一.宣戦布告

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 午前七時に目が覚め、着替えやら朝の雑事を済ませて七時半には家を出る。一回の乗り換えを必要とする電車移動、及び徒歩時間を含めるとなんだかんだ通学に一時間はかかる。その後午後三時半まで授業が続き、帰宅。月、水、金曜日は平日でもアルバイトがあるので、すぐさま私服に着替えて今度はバイクでバイト先のコンビニへと向かう。午後五時から九時まで働き、夕食は合間の休憩時間で済ませる。バイトが終わって家路に着き、風呂に入って自室の時計を見ると、たいがい午後十時付近であることが多い。

 一日の大半を占める十五時間という時を、僕は生存だけを目的に行動している。あらゆる感情を遮断して、ロボットのように手足を動かすのみ。

 その後、午前一時に就寝するまでの三時間が僕のゴールデンタイム。

 その日のなるみもの最新情報をチェックし、自ら編集したなるみものショットだけを繋いだライブ映像を見返し、なるみもが出ていたテレビ番組やらネット配信の動画を見返し――

 僕が、僕の人生で唯一、価値を感じられる時間だった。

 ――だから、登校してから朝のホームルームが始まるまでの十分間なんて、僕にとっては我慢と苦痛の開幕にすぎない。海底の貝のように口をつぐんで、ただひたすらゴールデンタイムの訪れを待ちわびている。

「――ホント、ショック~! 私、結構好きだったんだけど」「たいしてイケメンでもないのに、ちょっと売れたからって調子に乗っちゃったんでしょ? 奥さんもいるのに、よくあんなバカなことできるよね~?」

 去年ブレイクした遅咲きのベテラン芸人が女性関係で問題を起こしたらしく、SNSのトレンドワード入りを果たし世間を賑わせていた。うちのクラス連中も例に漏れず、女子を中心に朝からその話題を口にする生徒が多い。無表情に彼女らの会話を聞き流しながら、僕は内心、ウンザリとした不愉快を覚えていた。

 僕はその人気芸人を「顔は知っている」くらいにしか認知していない。つまり彼の愚行をフォローするいわれは一つもない。それでも、自立すらしていない女子高生が、二つ周り以上離れた年上のおじさんを偉そうに批判している姿は見ていて気持ちのいいものではなかった。

 僕は机にかけていたかばんからスマホを取り出し、外界を遮断するよう画面に目を向けた。昨夜に更新されたなるみもの公式ブログを目で追う。この記事を読むのはこれで十七回目だ。

 ――みなさんこんにちは! 『idol.meta』のなるみもこと、鳴海美百紗です! 久しぶりの更新になっちゃいました。(※毎回言っている気がする。反省~) 先日放送された『ごきげんいかがっ!?』 ご覧いただけましたか? 久しぶりのトーク番組出演に緊張しちゃって――

 過度に盛っているわけでもなく、かといって淡々としすぎず、自然体で等身大。実になるみもらしい文章だ。内容は先日放送されたお昼のトーク番組出演の感想が中心で、一緒に出演したメンバーとのツーショット写真がいくつか掲載されている。彼女は申し訳程度の笑顔を浮かべており、良く言えばあざとさがなく、悪く言えば可愛げがない。普通の人にとっては何の面白みも興味も沸かないブログ記事だろう。でも僕は、テキストの一文字一文字すら特別に感じるし、なるみもの情報がアップデートされていく感覚に安寧を覚えていた。

「オッス、藤吉」

 ふいに名前を呼ばれた僕は顔をあげた。僕の前の席、横座りの恰好でドカッと腰をかけた一人の生徒が、鞄をごそごそと漁りながら授業の準備に勤しんでいた。

「須王……おはよう」僕は一言そう返し、すぐにスマホ画面に視線を戻す。

「なるみも。ひっさしぶりにブログ更新してたな。っていうかサボりすぎだろ。前の投稿、春のアニバーサリーライブの時じゃねぇか。もう九月だぞ」

「……去年は結局、二回しか投稿しなかったからね。今年はこれで四回目。なるみもにしてはよくやってる方だよ」

「いやいや、過保護すぎっ。ベリコなんて一日三回投稿してる時すらあるぞ?」

「ベリコは新曲で選抜外されたから、人気取りに必死なんでしょ。なるみもは、他のメンバーと違ってセンター狙うとか、そういう向上心を持ってないんだよ。彼女が僕たちに何か伝えたいことがあって、そういう時にだけブログを更新してくれれば、僕は充分だ」

