第五話『喫茶店で』

 俺はエンドロールの終わりまでしっかりと見る派だが、今日だけは無理と、終わった瞬間に映画館を飛び出した。そして今、先程まで見ていた映画の原作小説を買いに近所の本屋に来ている。


 視聴して良かった映画に原作がある場合、それを買って脚本家や監督、役者が何を考えて映画のワンシーンを作り上げたのか、それを考えるのが趣味なのだ。今回の映画は集中出来なかったが、記憶に残っている部分はちゃんと面白かったので、もう一度見る時の予習もかねて本を買うことにした。


「あれ? 楓じゃん。本屋に来てるってことはもしかして映画でもみてきたの?」


 特徴的な明るさのある、高く聞き馴染みのある声。

 振り返ってみれば予想の通り、幼馴染の美甘だ。

 オーバーサイズのパーカーを羽織り、太ももが目立つショートパンツを履いている。ストリート系というんだったか、そんな感じの格好をしていた。


「あぁ、あの前評判が凄い良かった奴みてきた。お前の方は何しに来たんだ?」

「見たら分かるでしょ?」


 そう言って彼女は抱えた本をこちらに傾け表紙を見せてくる。それは数学の参考書だった。


「相変わらず、不良を自称しているくせに真面目に勉強やってんのな」

「不良って何よ。私はこの格好とちょっとやんちゃな友達が好きなだけよ。勉強だって親を見返すために行動しなきゃいけないんだからしょうがないでしょ」


 不機嫌そうに目を細め、舌打ちが聞こえてくる。


「ところでさ、本買ってるってことはこれからおじいちゃんの喫茶店にいくわよね?」

「そうだけど、どうかしたか?」

「明日のバイトに遅刻しそうって伝えておいてくれない?」


 それくらい自分で言えよ、なんて思わなくもないが、彼女の祖父。弥生草一さんはスマホとか携帯とか電話とか、持っているけれど全く触れないし、何なら彼の経営している店はそこそこ有名なので、休日は混んでいて、その話を通そうとすると直接喫茶店に行かないとその連絡ができない状態で、わざわざ言いに行くのは面倒だろう。仕方ないかと了承しようとしてふと疑問が浮ぶ。


「構わないけど遅刻するってどうしてだ? お前が遅刻なんて珍しい」

「あ、あした愁の練習試合、直前に時間変更があったでしょ……」


 そこそこ強いうちのバスケ部員である愁は結構頻繁に練習試合にかり出されており、こいつはその試合の応援に皆勤賞状態で出て居る。

 まぁ要するに、こいつも愁に惚れている。両片思い状態って事だ。

 そんな友人二人に、好きだけど今は付き合える状態じゃないから、何かあったら助けてくれ、なんて言われているせいで面倒ったらない。


「愁に会いたいからってバイトに遅刻するとはね~熱いね」


 だから、こういうときにからかうのはゆるされるだろう。こういうときくらいじゃないとこいつらはからかえないって言うのもあるが。


「何それウザ。時間変更なんだから仕方ないでしょ」

「まぁいいや、隙をみて言っておくよ」


 そう言って俺の煽りに苛つき始めた美甘から離脱する。このまま話しを続けていたら彼女を完全に怒らせ、喫茶店が一番混み合う時間になってしまいそうだ。


「ちょっと楓……」


 何か言いたげな彼女に背を向けて、会計を済ませた本を片手に、駆けるように店から出る。そしてそのままの足取りで、喫茶店へと向かう。

 五分ほどで目的の喫茶店に到着した。

 走ったせいで乾いた喉を潤したいと扉を開けたが、店員が忙しなく動いており、パッと見ただけでも席が埋まっていた。


「おや、楓くん。すまないけど、満席なんだ。待合席に座って待っていてくれないか」


 どうやらもう混み合っている時間帯に入ってしまったようだ。

 まぁ、喉の渇きは癒えないけどしょうがない。待合席でも読書はできるかと方向転換をし、固まる。

 神無月が待合席に座っていたのだ。ほっそりとした楕円の瞳が丸くなるほどに驚き、見開かれていた。


「えぇっと、また会いましたね楓さん」


 おどろきながらも、いや驚いたからこそなのだろう。人前でエリザの演技をしてしまう彼女が全く普通の人のように喋っていた。仮面が咄嗟にポロリと外れてしまっている状態だ。

 何時ものようにヤクザ? 殺し屋? と勘違いしてしまいそうな視線や威圧感は一切無く、やわらかく、間の抜けた可愛らしい空気感が周囲に流れている。

 そう言えば、昨日呼び出された時もときたまこんな空気になっていた気がする。となると、やっぱりこれが彼女の素なのだろうか。


「本当に、まさかここで出会うなんて思ってなかったよ」

「偶然一日に二度会うなんて本当に誰が考えるのでしょうね。もしかして貴方。私のストーカーだったりします??」


 途端に睨みつけてくる神無月。あぁ、こいつやっぱり思い込みが激しいな。


「お待たせしましたおや、華凛ちゃんと楓君は友達だったのかい?」


 俺たちが会話というか言い合いをしていると、席が空いたのを伝えに来たのか、美甘の叔父でここのマスターでもある壮年の男性。草一さんが俺たちを交互に見つめ、ニコニコと人付きのする笑みを浮かべ訪ねて来た。


