30:部屋の空気は淀むからちゃんと入れ替えること

 村の入口に轟く悲鳴は空気を切り裂いていた。全ての瘴気を吸い込まれたモコモコピエロは、尻もちをつくとそのまま力なくへたり込んだ。見た限り、どうやら主の試みは成功したように見える。

 私は喜んでいる主から視線を外しひと仕事を終えたミィに声をかけると、彼女は右肩を抑えながら呆れつつこんな言葉を放った。


「やれやれ、いつもこんなことをしておるのか? これでは身体がいくつあっても足りんぞ」


 それはごもっともな感想だった。

 ひとまず騒動を終え、私は主に視線を戻した。彼女はとても気に入っているのか、力強く抱きしめすぎてモコモコピエロが苦しそうに唸っている姿がある。

 主よ、嬉しいのはわかるがそんなに力いっぱいに抱きしめてたら死んでしまうぞ。


「いいわぁーこのモコモコ加減。おばちゃんが求めてたモコモコだわぁぁ。あ、そうね、この子は今日からモココって名前にするわ」

「いい名前じゃの、おばちゃん。わしもそやつのことをモココと呼ぼう」

『あまり名前をつけてほしくはないんだが……』


「何言っているのよ神様! 名前って大切なのよ。どのくらい大切かっていうと自分の誕生日ぐらい大切なことなのよッ! それに名前がないと声をかける時に困るじゃない。あ、そうそう、思い出したことがあるわ。お隣の田中さんなんだけど、あの人ったらおかしいのよッ! 犬に〈ネコ〉って名前つけて猫に〈イヌ〉って名前をつけていたのよ! もうややこしくてややこしくておばちゃんつい怒っちゃったわ! でもおかげでわかったの。名前ってとっても大切って。だからおばちゃん、自分で世話するものには名前つけてるの。あ、そういえば最近、リップちゃんに水をやってなかったわッ! あとでお父ちゃんにお願いしなきゃッッッ!」


『そ、そうか。こだわりがあるのだな。いいことだ』


 なんだか関係ない話になった気がするが、気にしないでおこう。

 さて、どうにか騒動は収められたから出発しなければ。しかし、このモコモコピエロはどこから来たんだ? この地域には存在しないはずなんだが。

 そう考えているとモコモコピエロのまぶたが動き出す。そのまま目を開き、呆然としながら周囲を見回していた。


「お、気がついたようだぞ」

「おはようモココちゃーん! あなたは今日からおばちゃんのペットよぉぉッ!」


 力いっぱいに抱きしめられ、モコモコピエロは混乱していた。まあ、仕方ないことだろう。いきなり主のペットにされたなんて到底理解できるはずはない。

 魔王ミィは面白がっているだけで説明する気なんてなさそうだ。やれやれ、仕方ないから私が簡単に説明してやろう。


『お前は瘴気に飲まれていた。それを私達がどうにかし、一番頑張った主がお前をペットにすると言っている。理解できたか?』


 何を言っているんだろうか私は。とはいえ、これがありのままの事実だ。ひとまず状況だけでも理解してもらおう。

 そう思っているとモコモコピエロは不思議そうに主を見つめ始める。何を思ったのか、それは「ありがとう」と言葉を放った。


「あの、助けてくれたんだよね? ぼく、魂の神殿を守ってたんだけど、突然何かに攻撃を受けちゃって。どうにかしようとしたんだけどあふれた瘴気に飲み込まれちゃって。そこからあまり覚えてないんだ」

『魂の神殿? もしや邪竜の魂が封印されている神殿の守護をしていたのか?』

「うん。でも最近、妙な奴らが来て。いつものように追っ払おうとしたら攻撃されちゃって」

『そうか。その妙な奴らはお前に攻撃する以外、何かしたか?』


「ううん。でもなんか言い争ってた。えっと確か、このままじゃあ出し抜けないとかどうとうか」


 モコモコピエロの言葉を聞き、私は考える。おそらくここに鎮座していた豪炎竜グレゴリアが行動を起こしたのだろう。だが、想定外のことが起きた。それをどうにか対処しようとしたが上手くいかず、そういった言葉が出たのかもしれない。

 しかし、モコモコピエロの言葉を聞いたミィは違う意味として言葉を捉えたようだった。


「一つ聞きたいがいいか?」

「何?」

「その出し抜けないといった奴は男だったか?」

「うーん、声を聞いた感じだと女の子だったかな。見た目は、君に似ていた気がするよ」

「ほほう、そうかそうか。それはいいことを聞いたのじゃ」


 ミィが楽しげに笑っているが、それはなんだか危険な笑顔にも感じられる。なんだ、こいつは何を考えているんだ?