「……さすが信者。何を言っても全肯定か」須王が露骨に肩をすくめる。

 ――信者。その言い方に引っかかりを覚えた僕ではあったが、口には出さずに不満は胸にしまっておいた。僕の胸中なんぞ知る由もない須王が、やけに興奮した面持ちで僕に顔を向ける。

「それよりコレ、見てくれよ」

 ズボンからスマホをとりだした須王は、僕が見ているにも関わらずパスコードロックを軽快なタップで解除しはじめた。僕は呆れ顔で嘆息して、

「……須王、お前みたいに警戒心の薄い奴がアカウントを乗っ取られるんだろうな。……っていうかそのパスワード、レオポンの誕生日でしょ、どうせ」

 須王は自戒する素振りを一ミリも見せずに、軽口を返す。

「オイオイ、じゃあお前は俺のスマホのパスワードを誰かにリークすんのかよ? それに、お前だってなるみもの誕生日にしてんだろ? どうせ」

「……違うし」

「その顔、図星だな」――なんでコイツはたまに勘が良いんだ。

「まぁ、俺らのスマホのセキュリティなんて今はどうでもいいんだよ」

 僕の動揺を丸ごと無視した須王がスマホの画面を僕に向け、プリント写真を上からスマホカメラで撮影したらしき画像が見せてきた。プリント写真には控えめな笑顔とピースサインを披露する女の子の姿と、「ありがとう!」とマジックペンで手書きされた丸文字。

「レオポンのメッセージ入りチェキ! ついに当選したんだよ! いや~、毎月身銭を削って公式ファンクラブに入ってた甲斐があったってもんよ」

「身銭って……月額五百円じゃん」

「はぁ~、レオポン……マジ天使――」口元のニヤつきを隠そうともしない須王に、僕は侮蔑と感心を混ぜ合わせた目を向けていた。他人の目を気にせずに推しを愛でられる神経の太さが羨ましくはあるが、傍から見たその絵面はシンプルに気持ち悪い。人間が、己の癖を剥き出しにしている姿はあまりにも無防備で、なんだか不安感を覚えてしまう。

 だからこそ、人種のるつぼと化した『学校の一クラス』という空間において、ヲタクという存在が奇異に映ってしまうのはある種、仕方のないことなのかもしれない。

「お前ら、朝っぱらからアイドルの話なんざしてんじゃねーよ。キモいんだよ」

 侮蔑のこもった、嘲りの声。

 スマホ画面から目を離して顔をあげると、一人の生徒が悪意のこもったニヤケ顔で僕たちを見下ろしていた。細身で長身、長髪を後ろにまとめたヘアスタイルと浅黒い肌。シャツは第二ボタンまで開けており、ネクタイは胸のあたりまでだるんだるんに緩めている。

 いわゆる、『あっち側』の連中。僕なんかとは決して交わることのない人種。

「や、柳田……」須王が口元をひきつらせて、うわづった声を漏らした

「アハハッ……でも、『ドメタ』ってケッコーかわいい子、多いんだぜ? ……あ、正式名称は『idol.meta』っていうんだけど、ファンの間ではそう略してて……。や、柳田だって、テレビで観たことくらいあるだろ? 一回でいいからライブ観てみたら、お前だってハマるかも――」

「聞いてねーから。ってかなんで俺がお前に指図されなきゃいけないワケ?」

 柳田が一瞬で真顔を作る。低く、鋭く、短い発声と共に。

「は、ハハッ……そう、だよね。ゴメン」

 口元をひきつらせた須王が顔面を硬直させ、そのまま押し黙ってしまう。僕は沈黙を貫き、早くこの嵐が収まってくれることを願うばかりだった。でも、

「まぁ、そんなに言うなら、見てやってもいいかな~?」

 再びニヤリと口角を吊り上げた柳田が、素早い所作で手を伸ばし、須王の手からスマホを奪い取った。「あっ――」須王が焦った声をあげ、でも抵抗はしなかった。須王は、柳田が彼のスマホを我が物顔で操作する様をただただ眺めていた。

