第六話『学校での彼女』
「それで楓、話す気になったか?」
月曜日の昼休み。周りから隠れるように、ひとけのない部室棟側の中庭で昼食を取っていた俺は、いつものようにやってきた美柑と愁に、からかわれていた。
愁のニヤニヤとした笑みがうざい。なんで、こんなふうになっているかといえば、休日に神無月と映画館で隣席、喫茶店で相席になり、共に映画の感想に関して語り会うことになって、話がヒロがった結果あの日見た映画の話だけでは終わらず、
「あのシーンって『アステジーニ』のオマージュでしたよね?」
「どっちかっていうと『ワルファリン』じゃないか?」
「確かに……というかその作品日本では割とマイナーよりですが知っているのですね」
「当然だろ。そういえば、今回メイ役で出てた子『ワルファリン』とにた役どころだったけど演じ分けはかなり違かったよな」
「そうね、今回彼女は『アンブリエル』のどロッサ側によせている気がするわ」
なんて枝分かれするように多くの作品のタイトルを語り合い、気付けば四時間ばかし、喫茶店で彼女とすごしていた。
そして、昨日一日で彼女の人となりというか趣味趣向をしってしまったからだろう、教室で気づけば彼女の方へ視線を向けていて、それを愁や美甘にめざとく見られ結果からかいのネタにされているわけだ。
「楓もう観念したらどうだ? 逃げ道も無いだろ?」
二人のからかいを無視し、黙々と昼食を食べていたが、弁当の中身が空になり、今逃避先を失った。
「話す気って何のことだよ」
仕方がないと、意味は無いことはわかっているが、とりあえず誤魔化してみる。
「誤魔化そうとしなくていい。丸わかりだ」
「ま、そうよね。楓って嘘つくのとか本当に下手くそだもんね。もうちょっと上手くなっても良いよねって思うくらいには」
美甘は興味なさげにスマホを弄りながらおれをいじってくる。
「何をじゃあ聞きたいんだよ」
「神無月、ずっと見てただろ? もしかしてお前の気持ちが変わったかもなって気になってな」
「変わった? 何についてだ?」
「そりゃあ、お前の長年の思いを上書きするほどの恋をしてしまったのかと思ってな」
「人の恋路を弄る奴はなかなか恋愛出来ないって話し知ってるか?」
その言葉を放った直後、愁だけではなく美甘までも顔を僅かにゆがめた。単体攻撃のつもりだったが、全体攻撃になっていたようだ。こと恋愛事になるとほんとこいつら素直だな。
「俺の感情は何も変わらないよ。神無月の事を見てたのはまぁ、この間のことがあってな」
「あれって上手くいったんでしょ?」
「まぁ上手くいったと言えば上手くいったって感じだけどな」
「そっかー楓の初恋が叶わないことになったのかと思ったが、またこじらせてるだけか」
面倒なからかい方をするな! と空になった弁当箱で愁の頭を小突く。
「これ以上ここにいたらお前らの玩具になるだけだから先に戻ってるわ」
「え? 早く無いか?」
「お前らのおかげで弁当は空だからな、先に戻らせてもらうよ。仲良くなお二人さん」
そう言って中庭から離れ教室へと足を進める。
きっと今頃中庭は静かだろう。俺がいなくなって二人ということを意識してしまい、何を話して良いのか分らず、無言で昼食を済ませているはずだ。
俺以外に友人の多い二人が定期的に俺と昼食を取るのは俺を介して会話できる空間があそこだけだからだ。どうも二人だけだと気恥ずかしさなのかなんなのかあの二人は喋れなくなる。だから、からかわれた仕返しとしてはこれが効果的なはずだ。
なんて、ちょっといい気分に浸っていると早速苦情か、救援願いか、スマホに通知が数件届いていた。自席についてから、それらに追撃するよう、からかい混じりに返信をした。
すぐに向こうからも仕返しなのかなんなのか、神無月と俺を絡めた幼稚な文で返してくる。
だから違うって言ってるだろ。なんて否定とからかいの不毛なやり取りを繰り返す。
そんなことをしていたからか、ふと教室内にいる彼女の方へ視線を向けてしまった。ほんとこういうところなんだろうな俺。
神無月華凛その容姿と知名度から彼女はただ歩くだけでも多くの視線を引き寄せる。
普通の芸能人だったら羨望の視線だが、彼女に注がれるのは悪い視線。嫌悪や、侮蔑、嫉妬だ。
