第七話 『からかい、変化』
芝居の練習を行うには、大声で叫んでも問題無い場所が必要である。
俺の場合はさらに、目立たないという条件すら追加される。そんな場所は探してもなかなか見つかるものじゃないが、俺は見つけていた。
近所にある、日本でも指折な大きさの公園。そこには案内板には書き込まれていない古いハイキングコースがあり、その道中にはぽつりとそびえ立つ展望台がある。そこが俺の練習スポットだ。小学生の頃から週五ペースで通っているが、未だに誰一人あったことがない。そう、誰一人会ったことが無いのだが、
「待ってくれ、それじゃあアイツが犯人ってことじゃないか」
そろそろ到着と言ったところで、緊迫した声が響いてきた。その声に足が止まる。
なにも聞こえてきた言葉が何か事件性がありそうなものだからじゃない。
そのセリフと、声に聞き覚えがあったからだ。
今日の昼休み、彼女が呼んでいた小説に同じ台詞があった筈だ。
「はぁ……またか……」
ここ数日。行く場所行く場所で彼女に出くわしていたから驚きはない。
むしろ、笑ってしまうくらい納得できてしまった。
「いや、いやいや。それは早計だよ。考えてもみてくれ、彼が犯人だったらそんな簡単な証拠を残すかい?」
続く台詞に対して、声色を変えていることから、登場人物全てを演じるつもりなのだろう。
彼女が演じているのは、最近出たミステリー小説だ。俺も面白そうだからと買って、この間読み終わったものだから、彼女がどう解釈して演じているのかが気になってしょうがない。是非見たいと、足早気味に歩みを進めると、展望台の上を舞台にして、小説を片手に持った神無月が洗練された動きを取っていた。
セリフ事に顔の向き、表情そして放つ空気感を変え、まるで多重人格者が人格ごとに会話をするように、たった一瞬でキャラクターを演じ分けている。
「そうそう。そこはちょーっと頭を働かせた方がいいともうよ」
人懐っこく、子供のようなけれど腹の黒そうな笑みを浮かべる少女。
「ばっ、馬鹿にするなよ。その上で俺はそうだって言っているんだ」
直情的な雰囲気の、素直さを感じさせる少年。
「まぁまあ、落ち着けって。一つの案として考えれば、二人の意見はもっともだ」
真面目で、暴れ馬二人を押さえ込むのが上手い苦労人気質の青年。
彼女の体は一つなのに、目の前にその三人がいるような錯覚を覚えさせる。
その舞台に引かれ、一歩一歩と近付いてゆく。と、
――パキッ。
地面に落ちていた枝に気づかず。足をすくわれて、地面とキスをする。
顔を上げれば喫茶店でみた表情と全く同じ驚き方をしている神無月と目が合った。
「は、葉月さん? どうしてここに?」
驚きが御から、何か俺を怪しむような、怪訝な表情へち変化する。
ストーカーか何かだと思われているのだろうか。
まぁ、こんな知る人ぞ知るっていう場所に現れたら色々と邪推するだろう。
「道にでも迷いましたか? そこの道をまっすぐに進めば学校のすぐ脇にある神社へと通じている道がありますよ」
帰ってきたのは予想していたものとは全く違う回答だった。
だけどここはベンチと、日陰棚というらしい、屋根の無い木組みの日よけがあるだけのただだっ広い空間だ。ここそのものに、目的がるなんて考えるよりも、迷って結果的に行きついたというの方が自然だろう。
「迷子じゃない。ここは俺の行きつけの場所だよ。本当にどうしてこんなに被るんだか」
「あら、そうなのね。ところで、行きつけというからには用事があるのでしょ? 貴方は何しにここに来ているのですか?」
「お前と似たようなもんだ。ほぼ毎日演技の練習をしにきてる」
「そう言えば貴方も芝居をするのでしたね。どのような演技をなさるのですか?」
単純な疑問もあるのだろうが、役者をしているからだろう。彼女の瞳の奥底は先程までと比べれば、どこか目がキラキラと輝いているような気がする。
多分、勘違いでは無いだろう。好奇心を感じさせるように、なにも言えずにいる俺を彼女の瞳が捉えてはなさないのだから。
正直、ちょっと心苦しさはでるが、それは出来ない。いや、彼女のこの反応のせいで余計にできそうもない。この俺の演技を期待する瞳は、思い出したくも無いものを思い起こさせてくる。
言う要理も早く、彼女なら見て貰った方が早いと、空き教室での時のように震える手を彼女の前にかざす。
「この状況で演技できないから……」
神無月は固まったように、瞬きもせずに目を見開いて、辺りの空気が若干だが、しおらしいものへと変化し、気づいたからにはと俺から彼女は目をそらしてくれた。
あぁ、やっぱりこいつは優しい奴だな。
「……ごめんなさい。忘れていたわ。その状況じゃ演技は難しいものね」
