第28話 土曜日のお布団は。

「そろそろ寝ようかな……」


 真矢ちゃんがテレビを消したので、それを合図にそれぞれが寝に入ろうとするときに、


「真弓さん」


 廊下で真弓さんの手を握って、僕が真剣な面持ちで言う。


「はい?」


 と顔を赤らめながら、返してくる真弓さんが可愛い。


「一緒に寝ましょう」

「えええあああ、はい! はい! はい!」


 昨日は真矢ちゃんだったのだからいいだろう。

 真矢ちゃんも二階に上がるところで、そんなやり取りをしている僕たちを一瞥しても何の反対もしてこなかった。


「あわわわ……ついに? ゴムは買ってありますよ! いや生でも良いですよ!」

「しませんからね?」

「ショボーン……」


 とベットの横に座りしょぼくれる真弓さんが可愛い。


「いつしてくれるんですか」

「まだ先ですよ。少しづつ確かめてるんで」


 と嘘は混ぜない。

 相手はやり手のキャリアウーマンだ。嘘なんてバレるに決まってる。


「……和樹さんにとって真矢ちゃんはどういう扱いなんでしょう」

「……それはどういう意味でですか?」


 少しぎこちなく聞いてくるので、僕もぎこちなく返してしまった。


「好きなんですか?」


 可愛い金色の眼が僕を捉えてくる。

 真っすぐ見てくるその眼は、何かを決意したような眼だ。

 ならはぐらかすことはできないなと決める。


「好きですよ。真弓さんと同じくらい」


 これは紛れもない本心だ。

 今、自分の中の天秤は正直なところ、二人の間で揺れている。


「……そう、ですか」


 真弓さんは声を小さくし、考える仕草を取る。


「それはそのままの意味でいいですよね、和樹さんですし」

「いいですよ」


 なら仕方ないかと、真弓さんが肩の力を抜いて、安心したような笑顔を向けてくる。


「――なら良かったです」


 ……何が良かったのか、僕には理解出来なかったんですけど?

 とは言い出せない。

 なんせ、捉え方によっては自分から藪蛇をする可能性がある。

 ラブの意味で応えたが、ライクの意味で捉えていてくれたほうが気が楽だというモノだ。

 きっと、僕と真矢ちゃんの距離が近いと感じて、質問してくれたのだろう。

 そうしておこう。


「和樹さん、ウィスキーを一杯やりませんか?」

「明日も仕事ですが……一杯だけならお付き合いします」

「そしたら……これですね」


 っと、真弓さんの部屋に備え付けられた冷蔵庫からキンキンに冷えたグラスと氷、そして棚の中から十八年モノのマッカランが取り出される。

 しかしそのマッカランの製造年日は十六年前、相当古いものであり、希少価値の高いモノであることが伺える。

 店で飲んだら五千円はとられるだろう。


「本当は真矢ちゃんと飲む予定のお酒だったんですけどね、えへへへ」


 そうハニカミ笑いしながら、ベッドの上、僕の隣に座る真弓さんが可愛い。


「十六年前……あ、真矢ちゃんの誕生年の……」

「そうですよー、開けちゃいます。パカーン!」


 と、ムードの欠片も無く、開かれるラベル。


「どうして急に?」

「女の秘密です♪

 あえて言えば、真矢ちゃんに乾杯です」

「……」


 何か言おうとするとやはり藪蛇の可能性があるので黙ることしか出来ない。

 丸い氷の入ったグラスにトクトクトクと注がれていく美しい琥珀色のウィスキー。


「ウイスキーなんて久しぶりですよ……」


 高給ウィスキーを飲むの何ていつぶりだろうかと考えると、社長につきあわされた接待以来だろうと思い至る。

 キャバクラだ。あの時に、飲んだ味も喋った話も覚えていない。

 奇麗なお姉さんが話を聞いてくれはするが、専門的なことを喋りすぎてポカンとさせてしまった気がする。

 あと言えば、山崎を米国時代、並行輸入で四十ドル切ってた時にバカスカ飲んだくらいだ。


「私もです、えへへ」


 とキャバ嬢よりも可愛い真弓さんがハニカミ笑いをする。

 なんというかバスローブ姿の真弓さんがグラスを持つだけで様になっているので、羨ましく思う。


「……様になってますけどね」

「いえいえ、そんなことないですよ……和樹さんだって、カッコいいですし! ウィスキーとか似合いますよ!

 何はともあれ、真矢ちゃんに乾杯!」

「乾杯!」


 二人でカチャンとグラスを鳴らし合い、一口含む。

 とろみのある口当たり、甘さから始まったかと思えば、飲んだ後は切れのある辛口。

 高級酒というのはこういうモノなんだなぁと、納得してしまう貫禄がある。


「えへへ♪ 少しお体借りますね♪」


 僕の方に寄り掛かってくる。

 

「どうぞどうぞ」

「大きいですね、こう体を預けると……」

「いつも猫背になってますからね。職業病で」

「それは良くありませんよ~、一時間に一回は少しでもいいので背を伸ばしてください。それだけでも全然違うんですから」


 と、心配そうに言ってくれるので、少しウイスキーを口に入れてから、


「はい、真弓先生」


 マジメを気取って言ってみる。


「先生だなんて、からかわないでくださいよ~♪

 確かにお客様にもエステだと先生呼ばわりされますけど~♪

 酔ってませんか?」

「大丈夫ですよ、よく新しく入って来た子が潰されてるのでそれを介護してますんで」

「ぴぴー! それはアルハラです! ダメですよ!」

「厳しいな~、先生は」

「先生禁止~!」


 ポコポコ叩いてくるので可愛い。


「可愛いですよね、真弓さんは」

「な、なんですか、いきなり?!」

「いや、素直にそう思ったんで言ってみました。いつも感じてるんですよ、可愛い、可愛いって」

「うう、三十六歳になって可愛いはなんというかくすぐったい気分ですね。言われ慣れて無いですし、凛々しいとかそんなイメージの方が私は言われることが強くて……」

「いいや、真弓さんは可愛い」


 グラスをサイドテーブルに置きながら言う。


「キスしても良いですか?」

「……キスだけですか?」


 頬を赤らめながら言うので、ぐっと男に力が入るが、


「キスだけです」


 堪える。

 アルコールの力が働いていてもちゃんと理性が利くのが大人だ。

 据え膳喰わねば男の恥?

 知るかそんなもん。


「じゃぁ、おもいっきりしちゃいましょう」


 真弓さんがグラスの中身を少量口に含むと、僕を押し倒すようにキスをしてくる。そしてウイスキーを僕の口に入れ込みつつ、僕の唾液と交換する。

 クチャクチャと音が鳴り響くだけになり、そして真弓さんが離れると赤みを帯びた肌が艶めかしくバスローブから飛び出す。


「こんなにしてるのに?」

「だめです」

「私はこんなにもグチョグチョなんですよ?」


 と、下半身をすり合わせてくるので質が悪い。


「あまりふざけてると、ダメですよ。ここまでは酒の酔いということで勘弁してあげますけど」

「は~い♪」


 そして離れる。

 後は寝るだけだ。

 僕は真弓さんと反対の方向を念のために向く。


「でも、私が、真弓が、本気だってことがお判りいただけましたよね?」

「……それは十二分に」


 背中に抱き着いてくる肌の暖かさが温かい。

 それを感じつつ、眠りに落ちた。

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