ってる音じゃないよな? 壊れないよな? 脱線しないよな? と心配で頭の中が疑問で溢れてしまう。


「あ、これから落ちるのか」


 キョロキョロと辺りを見回していた状態から前を見れば、断頭台のようにゆっくりと迫ってくる頂上。前の人の頭が被ってはっきりとは見えないから、少しましだが怖い物は怖い。華凛の判断は一切間違っていなかった。

 というか今になって気づく。華凛も怖いのか、重ねている手に力がこもっていた。

 あと少しで頂上といったところで、ガコンと車体が強く振動し停止した。


 あれ? どうなった?


 と事態の把握をしようとした直後。ゴン、と車体が揺れ、体中に恐怖が押し寄せた瞬間に、勢いのまま車体が前に進み、


――ほぼ垂直に落ちていった。



「キャーーー」

「ギャーーぁぁ」


 華凛の黄色い悲鳴。俺の情けない悲鳴。

 動き出す前に怖がっていた華凛が楽しそうに、平然としている。対する俺は絶望。

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ。

 って回るの!? それ物理法則無視してないダメじゃ無い!

 恐怖に駆られ、めをつぶってしまうがそれもダメだった。豪快に金属がこすれ、打ち付けあう音と振動や風圧の凄まじさをより感じてしまう。

 それから途中何度も宙づりにされたり、きりもみしたりしながら進み。

 そのたびに絶叫。最初のアトラクションで喉がすり切れるほど叫ぶことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る