 まあいい、それよりも早く神殿に向かおう。だいぶ時間が経ってしまったからな。これ以上、時間をかけるのは惜しい。


『主よ、そろそろ出発するぞ』

「えー、モココちゃんと一緒じゃなきゃ嫌よ!」

『連れて行ってもいい。とにかく行くぞ』


 私はそう言い放ち、相棒に触れた。瞬間、憑依が完了し、そのまま私は主の前に移動する。主は呆れたように頭を振っていたが、諦めたのかモココをカゴに入れ私に跨った。

 これで出発の準備は整った。あとはミィが乗れば全て完了だ。


「わしは大丈夫じゃ」

「あら、乗らないの?」

「ああ、こう見えても空を飛べる」


 そう言ってミィは背中に翼を生み出した。おそらく魔法の類だろう。

 しかし、そんな彼女の魔法を見て主は不思議そうに見つめていた。


「あら、最近はすごいのね。コスプレってそんなにすぐに着替えられるのね」


 何か勘違いしていそうだが、私は何も言わないでおいた。

 こうして私達はモココを連れ、魂の神殿へ向かう。広がる木々と草花を眺めつつ、途中主が道に迷うとモココが道を教え戻っては進んでいく。

 穏やかな時間が風のように過ぎていくと、私達は目的の場所へ辿り着く。だがそこはとんでもないことになっていた。


『これは――』

「あら、すっごい空気が淀んでいるわね」


 それはあまりにも瘴気が立ち込めており、神殿の全貌がわからないほど濃いものとなっていた。さすがの私でもこの中に入ればただでは済まなさそうだ。

 同じような感想を抱いたのか、ミィも苦い顔をして瘴気に飲み込まれた神殿を見つめていた。


「これは困ったのじゃ」

『どうにかならないか?』

「できてたらこんな顔はせん。お前こそどうにかできんか?」

『お前と同じだよ』


 参ったものだ。ここに来て立ち往生するとは。

 しかし、どうにかしようにも私達の浄化力では足りないぞ。この地方だけではなく、他からも応援を呼ばなければいけないがそんな時間はない。

 どうしたものか、と考えていると主がギルドカードで何かやっている。なんだかポチポチっと軽快な音を立てているが、何をしているのだろうか?


「これでよしっと」

『主よ、何をしていたんだ?』

「お買い物よお買い物。いい感じにポイントが溜まったから使ったのよ。あ、お急ぎ便にしたからすぐに届くと思うわ」


 何を買ったのだろう、と思っているとすぐに「お届けものでぇ~す」という元気のいい声が後ろから聞こえてきた。振り返るとそこには真っ黒な何かがおり、それは箱を担いでいる。

 真っ黒な何かはそのまま箱を置き、地面に溶け込むように消えていく。なんだか消えた存在が気になったが、ひとまず箱の中を確認することにした。


「ま! とんでもなくボロボロじゃない!」


 それは三枚の翼を持つ不思議な形をした機器。確かこれは、最近発見された〈異物〉と似ているな。値段をつけるならプラント金貨十枚の価値はある代物だ。

 まさか、主はそれを買ったのか?


「もぉー、不良品じゃない! これじゃあ動かないじゃないのッ!」

『主よ、こんなものを買ってどうしようとしたんだ?』

「扇風機ッ! これで空気を飛ばそうと思ったの! でもこんなにボロボロだと使い物にならないわ。もぉー、あのハンサムに文句言ってやるッッッ!」


 ふむ、空気を飛ばすか。なるほど、その発想はなかったな。

 確かに見た限りボロボロだ。しかし、それは私がどうにかできる。だが、これ一つでは瘴気を飛ばすのは難しい。


「手伝ってやろうか?」

「ぼ、ぼくも手伝う!」


 その問題も解決できるか。

 私は申し出てくれたミィとモココの力を借りることにする。まずは相棒の憑依を解き、私は扇風機に憑依する。次にミィが魔法を使い、私ごと扇風機を大きくするとモココも魔法でその分身を数体作った。

 あとはタイミングを合わせ、扇風機の機能を発動させる。途端に力強い風が起き、あっという間に瘴気は吹き飛ばされていった。


『よし、上手くいった!』


 これで神殿の中に入れる。

 そう思っているとミィが思いもしないことを言い放った。


「おばちゃんがおらんぞ!」


 は? なんでいないんだ?

 さっきまで怒ってギルドに文句を言うかどうか考えていたじゃないか。


「あのぉ~、さっき風を起こしたら一緒に飛んでいっちゃたけど」


 なんということだ。まさか主が風に巻き込まれていただなんて。

 仕方ない、主を見つけることを優先しよう。神殿の調査はその後だ。

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