第十九話『アトラクション怖い』

「楓さん……大丈夫ですか?」

「な、なんとか……」


 降りてすぐ脇にあるベンチ。俺はそこでうずくまり、華凛に背中をさすられていた。

 前半から後半までほとんど休みなく好き放題スリルを感じさせられ、終わる頃には車酔いを三倍酷くしたくらい気持ち悪くなっていた。

 

「悪いな、今頃次のアトラクション乗ってるか並んでる頃だろうにうっ……」

「楓さんは悪くないですよ……確認不足だった私も悪いです。それに遊園地のスケジュールなんて崩れるものですから。待ち時間からして予想不可能なので、そういうのは気にしないでください」


 俺の背をいっそう優しくなでながら、気遣う言葉を返してくれる華凛。本当にこいつは優しい奴だ。だから、余計に申し訳なくなってしまう。だって


「華凛がすごく楽しみにしてたの見てきたから……こうして無駄な時間を過ごしているのがなんかな……」

「だったら余計に気にしないでください。私は貴方とここに来ているだけで楽しかったりしますし。この関係が続けば、これも一つの思い出になるでしょうから、無駄なんてことは無いですよ」


 思い出か、確かにそうなりそうだ。

 初めてジェットコースターに乗った結果がこれ、というのは些か情けないが、絶対に忘れることはないだろう。


「それに、いつも私ばかりが弱点を晒していますからね、こういうときぐらい私に弱いところを見せてくれても良いのですよ」

「今までいい話風だっったのにそのからかいで台無しだよ」


 幾分かいふくして来たタイミングだったのでうずくまっている状態から身を起こし、彼女へと抗議の視線を飛ばす。

 

「なにか文句があるのなら、とっとと絶叫アトラクションなんて克服して私に弱い姿なんて見せなければ良いのですよ」


 ベンチから立ち、上から目線でそう煽ってくる華凛。

 多分、これも俺の調子を取り戻そうとしてくれているのだろう。

 だったら、その挑発にのってやろうではないか。でも、後悔するなよ。

 

「そうか、じゃあ次の絶叫系アトラクションは俺に選ばせてくれ、流石に同レベルのアトラクションの連続は無理だ」

「仕方ないですね。それくらいは受け入れましょう。私はどんな絶叫系でも大丈夫ですが、楓さんの絶叫克服が趣旨であれば激しいのに乗って余計にトラウマになられては困りますからね」


 上からで、傲慢な演技を続ける彼女。こうも言って欲しい言葉をくれるとはと笑みが溢れる。誤魔化しや嘘が苦手な俺だが、なぜだか華凛を揶揄う時に情報を隠す場合はなかなかバレない。

 なんて思っていたが、俺の笑みから何か感じ取ったのだろう、じっとりとした視線が彼女から飛んできていた。


「それじゃあ、ここだな」


 何か言われる前にと早々にスマホで園内マップを開き、お目当てのアトラクションを華凛に見えるように指さすと、彼女は俺をものすごい眼光で睨みつけて来た。うんすごく怖い。


「楓さんなんて嫌いです」


 怒った華凛からエリザの状態での抗議が来るかと思ったが、子供のダダのような感情の乗った、素の彼女からの言葉が飛び出す。それは、思ったよりもグサリと俺の胸を貫いてきた。


「本当にこういう時の楓さんってイジワルです! 行きませんからね! アホ! バカァ!」


 よほど嫌なのか、華凛から飛んできたのは幼児退行気味の幼稚な貶し言葉。結構直接的な言葉だから心に与えられるダメージが酷く、膝から崩れ落ちそうになる。

 少しだけからかって終える予定だったが、予想以上な怖がりように、ちょっと手が付けられない。

 いや、もしかしたら……。これならどうにかなるかも。と浮んだ考えを実行するべく俺は彼女に笑みを零し、口を開く。


「でもどんな絶叫系も問題ないっていってたよな? あれは嘘だったのか?」

「確かに言いましたけど絶叫系って言ってもジャンルが違うじゃないですか!」

「絶叫は絶叫だろ? それともどれとも負けを認めるか? 華凛が怖いなら他のアトラクションでも全然良いけど」

「怖いなんて、この私に限って有るわけ無いじゃないですか! いいです連れて行きなさい。私がどんな絶叫でも大丈夫なことを証明してあげましょう。そうやって挑発して来たことを後悔させてあげます!」


 予想通り彼女の負けず嫌いな一面が出た。

 エリザの演技を強めて、威圧的に言葉を返す華凛。まだ乗り気なうちにと、園内マップを思い出しお化け屋敷の方へと歩み出したところで、華凛に腕を掴まれた。


「楓さん、どこに行くつもりですか? お化け屋敷はあっちです」

「え?」

「え? わざとじゃないんですね……はぁ……もう、ついて来て下さい」


 と、俺の手首を掴んたまま、ズカズカとお化け屋敷の方へ俺を引っ張る華凛。だが、列に並んでから一転し、引き返したくてしょうがないと見つめてくる。これ以上はダメだな。


「華凛……からかってごめんな……本当に無理そうなら戻ろう」

「戻りたいのはそうなんですけど、列できてますから……」


 彼女の言葉に振り向けば、俺達の後ろにすでに何人か並び始めている。

 この状況で抜けようとすれば普通に迷惑だし、それに目立つだろう。


「リタイア場所まで、いくしかないですよね……あのっ、怖いので手にぎらせてもらってもいいですか?」

「すでに手首掴ん出る状態でそれを言うか……」


 最初に掴まれたときからずっとそのままだったのだが、意識の外だったのだろう。彼女は今ようやくその事実に気づいたように、目を見開いていた。


「な、中でもこのままでなさい、ということですちゃんと私を守るのですよ!」


 いつになく威圧的だがまぁこれに関しては仕方が無い。

 俺だってさっきのジェットコースターにもう一度乗りましょう。なんて言われたとしたら似たような感じになる気がする。

 俺等は順番がくるまで、互いに気をそらすような会話をし、列が流れるまま入り口の扉をくぐる。

 

