第一六話 『渡されたもの』
「楓コレやるよ」
昼休み。前振りがあるわけでもなく、いつもより早く中庭に来ていた愁が唐突に遊園地のチケット二枚をさし出してきた。たしかこれ、一枚一万円くらいしたよな……。
それを俺に? しかも二枚とも渡してきてるから一緒に行こうって誘っているわけでもない。
「何を企んでる」
「おいおい、酷いな。そんな目するなって純粋な善意だよ。ほらお前、新しい友達出来たんだろ? そのお祝いだと思って一緒に遊んでこいよ」
「お前の純粋な善意が一番信用出来ない。普通にお前が美甘誘って行けばいい……だろ」
突き返そうとして、ある数字が視界に入り、勢いが失速した。
「あーぁ、お前……」
このチケットの有効期限は今週末。
平日に行けるはずもなく、土曜は愁が部活。日曜日は美甘が友人と遊びに行くと言っていたはずだ。内容は知らないが結構前から計画していた場所に行くようで、崩せなさそうな雰囲気だったのを覚えている。
「察するな、同情するな。惨めになるだろ」
「安心しろ。恋愛ごとがからんだお前はいつも惨め――グヘッ」
俺の腹部へ愁のパンチが飛んできた。偶然か、それとも狙ったのか、軽く打たれた筈だが、多分一番痛いところに入った。
「それでこれどうする? 受けとるか?」
今週末かカラオケに行く約束をしていたような気がする。
彼女と始めてカラオケに行ったあの日からはまってしまったのか、数日に一回カラオケに行っており、彼女が行く日は大体俺も声をかけられ、予定がない日は特に理由が無い為付き合っている。
土日になればほぼ片方はカラオケの予定に支配されている状態なので、思い出すのは容易だった。カラオケの日は比較的早くから遅くまで空いていることが殆どで、恐らく予定としてはカラオケから遊園地に変更は可能だろう。
遊園地よりカラオケを取られる可能性もあるが、それはないと選択肢から消し飛ばし、彼女へ『土曜空いてるんだよな?』と確認のメッセージを送る。
『空いてますけど、どうしました? もしかして予定が入ってカラオケ行けなくなったとかですか?(アセ)』
なんてすぐに帰ってきた。どんだけカラオケ気にいってんだよ。あんなに最初渋ってたのに……わかりやすい即落ち二コマじゃないんだから。
『その週末なんだがカラオケじゃなくて他の所行かないか?』
『えー私カラオケが良いです。それとも私がなびくくらいの場所につれていってくれるってことですか? 私はなかなか手強いですよ。なんたって、女優としていろんな所に連れ回されましたからね』
ネコが胸をはっている煽りに最適なスタンプと共にそんな文が帰ってきた。
さっきまで考えていたもののせいだろうか、なんだかこの先の展開が読めるような気がする。
『ランドのチケットをもらったんだが、行かないか?』
『行きます! ランドにさそってくるなんて楓さんは何者でしょうか? 神様?』
はい、ダメだった。即落ちだった。
一緒に送られてきたのは、餌を前に待てをされている犬のスタンプだし、もうなんかもう……。
動物的でかわいいいな、こいつ。
「大丈夫みたいだ。ありがたくもらっておくよ」
「はは、助かったよ。今度おごりとかでお礼してくれてかまわないぞ」
「あぁ、近くのステーキ屋でもおごってやるよ」
「お、そんなに太っ腹なこと言うなんて楓にしては珍しいな」
まぁなと笑って、興奮している華凛から送られてきたメッセージを眺める。
愁のおかげでただ報告をしただけなのに、楽しい会話をできたし、なにより価値としてはステーキをおごるくらいじゃないと釣り合いが取れないだろう。
「あそこって確かブランド牛も扱ってたよな」
あちょっと、早まったかもしれない。こいつ冗談で言っていない。
「お、二人とも何の話で盛り上がってんのー」
「楓が、ステーキおごってくれるって言ってんだよ。美甘もどうだ」
