第十七話『遊園地前夜』

 演技練習を終え、自宅で撮りためていたドラマを消化していたが、まったく頭に入ってこず、全てのセリフが右から左に抜けてゆく。

 その理由は単純明快。


「明日か……」


 そう、遊園地に行く日が明日に迫っているからだ。

 つい今朝方までは忘れはしないまでも、意識の中には一切無かったが、展望台に行った後から急に意識から離れなくなってしょうがない。

 まぁそれは展望台での彼女がおもいっきり楽しみそうにして、何度もエリザの演技が駄々崩れになっていたのを見たせいだろう。

 そろそろ、寝るか……。

 彼女があんな幸せそうな顔をしていたのを見ていて、夜更かしなんてして遅刻する可能性を作るわけにはいかない。

 そうなったらすぐだと、寝る支度を調え、ベッドに潜り込む。


「あ、アラームセットしないと」


 いけない、いけない。それで寝坊とかしゃれにならない。

 アラームのアプリを起動して、起きる時間を設定する。

 明日の集合時間は遊園地の最寄り駅に七時集合。

 移動時間と、準備時間のことを考えると、集合の二時間前、五時には起きていないといけないだろう。

 そう考えると、結構早起きしなきゃだな。

 今寝るのはなかなか英断だったかもしれない。

 五時にちゃんとセットしたことを確認し、またベッドサイドに戻そうとしたところでスマホがなった。

 愁からなにからかいのメッセージでも送られて来たもしれないとスマホを眺めてみれば、華凛からだった。


『明日いよいよ遊園地の日だね。絶対に遅刻しないように早く寝てね! っていってる私の方が楽しみすぎて寝れない可能性があるんだけど……遅刻しちゃったらごめんね~私はこれから寝る支度始めるけど、楓さんは今何してる??』


 相変わらず、メッセージ上の華凛は乗っ取りを疑うほどキャラが違う。

 する予定はないが、このメッセージをクラスメイトに見せて誰から送られてきたものか問題に出したとしたら、誰一人正解することはないだろう。


『ドラマ見る時間削って、これから寝るところ。だから、遅刻したら許さない』


 と、冗談めかしたメッセージで返す。

 いつもの華凛なら最低でも数往復葉することになるだろう。から、もうちょっとだけ起きることになるなと、ベッドサイドに腰掛ける。ここで寝てしまったら、心配のメッセージが大量に送られてきそうだ。

 なんて考えていると、早速返信が返ってきた。


『そっか、通話したいなって思ってたんだけど寝るなら仕方ないね。お休み~』


 文章だけを見ればあっさりとしているが、彼女とやり取りをするようになってそこそこ経っているからわかる。


「はぁ、仕方ないな」


 多分スマホの画面を眺めている華凛は耳と尻尾が垂れ下がっている姿を幻視するくらい残念がっているだろう。

 こういうとき、華凛は自分の本心に嘘をついて身を引こうとする。

 そんな風に遠慮する馬鹿にすることは一つだろう。


 〇〇


 明日の支度を楓さんと話ながらして、今の興奮を抑えておきたかったが、もう彼は寝てしまうようで少しだけ……いやとっても残念だ。


「もう少し起きていてくれてもいいと思うんですけど」


 返信の返ってこないチャット画面を眺めながら、気を遣って、

 送る勇気の無かった悪態ここにいない彼についてしまう。分っている。別に楓さんが悪いわけじゃない唯のわがままだ。

 子供っぽい、わがままだ。でも、こうして、彼は目の前にいるないけれど我が儘を言える状態がどうにも楽しいのだから仕方ない。

 彼に出合うまで、自分がこんなにも子供ぽいとは思っていなかった。

 旅行前の気分を始めて味わうから、感情をどう制御して良いのか分らない。

 中学時代の修学旅行の時は、前々から撮影があって行けなかったが、普通の中学生だったら、本来ならこういう風に楽しんでいたのだろう。

 いや、楓さんと友達になったし、高校の修学旅行は同じ班になっていっしょに遊んだりとか……。


「あ、無理……だよね……」


 ちょっとテンションが上がりすぎている。

 考えれば、すぐにわかるはずのことだ。浅はかだ、彼は目立てないのだった。

 複数人の視線を受ける度に顔を青くし、こらえるような素振りをしていた彼。

 恐らくトラウマからくるもので、私ともた経験したものと同じであれば、視線の一つ一つが、突き刺さるような痛みへと変わってゆくあの、どうしようもない感覚。

 修学旅行なんて、どちらが誘ったとしても、彼が目立つことになり、その痛みを感じさせつづけるようなことになる。申し訳なさでさっきまでの遊園地に対するわくわくとした気持ちから一気に憂鬱なものへと変わり駆けていたとき、