「――なんだこれ!? お前の写真フォルダ、おんなじアイドルの画像ばっかりじゃねーか! ストーカーかよ! ……クラスの女子から相手にされないからって、コレはないわ~!」

 柳田がゲラゲラと笑う。クラス中の生徒に聞こえるよう、おそらくわざと大声をあげていた。

 さすがに慌てた須王が立ち上がり、周囲をきょろきょろと見渡しはじめる。幾人かの生徒が柳田の声に気づいて、何事かとこちらに目を向けた。視線が定まらないまま、彼は裏返った声を必死にまくし立てはじめる。

「お、オイオイ柳田、勘弁してくれよ~! 俺がヲタクだって、バレちゃうだろ~?」

 須王は、いわゆる『いじめ』に近い柳田の行動を、必死に『いじり』へと変換させようとしていた。

 これは茶番です、冗談の延長みたいなものです――そう誇示することで、ひとかけらのメンツを必死に保とうとしている。その気持ちはわかる。でも、

 今にも泣きだしそうな彼の表情は、心の声がそのまま漏れ出てしまっていたんだ。弁解が露呈してしまっていたんだ。

 だからこそ、見ていて痛い。

「――何? 柳田の奴、何やってんの?」「朝からヲタクいじめて何が楽しいんだか……っていうか須王、必死すぎてウケる」

 やがて周囲から呆れたような声が漏れ始めた。須王をバカにするというより、どちらかというと柳田の幼稚な行動を非難するような意見が多い。でもだからと言って、『そんな幼稚な柳田にコケにされて言い返すこともできない須王』という構図は変わらない。むしろ須王の惨めさをより引き立てていた。

 周囲から思ったような(須王が嘲笑の的になるような)反応を得られなかったのが不満なのか、柳田の『須王いじり』は執拗につづいた。

「――うわー! お前、SNSでもキモい呟きばっかしてんじゃねーか! 読み上げてやろうか? ええと、何々――」

「ちょ……それはマジ、勘弁して……」

 あまりにも弱々しい須王の声は、かすれてよく聞き取れなかった。

 丸裸の心を大衆に晒され、だけど表立って抗議する勇気はなく、かといって逃げ出すこともできず、最悪な状況ただただ受け入れて。

 須王の自尊心が、少しずつエグられる音が聞こえた。

 今にはじまったことではないが、僕は集団ってやつに心底、嫌気していた。

 心の底から感じていた。『ほっといてくれよ』って。

 だから、かな。思わず声をあげてしまったのは。

「いい加減にしろ」

 柳田がピタリと口を止め、真顔に直って僕に目を向ける。「――あっ……?」苛立ちを隠そうともせず、威嚇を顔面いっぱいに広げていた。

「僕たちがどんな画像で写真フォルダを埋めていようが、SNSでどんな呟きをしようが、お前らに何の迷惑もかけてないだろう。僕たちの行動を他人に否定されるいわれはない」

 僕は頬杖をついたまま、細い目を柳田に向けながらそう言った。

 須王と違って僕はクラス内で一切のグループに所属していない。いわゆるぼっちってやつ。誰に何と思われようとも失う友人など最初からいない。だからか、不思議と恐怖心は感じなかった。

 柳田が再び、低く、鋭く、短い発声を。

「何? 藤吉のくせに、何いきがっちゃってんの?」

 柳田の返事は、僕の発言に対して何の回答にもなっていない、ただ僕を脅すためだけの言葉だ。……本当はこんな話も通じない奴、一秒だって会話をしていたくない――心にたまった黒いモヤが、どんどん広がっていく感覚があった。