「いや、気にするな。それと神無月の視線はすこし慣れてきてるから、普通にしてくれてかまわない。演技は無理だろうが会話くらいなら問題無くできるから」
俺がそう説明すると、疑いつつも視線がこちらへと向いた。うん、やっぱり何故だかはわからないが、神無月の視線をうけても、愁や美甘のように体が震えるようなことは無くなってる。
「気をつかわせたはね……」
どこか申し訳なさそうにしている神無月。気を遣ったのはお前だろうにお前が申し訳なさそうにしているのだから、なんだかちょっと見ていられず、どうにか彼女の気分を晴らせないかと思案してみて思い出す。
「あ、そうだ、成長記録用にスマホで撮ったものがあるからそれでなら見せられると思うぞ、それを見てみるか?」
「見せていただけれるのであれば是非」
彼女の了承を受け、見せられそうな演技の動画洗濯して、名刺を差し出すようにスマホの画面を彼女へ傾けて再生用に画面をタップする。
直後、神無月の瞳が鋭く尖る。細かい動きすら見逃さないと、物凄く真剣に眺めている。
多分だが、今俺が声をかけても彼女は一切反応しないだろう。
「あぁ、ここはかなり考えて動きすぎていて、ちょっとぎこちないですね」
「ここの動きはカメラへの意識が全くなくて、それが逆にいい味になっていますね」
一つの動きごとに、神無月からの評価が飛ぶ。
何となくで見せてしまったがこの評価は参考になる。タメになる。
あぁ、見せてよかった。
「いや結構上手いですね。動きが多少大雑把ですけど、魅せる場面でそれが一切無い」
――――上手い。
彼女の呟いた言葉が胸の奥で反芻し、熱へと変化し体中へと広がってゆく。
ドクン、ドクンと心臓が鳴るたびに、感情が血と共に巡り、心の奥底で乾いていた何かが、ずっと渇望し乾ききっていた場所が、そのたった一言で潤ってゆく。
あぁ、誰かに始めて俺の演技を上手いと、言われた。
人前に出れなくなって、あの人から教えて貰えることもなくなって、ずっとここで一人で演技をしてきたそれが、始めて報われたような気がした。
「あれ、葉月さん? どうしたのですか? どうして泣いているのですか?」
いつのまにか動画を見終えただろう神無月が慌てた様子で俺を見ている。
泣いている? と頬に触れれてみれば、確かに俺は泣いていたようだ。
「いや何でもない」
彼女から顔を背け、涙を拭う。
どうしてないた、いや分ってる。あの言葉だ。
「泣いているのに、何でも無いということはないでしょう。もしかして私、貴方を傷つけるようなことを無意識に言っていましたか?」
「いや、違う、寧ろ逆だ。普通に上手いって言われたことが嬉しかった……いや何でも無い」
さすがに説明するのは気恥ずかしい。さっきの、熱とは違う意味合いの熱がこのままだとこみ上げてきそうだったので、これは口を閉じる。
「始めて言われたのですか?」
「そりゃあそうだろ、人前に出たら体がおかしくなるんだ演技を見せるなんてできないだろ?」
「葉月さん貴方……人に見せられない状態でよく、よくあそこまで練習を積み重ねられましたね。何故そうまでして、演劇を?」
「昔友達と約束、したからかな。一緒に共演しようって、それをずっと叶えたくて、演技をしている。まぁそいつがどうなっているのか、どこで何をしているのか全く分らないんだけどさ」
彼女の問いかけに自然と言葉をだしていた。多分普通に訪ねられていたら俺は答えなかっただろうでも。賞賛と真剣な眼差しにこたえなくてはいけないという感情にさせられた。
「それなら、人前にでることもいずれ、必要になるということですよね?」
「え、あぁ確かにそうだけど」
「なら、私にあなたの手伝いをさせてください」
「おい、何を言ってる関わり合いにならないって約束はどうしたよ」
「あれは学校での話でしょう? ここなら人も来ませんし問題は少ないはずです」
頑固にも押し通そうとしてくる神無月。何が彼女をそうさせているだろうか。
「急に一体どうしたんだよ一体何でそんな提案をして来た」
「私も昔、共演の約束をした人がいるから、その願いを叶えて上げたいとただ思っただけです。いやだと言うなら別にかまいませんでもできれば手伝わせてください」
「あぁ分ったよ。もうこのまま断ったらそっちの方が面倒そうだ。お前からはそんな感覚がしてるよもう」
「あら、それはお互い様だと思うのですけれど、まぁでも、これからよろしくお願いします」
こうして俺は、神無月と同じ場所で演技の練習を行うことになった。
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