周りの奴等を観察しただけでもそれだけの悪意が彼女に向けられていた。
あの時、彼女に気持ちがわかるから、なんて言ったのは、ちょっと総計すぎたかな何て思うほどで、少しだけ心配になるが、彼女はもう慣れてしまったのか、特に視線を気にしている素振りは無く、自席で一人小説を読んでいる。
「あ、あのぉ……神無月さん」
そんな彼女へ珍しいことに話しかけるクラスメイトがいた。
その生徒はおどおどとしており、神無月に怯えているみたいだ。
対する神無月の方も、いきなり話しかけられた事に驚き、何を言われるのかといったように、怯えが僅かににじみ出ていた。
そうじゃなければ机の下で、何かを押さえ込むように手の甲へ爪など立てないだろう。
「どうしたのかしら。早く、要件を伝えたら?」
互いに怯えた状況だったが、こういうことに慣れているのだろう。神無月の方から切り出していた。が、相手側の女子生徒は神無月の声に固まってしまっていた。
「どうしたの?」
「へ、あごめんなさい」
エリザの演技中の彼女にしては優しい問いかけだったが、なにを勘違いしたのか女子生徒は怯えを強め、必死に謝り始めていた。このままだと、問いかけと謝罪のループに入りそうだ。
神無月は怯えるような奴じゃ無いのにな。なんて、彼女の素をしっているからいえる事だなこれは。
「はぁ。謝らなくて良いから要件を伝えなさい」
「へ? あ、あの次の授業の宿題。回収させてください」
似たような状態になれているのだろう。またも、女子生徒側を誘導し面倒な状態から要件を引き出すことに成功していた。
「宿題って数学の事でいいのかしら」
「は。はぃぃ」
よく分っていない様子の神無月。あぁ宿題か。
確か次の数学の先生は宿題を出した時は係の人に次の授業前に回収させるんだったな……。
神無月が転校してきてからあの先生が宿題を出したのははじめてだったのでなんのことか分らなかったのだろうが女子生徒の話で状況を理解したのか、神無月は鞄を漁りだし、女子生徒へ一枚のプリント差し出した。
「これ――」
「あ、ありがとうございます」
女子生徒はひったくるようにしてプリントを奪ってゆき。
足早にとなりの列の生徒の宿題を回収しに行った。
これは、かなりかわいそうである。神無月が何をしたってわけでもないのに。
必要以上に怯えられている。
「何あれ、あの子怯えてるじゃん」
「目つき鋭いし睨んでたんじゃない?」
「えーかわいそー。まぁ神無月さん怖いもんね」
今のやり取りをみていた一部のクラスメイトからの反応もこんな感じ。彼女は普通に対応しただけだったんだけどな。周りが抱いている彼女の印象は、いろんな意味で最悪だ。
どうにも、土曜日のことで彼女へと気持ちが傾いてしまっているせいか、どこか同情的になってしまう。だから、だろうか陰口に対して、悪癖が働きそうになったのは。
だけど止めてどうする。彼女たちの陰口をやめさせようと動いても、止めるわけがないし、そもそも二人だけやめさせたとろこで意味がない。彼女の陰口を言うのは二人だけじゃないし、なによりもそんな事をしたら悪目立ちして、死ぬ。
だから、俺は陰口をいっていた女子生徒から視線を外し、代わりに大丈夫と神無月を眺める。
そんなふうに、していたからかふと視線を外した先で、教室に戻ってきた愁と一瞬目が合った。
彼はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべ、ちらちらとこちらを見ながらスマホを操作していた。
なんなんだよ。と思っていれば、スマホには一件の新着。
『やっぱり、新しい恋始まったのか?』
やかましい。と、着信をスライドして画面から消し去る。
『未読無視しようとするなって』
消した側から、そんな先を見据えたメッセージが飛んできたので、スマホの電源を落として無視を決め込んだ。なんだか起動した時に数十件一気に通知されそうだが、知ったこっちゃない。と、机に突っ伏し寝たふりを決め込む。
今日は久々に展望台で演技の練習をするから、こんなくだらないことで体力を使いたくない、と放課後をまった。
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