 柳田が身を屈ませて、僕の眼前に顔を近づける。僕の領域に無遠慮に侵入する。安全圏を破られたような不安感に緊張を覚えたが、僕はポーカーフェイスを必死に貫いていた。

 絶対に、屈してなんかやるものか。そう決めていた。

「オイ藤吉、黙ってんじゃねーよ。何とか言えよ、コラ」

「――僕は、言いたいことは言った。これ以上僕たちに構わないで欲しい」

「はっ? 須王といい、お前らごときが何で俺に意見言ってんの? 何で俺に逆らおうとしてんの?」

「僕は柳田の、部下でも舎弟でも奴隷でもない。ただのクラスメートであるお前に、従うつもりなんかないね」

「……なんだと? テメッ――」

 『僕なんか』に口答えされてしまうと、柳田としては立つ瀬がないんだろう。言葉で屈しない僕に対して、奴は強硬手段に出たんだ。

 柳田が僕の胸倉を掴んで、無理やり僕の全身を引っ張り上げる。瞬間的に訪れた暴力の香りに僕の脳は硬直し、喉元を押しつぶされて呻き声が漏れた。

「藤吉、謝れよ。チョーシノッテスイマセンデシタって、言えよ」

「や、柳田……やめ――」

 蒼白の表情になった須王が柳田を止めようとするも、頭に血が昇っている奴が聞き入れるワケがない。周囲もザワザワと騒がしくなっていく。

 呼吸のやりようを奪われ、思考が一手遅れる。視界が薄ぼんやりと揺らぐ。顔面が苦痛で歪む。でも、弱気は絶対に見せたくなかった。謝る気なんてもちろんない。

 ギラギラと目を充血させる柳田は、引っ込みがつかなくなったのか僕を締め上げる力を緩める気配を見せない。酸素が欠乏してきたのか、僕は段々と意識が遠のいていく感覚すら覚えていた。……クソッ、このままじゃ――

 平静を失っている柳田を止めようとする奴なんてもちろんいない。そもそもクラスの連中には、ぼっちの僕を助ける義理なんてないんだ。

 そう思っていた僕の耳に、やけにクリアで快活な声が飛び込んだ。

「何があったのか知らないけどさ、悪ふざけにしてもやりすぎじゃない?」

 呼吸がふいに楽になる。喉奥に酸素が流れ込んで、僕の意識がリアルに引き戻される。

 柳田が、僕の胸元から手を離した。

 僕の全身が拘束から解放され、ガクンと椅子に腰を着ける。とりあえず僕は、ゲホゲホと大仰に咳をして、めいっぱい酸素をとりこんだ。

「犬塚……」萎れたような柳田の声。

 意識が戻ってきた僕が顔をあげると茶髪の癖っ毛頭が視界に入る。シミ一つない綺麗な肌に整った目鼻立ち、誰もが認める好青年が真剣な表情をしながら柳田の腕を掴んでいた。

「あ、いや、これはその……」先ほどまで猛犬のように唸っていた柳田が腕を下ろし、何かをごまかすように視線を泳がせはじめる。

 ……そうか、一人だけいたな。今の柳田を止めることができる奴。

 イケメンでありながらそれを鼻に掛ける態度はとらず、男女問わず誰にでも気さくに話しかけ、話かけられる人気者。オマケに親は大手物流会社の社長という、恋愛マンガのようなスペックの持主。

 いわゆる、学内ヒエラルキートップに君臨するリア充の権化――犬塚樹が。

「ち、違うんだよ! ホラ……コイツら、アイドルの話なんかしてやがったから、ちょっとからかっただけで――」

「アイドル?」

 キョトンとした顔になった犬塚が、いつの間にか地面に落ちていた須王のスマホを拾いあげた。「……あっ――」須王が阿呆のような声を漏らし、犬塚がロック画面――満面の笑みでこちらに笑いかけるレオポンのアップ写真をまじまじと見つめて、

「おっ! これ『idol.meta』のレオポンじゃん! かわいいよな~、俺、ファンなんだよ!」

 その一言で、教室内に張りつめていた殺伐とした空気がガラリと一変した。

「……へっ?」間抜けな声を漏らした須王に向かって、犬塚が顔を向ける。

「このスマホ、須王の? 須王も『idol.meta』のファンなの?」

「えっ、あっ、うん……」何が何だかわからないという調子で須王が返すと、犬塚がニコリと快活に笑って、

「いいよな~。俺、去年の紅白に出てた時にはじめて観たんだけど。みんなすげぇかわいいし、ダンスも超かっこよくてさ。一瞬で好きになっちゃったよ」

 須王もみるみるうちに顔を綻ばせた。堰を切ったように声を張り上げる。

「そ……そうなんだよ! 『ドメタ』はアイドルとは思えないほど激しいダンスがウリでさ! 普段、バラエティ番組とかでおバカな発言とかしているところとのギャップが、めっちゃ良いっていうか――」