あーやっぱり後悔。だめだ、破産する未来が見える。
未来の財布をそうぞうし、やっちまったと天を仰ぐ。と、視線の先。空き教室でお弁当を食べていただろう美甘と目が合ったような気がした。
俺はすかさず。即落ち二コマ状態で泊まったチャット欄を動かそうと文字を打つ。
『テンション高いな。エリザの演技は良いのか?』
『そりゃあテンション上がりますよ。上がらないわけ無いですよ。あ、あの今日楓さんの家に行っても良いですか? 一緒に計画を立てたいです』
『家は別にいいけど、計画? そんなに立てることあるのか?』
日程、乗り換えの電車、待ち合わせ場所くらいで他に決めるものなんてあるだろうかと、悩んでいると。
『何いってるんですか。大ありですよ! 楓さんさてはなめてますね! どのパレードを見るかとか、どのアトラクションにどの順番で並ぶとか、時間帯で内容が変わる劇や、アトラクションはパレードの時間に会わせて動いたりとか、どの演目を見るかとか色々あるんですよ。それを決めて無いと例えば……』
なんて長文が送られてきた。しかも、はじめて見たが〔全て見る〕と長すぎるせいで一部が隠されて表示されてしまっている。
完全に失言だった。まさか、華凛のスイッチを入れてしまうような言葉だとは思わなかった。これからは気をつけよう。
『ところで劇アトラクションってなんだ?』
『園内にシアターがあってそこで、園内のキャラクターが劇を行うんですよ』
そっか、そういう遊園地限定の劇って言うのもあるのか。
まぁ、普通に園のコンセプト的に子供向けだろうけど。
そう思いながら、華凛から追加でおくられてきたメッセージに目を落とす。長文だが、これは華凛がうったものではなく、劇のあらすじをコピペして来たものだろう。あれ、結構面白そう。
『この劇って華凛は見たことあるのか? どうだった?』
『うーん。文字で説明するのがむずかしいので、楓さんのおうちで話ても大丈夫でしょうか?』
ほんと、チャット上だと信じられないくらいキャラが違うなと、思っていたのだが少しずつ慣れてきた自分に苦笑を浮かべ、了承の返信を返す。
「どのブランド牛食べる?」
「楓のおごりだからな、一番高いの? あ、これだとサイズ扱ってないのか」
「わーこれ美味しそう。ミックスステーキだからちょっと量多いかもだけど」
気づけば人の財布のことを考えず、とんでもない相談をしている二人。
俺は想像以上出費になりそうだと、慌てて止めに入る。
〇〇〇
窓に反射する自分の顔を眺め、エリザを宿そうとして失敗する。
ダメだ。友達とランドなんて少し想像しただけでも顔が歪む。教室に戻る前に心を落ち着けないと。
カラオケとは違って遊園地は幼少の頃、ドラマの仕事で撮影をした以来か。
もう一度生きたくて、いろいろと調べていたけど、その知識が役に立ちそうで良かった。
一人で行くような場所じゃないから、楓さんが誘ってくれたのは本当に嬉しい。
その時のことを思い出すと楽しみで仕方ない。数年ぶりのランド。
「あぁ楽しみだな日曜の遊園地」
楽しみすぎて声に出していたことに気づき、反射的に手を当てる。
まぁ、ここで何か話してもどうせ誰も聞いていないから、大丈夫だろうけど。
お弁当を摘まみながら、ランドの事について考える。彼でも楽しめること、彼なら楽しんでくれそうなことと、自分よりも彼の事を優先して考えてしまうこの状態に、なんだか幸福になる。今までは自分の事を考えるので精一杯だったのに、なんて
幸福な思考と感情を与えてくれた友人のほうへつい視線が行ってしまった。
あれ? 楓さん? どうして弥生さんと霜月さんに土下座をしているのでしょうか?
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