第27話 土曜日の夜は。

「ただいまー」

「おかえりなさい」


 真弓さんの方が速かったのか、エプロン姿で出迎えてくれる。


「今日は残業無いと思ったんですけどね……」


 追加の仕事が三つほど、単発で出てきてしまい処理に時間がかかってしまったのだ。とてもじゃないけど、胃が痛い。


「仕方ないですよ。

 私も遅くなることありますし」


 っと、慰めるように可愛い笑みを浮かべてくれる。

 可愛いし、癒される。


「真矢ちゃんは?」

「今日は緑山の方に撮影と言ってましたから、だいぶ遅くなるんじゃないかと。

 晩御飯もいらないって連絡きましたし」


 緑山とは横浜市の田舎、青葉区のこどもの国のあたりを指し示す。なお、ア・バオア・クーではない。

 電車の本数が少なく、バスの乗り継ぎも悪い。

 とはいえ、大がかりの仕掛けモノをする(サスケとか、風雲たけし城とか)モノはここでやることが多い。

 なので、大きな仕事でもやっているのかと思うと、少し複雑な気分になる。

 小さな会社の何でも屋の今の自分と比べてしまい、男の意地なぞは捨てた方が良いと思うが、そうもいかない自分である。

 プライドが少しはあるのだ。

 さておき、焼ける良い匂いが漂ってくるので、何かと聞くと、


「今日のメインはハラスを焼いたのです。

 良いのがあったので」


 とニコニコな笑みで返ってくる。


「先、お風呂どうぞ」

「いや、さき、ご飯にします。

 出来たてが流石に食べたいですから」

「ふふふ、それよりも先に……ぇっと……」


 真弓さんが言い淀むので、どうしたのかと思うと、


「お帰りのキスとかどうですか?」


 えへへと、誤魔化すように笑顔をチラつかせるが、勇気を出していってくれたのが判る。


「じゃぁ、頂きます」

「はい♪」


 二人で重ね合わせる唾液を交わし合う大人のキスである。

 まるで桜を思わせるような香りのする真弓さんとのキス、和やかな雰囲気になれて凄く嬉しくなってくる。

 お互いにすすり合いながら唾液の交換をしていく、

 背丈で言えば僕の方が高い。一七四センチと一六二センチで十センチほどの差になるので、膝をかがめながらだが苦にはならない。


「ぷはっ……ごちそうさまでした」

「……まだ、晩御飯があるんですけどね。

 えへへへ」


 っと真弓さんが笑顔を綻ばすので、たまらなくなってもう一回とせがむ。

 すると、


「私ももう一回したかったんです」

 

 と言ってくれるので、もう一度、キスを交わした。

 さておき、晩御飯も終わり、食器などを僕が片付けた後、真弓さんがお風呂に入っている間、暇になる。

 ソファーに座りながら、テレビのチャンネルを回していると、真矢ちゃんが歌っている番組を見つける。

 何というか、キラキラしていて凄く可憐で、ヒマワリみたいな輝きをしている。歌も上手い。そして振り付けも完璧だ。流石トップアイドルと言われるだけある。


「こんな子に好きだと言われてるんだよなぁ」


 っと、驚きと共に少し自信が湧いてくる。


「いや、戻ってきたと言った方が良いのかな」


 二十六歳の時、まだ学生を続けていた僕は、海外大学卒も間近でこれからも順調な毎日が続くのだろうと信じていた。

 そして自分の能力に自信を持って行動していた。

 それが、就職活動で滅多打ちにされ弱くなり、今では見事な社畜である。


「うん、そうだよね、真矢ちゃん。

 世界を広げて観れば選択肢は広がる」


 そう自身に言い聞かせる。


「ただいまー」

「おかえりー」


 そんな折、丁度、真矢ちゃんが帰ってきた。

 出迎えると、急いで帰ってきたのか息が上がっている。


「あ、和樹さん、お母さんは?」

「お風呂だよ」

「うーん、タイミングが良いんだか悪いんだか……。

 和樹さん、テレビ観て観て!

 あ、丁度いい、そのチャンネル!」


 っと慌てた様子でリビングルームへと二人でテレビを見る羽目になる。

 丁度、真矢ちゃんがインタビューを受け始めるところで、

 

『はい、テンスシスターズの真矢ちゃんでした。

 最近、益々可愛いですね。

 ドラマも順調ですし』

『そうですね、一つ、変わったことがあったからですね』

『変わったこと?』

『好きな人が出来たんです』


 えええ、とスタジオ中がどよめく。

 打合せにも無い回答だったらしい。


『その好きな人とは?』

『パパです。いえ、パパ活じゃありませんよ?

 お母さんの再婚予定相手が凄くいい人で、大好きなんです。

 それで私も頑張らなきゃなって。

 もし外で男の人と見かけたらその人、私のパパですから気にしないでねー?』

『あぁ、そういうことでしたか。

 そのお父さんのためにも頑張って頂きました、真矢ちゃんでした』


 っと、インタビューが終わる。


「ふふふ、どう?!」

「どうって、一つ間違えたら、真矢ちゃん炎上しちゃってたよこれ!」

「別に炎上何て怖くないわよ!

 役を外されても、歌を外されても、生きていく自信あるし!」


 エライ自信家である。

 自分も自信を取り戻し始めたとはいえ、ここまでは言い切れない。

 とはいえ、


「で、感想は?」


 と、ズイズイっとソファーに座った僕に迫ってくる真矢ちゃん。


「有難うございます。

 大変、僕の事を好いて頂き光栄です」

「なんで、そんな他人行儀なのよ、もー!

 ちゃんとプロデューサーと相談して、これぐらいならセーフだってギリギリをせめたのにぃ!」


 それでもちゃんと引き際を見分けている真矢ちゃんは、アイドルである。


「いや、本当に嬉しいとしか浮かばなかった。

 って、これもしかして真弓さんに?」

「見せたかったの、挑戦状として。

 うぐぐぐ、上手くいかないもんですにゃー」


 にゃーと猫語になる真矢ちゃんも可憐である。


「で、そういう訳だから、私の本気度は判ったわよね?」

「判った、判ったから離れてくれ」

「やーだもん、キスしてくれないと離れないもん」


 と小悪魔的な笑顔を浮かべて笑いかけてくるので、


「ディープな奴でいいのかい?」

「それはちょっと……軽く、合わせるだけでいいから」


 それならばっと、軽く啄ばむように真矢ちゃんにこちらからと起き上がりながらキスをする。

 パイナップルのような味と匂いがした。


「えへへへ。

 女子高生とのキスは嬉しいでしょ?」

「最近、慣れてきてプレミアム感が無いのが何とも」

「もー、照れちゃってからー」


 図星である。

 頬が紅くなっているのを観られたのだろう。


「真矢ちゃんこそ……」

「えへへ、そりゃ照れるよ」


 逆に指摘してあげると、真矢ちゃんが自分の胸元を両手で抑えながら、


「こんなにも好きって熱いんだもん」


 ドラマの一シーンの様に言い放ってくる。

 流石、子役でデビューした真矢ちゃんである。

 一つ一つの動作が印象に残りやすい。


「さて、私も着替えて、タイミングよければお風呂に入ってこようかな」


 っと、話題を切って廊下に出ていく真矢ちゃん。

 あっと、手を取って止めそうになるが、何も理由が無いので途中で僕はそれを止めてしまった。

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