 口弁が止まらない須王に対して、犬塚は嫌な顔一つせずウンウンと柔らかい顔で頷いている。完全に沈黙してしまった柳田は気まずそうに地面に目を伏せていた。

 そんな柳田を犬塚が一瞥したかと思うと、無遠慮に肩を組みはじめる。

「柳田~! 俺、急にトイレに行きたくなっちゃった! 付き合えよ~!」

 全身をビクッと震わせた柳田が、でもホッとしたように口元を緩ませた。

「お、オイ……今からかよ。 もう担任来るぞ?」

「ダッシュすれば間に合うだろ! いいから行こうぜ~」

 そのまま犬塚は、柳田を強引に連れ立って教室の外に向かう。途中僕たちに振り返って、「あ、今度『idol.meta』の話、またしよ~ぜ~」ニコッと無邪気な笑顔を披露していた。

 一連の騒動を遠巻きに眺めていたクラスの連中も、蜘蛛の子を散らすように退散していく。他人事のように、各々が好き好きに口を開く。

「……犬塚が来なかったら、藤吉の奴、マジで柳田に殺されてたんじゃねぇの?」「ったく、ヲタクは大人しくしとけよ……」「犬塚くん、やっぱカッコ良すぎ! また告っちゃおうかな~」

 僕は打ちのめされていた。人としてのレベルの違いを、男としての器の違いを、まざまざと見せつけられたような気がしたから。

 犬塚の対応は完璧だった。須王のメンツを潰すことなく場を収め、立場がなくなった柳田を一旦外へと避難させる。おそらく今頃、犬塚は柳田に対してフォローを入れているんだろう。場が荒れることなんてお構いなしに言いたいことを言って、柳田を逆上させた僕なんかとはまるで違う。

 犬塚は、みんなにとって『最適解』の行動を取った。

 なるみもの隣が似合うのもきっと、犬塚みたいな奴なんだろう――

「おい、藤吉」

 急な声掛けに、ハッと意識を引き戻される。慌てて横を見ると、やけに顔の近い須王が忍び声を僕の耳元にあてはじめる。

「……今回は犬塚が来てくれたからよかったけど、あんまり柳田に目、つけられるようなことするなよ?」

 僕は露骨に眉をひそめて、「なんで?」苛々し気に声を返す。

「アイツ……よくない連中とつるんでいるって噂があるんだよ。学校じゃ大人しくしているけどさ、ナンパした女を脅迫して援交させたり、大麻を無理やり吸わせて客にしたり……」

「まさか……柳田とはいえ、そんな不良漫画のギャングみたいなこと流石にしないでしょ。うちの学校、一応進学校だし」

 あまりにも突飛で現実感の薄い話に、僕は須王の言葉を半分聞き流している。でも須王は茶化す余地がないくらい真剣な顔をしていた。

「わかんねぇじゃんよ。とにかく……そんな噂が立つくらいなんだから、アイツには逆らわない方がいいって。な?」

 ぐいぐいと顔面を近づけてくる須王が鬱陶しくなった僕は「……わかったよ」とりあえずそう返した。須王が僕から身体を離してようやく表情を緩める。

「それにしても、さっきは、ありがとな」

「ああ、いや……」バカみたいな声を漏らした僕は、スマホ画面へと視線を落として、

「別に、須王のために言ったわけじゃないし」

 その言葉は照れ隠しでもなんでもない。僕の本心だ。集団ってやつに適合することのできない僕が、我慢できなくなって不満をぶちまけたに過ぎない。だけど須王は、

「それでも俺は嬉しかったんだ。それにお前……カッコよかったよ。あの柳田に、物怖じせずに立ち向かってさ」

 須王にチラリと視線を向けると、彼はニンマリと口元を緩めながら僕を見ていた。

 喜べばいいのか、胸を張ればいいのか、はたまた卑下すればいいのか――

 慣れない感謝にどう返せばいいのかがわからなかった僕は、「須王はメッチャださかったね」とりあえず軽口を返すと、「俺……たぶんもう高校では彼女できねぇよなぁ」彼は窓の外を遠い目で眺めはじめた。

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