32:一家の大黒柱って今も昔もなんか頼もしい


 かつて起きた神話時代の出来事。それは私が知っているものとは少し違う内容であり、思い出せば思い出すほど驚くものだった。まさか邪竜が元々こちら側だったとは。何度思い出しても疑いたくなる事実だ。

 しかし、先代はどれほどの強さだったのだろうか。戦竜と呼ばれていた存在が裏切ってまで戦う選択をした。全てを知っている訳ではないからわからないが、かつての仲間がそんな選択をさせるほどの強さだ。きっと恐ろしいものですごいに違いないだろう。


 まあ、そんなことを考えるのは後回しか。


「わしのお菓子がなくなった! さっさとおばちゃんを探しに行くぞ!」

『そうしたいのは山々だが、どこに落ちたのかわかるのか? 方角はだいたいわかっているようだが』

「ならしらみ潰しに探せばよかろう! とにかく、おやつじゃ。おばちゃんがいないと食べられないのじゃ!」


 ミィがとてもうるさい。確かに主の作った料理は美味しいが、そこまでいうほど食べたいものか?

 何にしても瘴気がまだ濃い谷へ降りないといけないことには違いない。としたら、できる限り安全に降りていきたいものだ。

 そう考えているとミィが勝手に相棒に憑依した私に乗ってきた。


『おい、何のつもりだ!』

「降りるんじゃろ。ならこうしたほうが手っ取り早い」

『……どうやって降りるつもりなんだ?』

「もちろん、このまま一緒に飛び降りるんじゃ」


『聞いた私がバカだった。着地はどうする?』

「わからん。どうにかなるじゃろ」


 そういってミィは勝手にペダルを漕ぎ始める。待て待て待て、着地方法も決めないで飛び降りるバカがどこにいる。このままだと地面に激突して非常に痛い目に合うぞ。

 っと、抗議する間もなく私達は谷へ向かって飛び出していった。それはもう見事で清々しいまでの飛び込みだ。ミィはムカつくほど楽しい笑い声を上げており、私はというと不意をつかれた形なのでとても情けない悲鳴を上げていた。


『どうしてそんなにも無計画なんだぁぁ!』

「生涯とはトラブルの連続じゃ!」

『全然上手くないからな、魔王ッ!』


 ものすごい勢いで落ちていく感覚を私達は味わっていく。それはもう二度と経験したくないと誓うほどのものだ。

 しかし、ミィは私とは対象的に心の底から楽しんでいる。その顔は恐怖というよりは無邪気な笑顔に包まれており、それはそれは見事なほどに怒りを覚える素敵なものであった。


『どうするんだ、これー!』

「うるさい奴じゃな、お前はぁー!」

『どうにかしろ、このままだと下手すれば死ぬー!』

「ホントうるさいのぉ。わかった、なんとかしてやる! アリア、出てこい!」

「はーい」


 ミィのかけ声に応えるかのような声があった。何気なく目を向けるとミィの後ろにはいつの間にかアリアがおり、彼女は手にしていたピクニックシートを広げる。途端に落下速度が遅くなり、私達は無事に着地することができた。