 このランドのお化け屋敷は廃校をモデルにした迷路型で、形式的には脱出ゲームらしい。入場と同時に渡された虫食いになった地図と、謎解きに使う杖を使って最深部を目指すアトラクションみたいだが、別に最深部まで行かなくても途中でリタイア用の出口があり、離脱できるシステムだそうだ。

 

 中へ入り数歩進んだところで、


『あら、かわいそうな犠牲者が訪れたわ~。イシシシシ。あなた達は一生ここで過ごしなさい』


 なんて少女の声があちらこちらから聞こえ――ガッシャン。

 俺達が入ってきた扉が閉まった音が背後から響いた。

 閉じ込められた? と俺達は反射的に振り向いてしまう。

 

「ヒッ――――」

「うわっ」


 後ろには半透明でボロボロの制服姿をした女が一人、空中へ浮んでいた。

 あぁ、完璧な誘導だ。ホログラム映像だと見たらすぐに分るようなものなのに、音による恐怖や、周囲の空気に飲まれて一瞬それが理解できず、驚いて声を上げてしまった。

 俺はなんとか状況を理解出来たが、おれの腕を掴んでいた華凛は驚いて情報を整理できなくなったのか、手に力を入れて完全に固まってしまっている。


「華凛痛い、痛い」


 ペシペシと彼女の手元をかるく叩いて、力を抜いて貰うように懇願したが、全然こたえてくれない。

 

『イシシシシ。もしここから出たかったら私を捕まえてみなさい』


 幽霊少女はそういってからかうように辺りを飛び回り、急に停止したかと思えば、華凛へ体当たりをするように突進し、すり抜けた。


「いやぁぁぁぁあ」


 自分の体を幽霊が通り抜けたというなんとも非日常的な状態に、大パニックに陥った華凛は、俺の腕を手放して入場扉側へと走って行っってしまった。


「出して、怖い、もう無理リタイアさせて!」


 ドンドンと扉を叩くが、開きはしない。

 暴れる華凛を落ち着けようと彼女に近付こうとしたところで、幽霊少女の笑い声ト共に、急に周囲にかろうじてあった薄い照明が一斉に消え、辺りは暗闇につつまれた。


「え、やだ暗い……か楓さんどこですかぁ……」


 すがるようなか細い彼女の声だけが辺りに響く。

 先程までのうっすらと明るい部屋に目がなれていたせいか、何も見えない。

 見えない状態では、彼女の声を頼りに手を彷徨わせて探すしかなく、何かに触れた、と思って手を差し出してみれば、彼女のムニットしたものを掴んでしまった。


 ――え、これって……。


「あ、わわるっ」

「か、がえでさんいだぁぁぁ!」


 彼女のどこに触れたのか一瞬で察した俺はすぐに謝ろうとしたが、華凛はそんなことどうでも良いと、俺の腕をホールドするように捕まえてきた。

 その際少し引かれたせいで彼女に近付き、春の草花のような柔らかい良い香りが鼻先を掠めてゆく。

 これやばいって……。心臓がバクバクとうるさく騒ぎ立て、息苦しいしどう動けば良いのか分らずに俺もパニックだ。

 華凛もこれ、正気にもどったら絶対に恥ずかしがるし、なんなら怒る奴だよ。


「ちょ、華凛一回離れてくれ」

「む、無理です! 守ってくれるって言ったじゃないですか、私には楓さんしか頼れる人がいないんですよ。だから助けてください、ここから出してください」

「わかった、分ったから落ち着いてくれ、少し先に進んだら出れるから」

「無理です、怖いです、先になんて進めないですよ」


 俺の腕を掴んだままもごもごと身をゆする華凛。その度に腕に温かく柔らかい感触が当たって、理性が溶けそうになる。目が少し慣れてきて可愛らしく怯える彼女の表情が見えるから余計にだ。


「わかった、目つぶったままでいい。俺が華凛を誘導するから、俺の背中に隠れてついてきてくれ、それならまだ大丈夫だろ?」

「うぅ……分りました……」


 泣きそうな声を上げながら、華凛が俺の服を掴む。

 服がのびてしまうかもと不安になるほど力強く握られているのが分る。

  

「今度は話さないでくれよ」

「命に関わるのでは、はなしませんし、楓さんと離れたくないです」


 俺の服を引っ張って抗議してくる華凛。

 あれ、この感じ前にも何処かで……。

 記憶の中を探ろうとしても、パッと思い当たる物は無い。

 

「楓さん、どうしたのです? か、楓さん歩きましょ?」


 と、思考にふけっていたせいで、後ろから焦った声が聞こえ我に返る。

 

「あぁ、わるい考え事して……て」


 そう応えたとき、とある日の記憶が頭を掠めた。それは、初恋の少女と出会ったときの記憶。撮影セットの化け物に驚き、初対面の俺の背に隠れてきた少女の記憶。

 それが何故か、その時の少女の姿と、俺の背で震えている友人の姿と重なって見えた。この感覚、展望台の時もあった。

 何故と、もう一度考えそうになるが、これ以上華凛に怖い思いをさせたままなのはダメだ。と思考を振り払って華凛に進むことを告げ、リタイア口を目指した。



 結局、最初のリタイア口に行くまでに二十分の時間を要し、出てきた後は案の定。  

 

「楓さん、中でのことは忘れなさい! いいわね気にしたりしたら許しませんからね!」


 なんて顔を赤くした彼女につかみかかられるのだった。

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