31:語り継がれる伝説はどこか間違っている

 本当に参ったものだ。まさか主が私の起こした風に巻き込まれていたとは。しかもまだ瘴気が残っている谷底に落ちたようだしな。主のことだから無事だとは思うが、谷底は瘴気が濃く動くには少しキツい。

 さて、どうしたものか。私は主を探さないといけないのだが、ミィとモココを連れていってもいいだろうか。


「わしは行くぞ。おばちゃんのご飯が二度と食べられないほど悲しいことはないからな」

「ぼ、ぼくは神殿を確認してくるよ。なんだかすごいことになってそうだし」

『わかった。それじゃあ分かれてそれぞれ目的を果たそう』


 と言ったものの、さすがに主なしであの中は移動したくない。下手すれば私が瘴気に飲み込まれてしまう可能性がある。かといってミィに主の捜索を頼むのもなー。

 どうしたものか、と私が考えていると神殿に向かったはずのモココが悲鳴を上げた。思わず振り向くとそこには不思議な温かい光をまとったモココの姿がある。


「どうしたんじゃモココ! いや、お主は何者じゃ!」

『さすが魔王ですね。見た目とは違い、わたくしのことがわかりますか』


 ミィが身体を震わせていた。私はその様子を見て息を飲む。

 目の前にいるモココ、いや何かは私よりも強い浄化の力を持っている。そしてその性質は主とは違う強く攻撃的なものだ。それにその口調はモココのものと違う。

 だから私もすぐにそれが憑依した何かだと気づいた。


『ご無礼を承知で伺わせていただこう。あなたは何者だ? 私とは似て非なる者のようではあるが』

『ヴァルドラ、でしたね。わたくしはあなたの先代と交流があった者と言っておきましょう。本来ならばあなたの行動は許されざることではありますが、事態が事態です。それも大目に見てあげましょう』

『深き温情に感謝いたします。して、なぜ先代と関わりがあったあなた様がこんな所に、そしてこの時にお出ましになられたのですか?』

『事情はややこしい。だがゆえに頼みごとしたくここに立ちました。聞いてくれますか?』


 私は深々と頭を下げ、『ぜひ』と答える。するとモココに憑依したそれは何かを懐かしむように目を細め、思い出すように語り始める。


『頼みたいこと――それはあの方に安らかな眠りを与えてほしいということです』

『つまり討伐しろ、ということですか?』

『簡単に言えばそうなります。ですが彼は討ち倒せないでしょう』

『どうしてでありますか?』


『あの方、いえ今は邪竜と呼びましょうか。邪竜は決して死ぬことはない存在です。あなたの先代が死闘の末、魂と肉体を分けたことで無害にすることができました。ですが、それでもあの方は生きております。今もまだ満足できないまま復活をしようと画策しているでしょう』


 先代も苦労した不死の存在。それが私達の敵か。

 普通ならば勝てる相手ではない。それに聞けば聞くほどその厄介さがわかってくる。


『ではどうすれば邪竜は倒せるのでしょうか?』

『あの方を満足させる。それしかありません』

『満足させる、とは?』


『あの方は元々戦を司る竜。つまり〈戦竜〉でした。戦うことで心を満たし、戦うことで安らぎを得ております。ですが、その安らぎを得るためにあの方は間違いを犯し、邪竜へと堕ちてしまいました。それによってあの方はあなたの先代と戦う願いが叶い、そして負けた。永遠と言える時間を封印と言える形で過ごし、今まさに蘇ろうとしています。長い長い眠りの時に果たせなかった戦いを再び始めようとしているのです』


『つまり、邪竜が満足する戦いをすれば倒せる、ということですか?』

『はい。どんな形であれ、あの方が満足さえすれば長き暴走は止まります』


 ますます厄介だ。戦いの中で邪竜を満足させなければならない。

 どう戦えば邪竜が満足するのか。考えてみるが具体的な答えは出てこない。


「なるほど、それは厄介な存在じゃのー」


 ミィも同じように感じ取ったのか、肩を竦めていた。とても面倒臭そうにしながら食べ残していた主が作ったビスケットをポリポリと食べている。

 下手に戦いを挑めば先にこちらが疲弊し負けることがわかり、かといって戦わないという選択肢を取ることはできない。どうしたものか。このままぶつかっても勝ち目はないぞ。


「悩む必要はなかろう」

『しかし、相手は不死だぞ? 倒すにしても――』

「わしらにはおばちゃんがおる。そのことを忘れたか?」


 主の存在のことを忘れていた。しかし、だとしても主の力でどうにかできるのか?

 もしできるとしてもどんな方法でどうにかするのだろうか。


「このまま戦えば勝ち目はまずない。だからわしらが邪竜に勝つにはおばちゃんが必要不可欠じゃ」

『どのみち探さなければならないからな。だが、見つけたところで勝ち目はあるのか?』

「あると信じるしかなかろう。それに、先代の聖女が前はどうにかしたんじゃろ?」


 ミィはそう言い、モココを見つめた。するとモココ、いやモココに憑依した者は優しく微笑み返す。その優しい瞳にミィはため息を吐き出し、ちょっと鬱陶しそうに後ろ髪を掻いていた。

 先代と共に戦い抜いた聖女。だからこそこれほどの強い浄化の力を持っているのだろう。


『普通ならば、例え彼の意志と力を引き継いだあなたでも不可能なことでしょう。ですが、あなたには異世界からやってきた彼女がいる。だからこそお願いします。わたくしが愛した戦竜を、今度こそどうか安らかな眠りにつかせてください』


 約束できることではない。不可能に近い頼みごとだ。しかし、だからといってここで投げ出す訳にはいかない。それに、一つの確信を私は持っている。

 主が、彼女さえいればどうにかなる。いや、絶対にだ。

 私は頭を深々と下げている先代聖女に手を差し出し、一つの約束をした。


『頭を上げてください。どこまでやれるかわかりませんが、あなた様との約束を果たしてみましょう』

「そのためにはおばちゃんを探さんとな。ま、大船に乗った気でおれ。わしらがその戦竜を満足させてみせよう」


 先代聖女は私達の言葉を聞き、顔を綻ばせる。

 それは安心したかのようにも見える笑顔だった。


『ありがとうございます。どうか、どうかあの方をお願いいたします』


 その笑顔は、次第に安らかなものとなっていく。そしてそのまま眠りにつき、彼女の気配は消えてしまう。

 私はモココを見ると、心地いい寝息を立てて眠っていた。


『大きな約束をしてしまった』

「必ず果さんとならんな」

『参ったものだ』


 彼女との約束を果たすためにも、まずは主を見つけよう。

 世界を平和に導くためにも、私達は主を探しに瘴気が残る谷底へ向かうのだった。

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