 一体何が起きたのか。訪ねようとした瞬間、ミィが鼻高々にして説明し始める。


「どうだ、驚いたか? これがわしの得意な魔法じゃ」

「転移魔法って言います。あらかじめ座標指定していればいろいろなものを移動させられるんですよー」

「ぬあっ!? それわしが言おうとしていたことじゃぞ!」

「でもミィ様の転移魔法ってちょっと不便で、座標指定をちゃんとやっていないと使えない代物なんですよね。しかも指定できる数は二つまでだし」

「それもわしが言おうとしてたことじゃー!」


 つまり、拠点と自分を繋いでいたということか。だから突然アリアがミィの後ろに現れたように見えたんだ。

 にしてもこいつ、ギリギリまで自分の能力を隠してくれたな。しかも私を驚かすためだけのために。おかげで本当に死ぬかと思って悲鳴を上げたじゃないか。


「まあいいわい。ちゃんとこいつの情けない悲鳴を聞けたことに変わりないのじゃ」

『お前な、状況をわかっているのか?』

「わかっておる。だから手の内を見せたじゃろ。もしお前を倒す気なら、こんなことはせん」

『疑わしいんだが……』

「疑い深い奴よのぉ。まあいい、とにかく万が一の時はわしがおる。逃げることもできるから安心せい」


 頼もしいのかそうでないのか。何はともあれ、帰りが楽になったのはいいことだ。

 さて、どうにかこうにか谷底に来ることができた。主ははたしてどこにいるだろうか。


「――――」

「なんじゃ?」

「何か聞こえますね」


 主を探そうとしているとミィとアリアが何かを聞き取ったようだ。二人は一緒に同じ方向へ顔を向ける。私はその視線の先に目をやってみるがなかなかに瘴気が濃いためか、そこに何がいるのかわからない。

 ひとまずミィ達と一緒に移動し始める。するとだんだんにその声はハッキリ聞こえてきた。


「お父ちゃぁぁぁぁぁんッ」


 どうやらこの声は主のものだ。だいぶ大きな声を上げているが、一体どうしたのだろうか。

 そんなことを考えていると瘴気の霧の奥から主が姿を現した。見た限りケガはなく、傷らしい傷もない。どうやら無事だったようだ。

 しかし、再会してすぐに主はこんな言葉をぶつけてきた。


「ちょうどよかったわ。アンタ達、お父ちゃんを見なかった?」

「お父ちゃん? もしやおばちゃんの旦那か?」

「そうそう。体型はおばちゃんと似てて、結構ワイルドな人よ。ねえ見なかった?」

「見てませんね。ついたばかりということもありますけど、人らしいものは全く」

「おかしいわねぇ。あの人ったらおばちゃんをお姫様抱っこした後、すぐにどっかに行っちゃったのよ。ホントあの人ったら昔っから放浪癖があるから困るわぁぁ」


 私は主の話を聞き、すぐさまおかしいと感じた。

 主の話によく出てくるお父ちゃんはこの世界の住人ではない。もし主が私のやった召喚術を使ったのなら話は違うが、落ちている時にそんなことしている暇はないはずだ。

 しかし、主がこんな状況でそんな変な嘘をつくだろうか。


「あ、もしかしたらこの建物の中に入ったかも!」


 そういって彼女はすぐ近くにある神殿を指差した。私とミィ達は互いに見合い、視線を使ってそんなことあるかと問いかけた。だがすぐに、ありえないという結論を出す。


『主よ、いくらなんでもそんなことあるとは思えないが』

「絶対にあれはお父ちゃんよ! ほら、ちょうどここに穴があるし。きっとここから入っていったに違いないわッ!」

『いや、しかし――』

「とにかく行くわよ! あの人って放浪癖があるくせにすぐに迷子になる人だし。早く見つけ出さなきゃまたそこで晩酌しちゃうわッ!」


 主はそういって私にまたがる。そのまま警戒心なくペダルを漕ぎ始めた。

 私は仕方なく主の行きたい方向へ動き出す。ミィ達が慌てて追いかけてくる中、私は主と共に神殿内部を移動しながら眺めていた。そこには青と赤が入り混じった内壁が広がっている。もしかすると何かの血かもしれないが、その真相はわからない。

 だんだんとその二つの色が混ざり合い、奥に進むに連れて濃くなっていくと突然開けた空間に出た。


「あら、妙に広いところに出たわね。お父ちゃんはいるかしら?」

『うーむ、いないと思うが……』


「もぉー、神様って案外薄情ね! そんなんじゃあ、かわいい人が見つかっても逃げられちゃうわよッ! そうそう、かわいいで思い出したんだけど、マー君って小学生の時に恋人を作ったのよ! もう、まだまだ幼かったのに隅に置けないわねッ! でもすぐに別れちゃったのよね。なんでもおばちゃんのことを悪く言ったからだって! ホント、マー君っていい子だわッ! 見る目あると思うの。だからおばちゃん、早く結婚してほしいって思ってるのよね! あ、いい子がいたら紹介して、神様ッッッ!」