「へ?」


 握っていたままのスマホが何度も振動していた。


「楓さん?」


 彼からの着信だった。一体何を? と通話ボタンを押し、すぐに耳に当てれば聞き慣れた彼の声が耳にしみこんできた。


『気使うなよ。通話したいなら、したいって言って良いんだぞ』


「ですが……明日早いですし……」


 そんな彼に対して私は条件反射的に否定の言葉を返してしまう。


『明日早いから何だよ。いつも長文打ってくるお前があっさりとした分で終えて来たら気になって寝れないからな。もしかして自分が遅刻しそうだからって俺も寝不足で遅刻させる気だったのか?』


 からかい半分、挑発半分。これは私に申し訳ないという気持ちを抱かせないための言葉だ。そんな彼の気遣いに憂鬱だった気分はどこかへいってしまった。彼はやっぱりずるい人だ。私がほしいタイミングでほしい言葉をくれる。


「そんなもので、まさかその程度で、楓さんが眠れなくなる貧弱な方だとは思いませんでしたわ。評価を高く見積もってしまって申し訳ございません」


 だからもう大丈夫だと、彼を安心させるため、エリザで、彼の挑発に応える。


『まさか、華凛がそんなに俺を高く評価してくれているとは思わなかったよ』


「あら、それは当然です。この私の友達なのですもの、そのへんの有象無象となんて比べものにならないですわ。そうしないと、相対的に私の価値が下がってしまいますもの。ですから私にみあうようになってくださいね」


『ははっ、なんでそうなるんだよ』


 電話越しに届く彼の笑い声。

 こうして中身のない会話をしただけで憂鬱な気持ちどころかさっきまで考えていたことすら馬鹿らしくなる。確かに彼と修学旅行で一緒になるのは現状難しいだろう。

 だけどこの先、何があるのか分からない。もしかしたら、私も彼も他人の目を気にせずに友達として修学旅行で遊んでいるのかも知れない。そんな、妄想とも思える考えが、頭に浮かぶ。そういう、勘違いをさせてくれる。だから、この言葉が出るのは当然だろう。


「楓さん、通話出ていただいて。ありがとうございます」


『お、珍しい華凛が感謝してくるなんて』


「ふん、私に気をつかってくれる大好きな方の気遣いですもの、感謝なんて……」


 あぁ、楓さんと通話できてどれだけ浮かれていたのだろう。

 いいかけ、言葉がつまる。私今、何を言った? 彼に対して大好きって言わなかっただろうか。楓さんの悪癖でも感染しちゃった? というかあれ感染するしろものだったのですね。って、違います今考える事はそれじゃないです。


「楓さん……」


『……』


 スマホからは一切なにも聞こえてこない。そのせいで恥ずかしさに拍車がかかる。

 お願いだからなにかいって頂戴。すごく、すごくすごいダメだわ。


「忘れなさい!」


 咄嗟に叫ぶ。やばいわ、どうしましょう。

 混乱で心の声までお嬢様口調みたいな何かになってしまった。


『い、いや忘れるわけ無いだろ。華凛が……だ、大好きなんて言うなんてな』


 茶化すような返答。だけど彼の声は面白いくらいに震えている。

 なんだか、恥ずかしさよりも反抗心というか加虐心てきなものがうずいて、ついつい追加でいたずらをしたくなってしまう。


「友達として大好きだと言っている程度で動揺するなんて可愛いですね楓さんは」


 別に、彼の事は好いているがこの感情は恋愛じゃない。恋愛じゃない筈だ。だって、私には好きな人がいるから。大丈夫。

 彼のことが好きなんだだから大丈夫、楓さんは友達として好き。

 となにやら思考の整理が狂う。というか私にそう恋愛的な好意をむけられたとしても、楓さんの方も好きな人がいるし、叶うはずないですから……叶うはずないです。

 というかなんで私こんなことを考えているのでしょうか。


『しっ、自然と大好きだといかそういう言葉を出してくれるくらいになったと思って嬉しい限りだよ』


 恥ずかしいなか、精一杯はんげきしてやろうと言ったところだろうか。

 物凄く声が震えている。でも、うんそれ凄い私の急所を貫いてきてるよ。

 そんな風に指摘されると恥ずかしさが今まで以上に勝ってくる。


「そ、それじゃあ、私はもう寝ますわ」


 だから、これ以上はもう限界だと無理矢理に話と通話を断ち切る。

 どうしよう、早く準備して、寝なきゃ行けないのに動悸がおさまる予感が全くない。

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