「いや、俺たちは」

「えぇ、彼とはクラスメイトですよ」

「そうなのかい。もしよかったら、相席はどうかね? おそらく次の席が空くには少なくとも三十分くらいはかかりそうなんだけど」

「そういうことでしたらかまいませんよ。私は美味しいランチセットを食べにきただけですので、相席にいたしましょう」

「そうか、じゃあ席をすぐ用意するから待っていてくれ」


 俺が拒否するまもなく彼女が話を進め、介入する間もなく草一さんは早々にテーブルの方へ向っていってしまった。


「おい、神無月何勝手に決めてるんだ」

「……別にいいでしょ?、寧ろ私と共に昼食をとれるのですから感謝してください」


 一瞬しまった。という表情を瞳の奥に伺わせたが、彼女は傲慢にそして堂々とこの状況を押し通そうとしてくる。


「はぁ、仕方ない……分ったよ。いいよ相席で」


 この状態になったら多分。体力を使うような必死の説得をしないと彼女の意見は変わらないだろう。走って疲れているし、昼食と休憩を早めに取れるのならもうそれでいいやと諦めて、受け入れることにして草一さんを待つ。

 テーブルのセットをし、戻ってきた草一さんの案内を受け、互いに席に座る。


「それじゃあ、いつものをお願いするわ」


 彼女の注文とともに草一さんは下がってしまった。

 俺も常連で決まったものしか注文しないため、草一さんは何かいうまでもなくいつもの注文を運んで来てくれるだろう。

 それまで、楽しもうと、俺は鞄からさっき買った小説を取り出す。


「あなたのそれって、さっき見た映画の原作かしら?」


 テーブルへ本を置いた直後神無月が反応してきた。

 まぁ、同じ映画を見ていたからさすがに反応するか。


「ん? あぁ、そうだけどどうしたんだ?」

「い、いぇ何でもありません」


 どこか歯切れの悪い回答。何かこの小説か俺に言いたいことでもあったのだろうか。

 少し気になって、小説を手にもち、読む振りをして彼女を横目で眺めていると、隠すようにしてカバンから一冊の本を取り出していた。それは、俺の持っているものと全く同じ小説で……。


「それ……」


 と、口を滑らせた。彼女から

「何か言いたいことでもあるのかしら」

と言いたげなキツい視線が飛んできている。きっ、気まずい……。

 どうしようかと、視線を彷徨わせていると、


「ふたりともお待たせ。はい、いつものだよ」


 メイプルパンケーキとブレンドコーヒーのセットがそれぞれ二つ運ばれてきた。


「草一さん、私、二つも頼んでいないのだけれど?」

「こっちは楓くんの分だよ。華凛ちゃんと同じで彼も何時もこれを頼んでいるからね」

「そう、クレームのような形になってしまって申し訳ないわ」


 彼女の謝罪と共に笑顔でさって行く草一さん。


「今日貴方には驚かされてばっかりだわ」


 神無月はさっきの事など忘れていたかのように、至って平然と語りかけてきた


「そりゃこっちのセリフだよ。シアター内で急にだきついてきて驚いたんだからな、御影で映画に集中できな……かったんだからな……」


 しまった。またやった。

 途中で自分が何を言ったのかに気づいたが止らなかった。

 この場にもし自分しかいない状況だとしたら今ごろ頭を抱えながらジタバタともがいていただろう。


「一体映画に集中できなかったことと、わたしになんのかんけい、関係が……」


 気づいてしまったにだろう。持っていたフォークを食器へと落とし、彼女の白い肌が徐々に赤く色づいてゆく。


「なんてことを言うのかしら、私に惑わされたあなたが悪いだけじゃない」


 暴論だ。暴論だが、それが許されてしまうほどの気迫。


「でっ、でも悪かったわね」


 彼女が謝罪⁉ とつい驚いてしまった。いや、神無月が謝罪するのはちょっと見慣れてきたが、映画館や空き教室のときのような、演技が外れかけている状態じゃ無く、エリザの演技中だったからそこに意識が持って行かれていた。

 やばいな。こういう彼女をエリザと思い込んでしまうのも直さなきゃな。


「いや、別にもう一回見直す予定だったし大丈夫だ。内容があんまりはいってこなかったけれど、おもしろかったことは確かただから」

「ふーん。じゃあ、どの辺がおもしろいと思ったのかしら?」


 俺の発言を疑っているのか、何やら思案顔で質問をしてきた。

 どの辺が面白いか、か……。


「やぱりラストシーンかな、あの緊迫した箇所で出てくる演技が最高だったと思う」

「そうね。あのシーン、私もすばらしいと感じたわ。あの監督はあの手のシーンをやらせたらピカイチですし、あの役者も監督の作品の常連ですから、どう動けばいいのかかんぜんに理解していましたね」


 身を乗り出し、少女が親に自分の好きなものを語りかける姿を今の神無月にげんししたが、彼女は凛とした佇まいのままいっさいうごいていない。

 これは彼女の内面感情が漏れ出たのだろうか。

 いや今はそんなことどうでもいい。彼女の話しているないようの方が俺にとっては重要だ。愁や美柑はこの手の話を語ってもあんまりノリが良くない。曰く「そこまでしっかりは見てない」とのことだが俺としてはこういうのを語りたかった。


「あのシーンの演技はどうかしら?」


 彼女の質問に答えるように嬉々として会話の内容を伝えてゆく。

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