『わかった、一応探しておこう』


 全く関係ない話だ。まあ気にしないでおこう。

 それにしても、嫌な感じがする空間だ。まさかだとは思うが、ここに邪竜の魂が封印されていないだろうな。


 そう思っていると、部屋の中心から何か視線を感じた。見るとそこには深紅の鱗に包まれた竜の姿があった。ギラついた目は赤く染まっており、ずっと私達を睨みつけている。

 口からはみ出るほどの立派な牙に引っ掻かれたらただじゃ済まないだろう恐ろしいツメを持っており、見た限りあれが消えたはずの豪炎竜グレゴリアだと思った。


『ほう、よくこんな所やってくる酔狂なバカがいたもんだな』


 だが、感じ取れる威圧感が想像していたものよりもヤバい。表現し難い恐ろしさだが、出会った瞬間に背を向けて逃げたくなるものだ。これがグレゴリアなのか。しかしこの威圧感は今まで出会ってきた存在の中で一番だ。

 そう、魔王を凌ぐほどである。だからこそ、これは本当にグレゴリアのものなのかと疑ってしまう。


『くく、懐かしい気配が感じられる。そうか、あいつの能力を僅かに引き継いだ者がいると聞いたが、それか。なら、コテ慣らしとして戯れてやろうか』


 そう言い、グレゴリアは身体を起こす。途端に漂っていた瘴気が一点に集まりだし、それはどんどんとグレゴリアの身体にまとっていく。そして翼を広げると同時に一気に爆ぜた。

 それは広い空間なんて関係ない爆発だ。咄嗟に私は主を守ろうとしたが間に合わず、そのまま爆炎に飲み込まれた。


『他愛もない。思った以上の雑魚だったか』


 これが私とグレゴリア、いやそれに憑依した何かとの力の差だ。勝てるはずがない。

 しかし、この力の差を埋める存在がいる。それは私と共に旅をしてきた主だ。


「ちょっとちょっと、どこに行ってたのよお父ちゃん!」


 燃え盛る炎の中、私は飲まれていた意識を取り戻す。一瞬何が起きたか理解するのに時間がかかった。どうにか攻撃されたことに気づき、生きているおかしさにも気づく。

 一体何が起き、生きているのかと思い前を向く。するとそこには、人の姿をした黒い何かが立っていた。丸々とした身体つきで主とどこか似ているそれは、ゆっくりと振り返る。その姿を見た私は、すぐに異質な何かだと理解した。


『これは――』

「あ、紹介してなかったわね。この喋る自転車は神様。ほら、お父ちゃん。ちゃんと挨拶してッ!」


 お父ちゃんと呼ばれた黒い何かは丁寧に頭を下げる。なんとも言い難い気分になるが、それは一旦置いておこう。

 ひとまず、この存在はどこから現れたのだろうか? まさかミィみたいに転移させてきたなんてことしてないだろうし。


『ほう、少し骨のあるのがいるみたいだな』


 グレゴリアが黒い何かに興味を持つ。そのまま戦う構えを取ろうとした瞬間、黒い何かは一瞬にして消えた。

 かと思ったら今度はグレゴリアの身体が右にぶっ飛んでいた。


『はっ?』


 何が起きたんだ? 思わず目をグレゴリアがいた場所に向けると、そこには黒い何かが立っている。その穏やかな顔はどことなく怒っているようにも見え、その証拠に拳の骨を鳴らしていた。

 本当に何が起きたんだ?


「もぉー、お父ちゃん! ケンカしちゃダメでしょッ! いくらなんでもいきなり殴っちゃいけないから!」


 殴ったの!? あの一瞬で!?

 いや待て、その前にどうしてあの一瞬を主が把握しているんだ? 見えてたの?


『ククク、ハハハハハッ! 準備運動にはなりそうだな!』


 殴られたらしいグレゴリアは、楽しげに笑っていた。そのまま勢いよく飛び上がり、黒い何か、いやお父ちゃんを見つめる。

 どうやら今の一撃で変なスイッチが入ったようだ。


『どれほど楽しませてくれるか。少しだけ戯れてやろう!』


 こうして激しい戦いが始まる。何も把握できないまま、とんでもないことになろうとしていた。

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